第二十六話 愚者の突撃かもしれない作戦提案


 この日は昼までで殆どの生徒が部活もせずに下校し、校内にはカウンセリング待ちの生徒と何かを振り払うために部活に参加する僅かな生徒しか残されていなかった。


 AGE系の部では昨日の異常発生のデータを入力したり、その原因を掴もうとして他の部と連携して情報の共有を行っている。


 俺も当然GE対策部に顔をだしてパソコンのディスプレイに色々と表示をさせて、そこに様々なデータを打ち込んでいた。


 この打ち込まれたデータは情報技術部にある高性能なパソコンで処理され、各部で打ち込まれた様々な情報と統合されて戻ってくる。


あきら、宮桜姫の妹の件は災難だったな。宮桜姫姉妹には色々と掻き回され……。その地図とデータ……、四ケ月前の……?」


 四ヶ月前の作戦に参加していた神坂かみざかは、画面に表示されている地図のデータと周りにある拠点晶ベースの破壊状況から気が付くだろう。


 これが四ヶ月前の地図じゃない事を。


「これ今の地図じゃないのか? あきら、お前まさか……」


「とりあえずこのデータを見てくれ、あのレベル二の環状石ゲートのGE発生数の推移だ」


「GEの発生数って退治した数が二週間程で再び出て来るだけだろ? 昨日あれだけ片付けたからしばらくは楽だろうが」


「それが違うんだ。確かに中型GEミドルタイプ大型GEヘビータイプは二週間程は復活しない。あのレベル二の環状石ゲートでは四ヶ月、いや正確には五ヶ月周期で爆発的に小型GEライトタイプが生み出されていたんだ」


 神坂かみざかに見せた画面のグラフには五ヶ月ごとに数千匹単位の小型GEライトタイプが発生し、その後で暫くの間は小型GEライトタイプの数が増えない状態が示されていた。


 中型GEミドルタイプ大型GEヘビータイプに関しては今までの推測通り、討伐した後同じ環状石ゲートからは約二週間ほどは出てこないことも確認されている。


小型GEライトタイプの数か……、確かにやけに多い時期があったが」


「そしてこれがその周囲にあるレベル一の環状石ゲート。右側にある四つはそれぞれ、三か月、半年、八か月、一年周期で小型GEライトタイプが発生しているんだが、二日前にレベル二の環状石ゲートを含めるこの五つの生産周期が重ねってるんだ」


「なるほど、そんなカラクリがあったのか。各環状石ゲートの支配区域内で溢れた小型GEライトタイプが、まだ支配区域じゃないこの居住区域を目指して侵攻してきた訳だ」


「一定の条件が重なると環状石ゲートの支配区域の枠を超えて攻めてくるみたいだな。今までの大発生はこれの規模がデカくなっただけだろう」


 普通は環状石ゲートの支配区域を跨いで他の支配区域のGEが襲って来る事は殆ど無い。


 あいつらにも縄張り意識があるのか、それともこの陣取りのような現象には環状石ゲート間で俺たちの知らないルールでもあるんだろうか?


 だが、こうして稀にだが支配区域を超えて周りにいる小型GEライトタイプが一斉に攻めて来る事があった。


 他の地域のデータも可能な限り調べてみたが、こういったデータが少なすぎてあまり参考にはならなかったんだよな。昨日の件で割とデータが揃ったみたいだけど。


「大発見じゃないか。大発生や異常発生に備える事が出来れば事前に避難勧告が出せるし、防衛軍も優先して動く事が出来そうだ」


「だろ? 毎回現地に赴いて戦うだけが俺たちの仕事じゃないのさ。でないと他のAGE系の部活の意味がない」


 パソコンの画面には爆発的に増えた小型GEライトタイプの数が表示され、それがKKS二七三とKKS二七六の二方面から居住区域に押し寄せる様が映し出されていた。


 小型GEライトタイプの移動速度もあるから実際に補足されるまでに二日かかっているが、事前にこの情報を知っていればその前の段階で気が付く事が出来る。


「つまり、こういった周期を全部調べて周りの環状石ゲートの状態を知っておけば、昨日みたいな異常発生に備える事が出来るんだ。一応このレポートは対GE防衛組織の本部にも送ってある。守備隊の防衛計画の役に立てばと思って資料を纏めていたんだ」


「なんだそんな事を調べていたのか、びっくりさせてくれるなよ。てっきり俺はあのレベル二の環状石ゲート愚者の突撃チャージ・オブ・フールでも仕掛けるのかと思ったぜ」


「仕掛けるさ。五ヶ月に一度のチャンスなんだ」


「なっ、なんだって!!」


 レベル二環状石ゲートの周辺にある環状石ゲートの数は全部で十。


 拠点晶ベースに中継された支配地域が重なる部分を考慮に入れて、影響がでそうな環状石ゲートの周期や状況は調べ尽くしたが、この作戦を実行するにあたって障害になる環状石ゲートはひとつもない。


 つまり今ならばあのレベル二環状石ゲートは丸裸同然。脅威となる中型GEミドルタイプ大型GEヘビータイプは昨日残らず狩り尽くした。そして数で俺達の行く手を阻む小型GEライトタイプすら存在しない。


「おそらくこんなチャンスは二度とない。大体環状石ゲートの破壊はお前の悲願でもあるだろ?」


「俺が破壊したいのは故郷のレベル四、おまえが本当に狙ってる環状石ゲートと同じだ」


「知ってるさ。だがいきなりレベル四は無理だろう? だから予行演習じゃないが破壊できそうな環状石ゲートを探してもいたのさ」


「無理に決まってるだろ!? 確かに霧養むかい竹中たけなかがいるから戦力的には良い感じかもしれないが数が全然足りてねえ」


 無数に押し寄せる小型GEライトタイプを相手にする場合、グレード五の特殊弾で対応できる事は昨日の異常発生の時に証明されている。


 昨日の異常発生はその実験にはちょうどよかったといえなくもない。


 それに、数発とはいえグレード十も試せたしな。


「今回の作戦は少数精鋭の一点突破で十分だ。無理強いはしないし、この作戦については後で隊員が全員集まった時に採決を行う。反対ならその時に反対票を入れればいい」


「分かった、後でな……」


 何度も死ぬ目にあっている神坂は俺よりも慎重な場合が多い。


 だから俺も信頼して副隊長を任せられる訳で、こいつが俺の作戦に全面賛成なんてことになったらその方が危ういだろうな。


◇◇◇


 午後一時三十分、隊員が全員集まり大きなテーブルを囲って座っている。


 パソコンの画面には先ほど神坂に見せた映像が映し出され、俺は昨日の大発生の原因や今のGEの出現情報などを説明した。


「つまり昨日の大発生はこうした理由があり、計算上は最低でも後五ヶ月ほどは小型GEライトタイプが湧いてくる事はない」


「私達だけでこの作戦を行う理由は何ですか? ほかの部隊や守備隊の人に協力を仰げば……」


「今回の場合はそれほど戦力は必要ない。それに何処の誰かもわからないような足手纏いはかえって作戦の成功率を下げる。うちの部隊だけで実行した方が確実だ」


 これは俺の本心であり、先日の桐井の部隊ですら俺が望む隊員のレベルには達していない。


 装備の面もそうなんだが、いざというに変な迷いがあればそこから部隊が崩壊しかねない事もその要因の一つだ。


 昨日の大型GEヘビータイプとの戦闘の時がいい例で、俺があんな事を出来ると知っていても失敗すれば即部隊が全滅しそうな行動を手放しで歓迎する事など出来ないだろう。


あきら。他の部隊……、とりわけ先日の桐井きりいの部隊辺りに打診すれば協力されるどころか作戦自体を止められるとハッキリ言ったらどうだ?」


 神坂のこの指摘ももっともな事なんだが、馬鹿正直に他の部隊にこの作戦の協力要請など仰げば即座に愚者の突撃チャージ・オブ・フールと判断されて対GE民間防衛組織辺りから作戦の中止が言い渡されるに違いない。


 この作戦を知って協力してこようなんて奴は、運よく成功した時にそのお零れにあずかろうなんて奴らばかりさ。


「そこまで危険なんですか?」


「ああ、あきらには負けるが俺も長年AGEをしているからな。こんな危険な作戦は初めてだ」


 いやいや、おまえはこれ以外にも危険な作戦に何度か参加しているだろ?


 運よく生き残れただけで、あの作戦のどれも帰還できたこと自体が奇跡だったけどさ。


 規定では十歳以上で参加できるAGEだが俺は両親公認で更に幼い頃からGEと戦ってきた。当然非公式だがな!!


 非公式である為にAGEとしてのポイントも稼げなければランキングにも影響はなかったんだが、要請を受けて出撃をした先で俺がいなければ守備隊が全滅しかねなかった事態も多い。


 特に中型GEミドルタイプの討伐には俺の力が必要不可欠で、守備隊やAGEの部隊で当時使われていた威力の低い特殊トイガンや純度の悪い特殊弾だけでは中型GEミドルタイプを押さえる事すら困難だったしな。


 神坂は流石に非公式の活動はしていないという話だが、十歳になったその日のうちにAGE登録をしたと聞いている。


「他の部隊に協力して貰うのが嫌ならもう一度入部テストをして部員を増やすとかどうなの? 作戦を次の周期の五ヶ月後とかにしたらダメ?」


「それじゃあ遅いんだ!! 千載一遇のチャンスが目の前にあるのに五ヶ月も待つ必要なんて無い。季節的要因もあるけど十一月になるとこの辺りでも結構寒くなるし日も短くなる」


「そこまで時間がかかる作戦やないやろうけど、おうさんの見立てで勝算はどないなんや?」


「不確定要素を入れても約八割。そうでなけりゃこんな作戦言い出さないさ」


 この辺りは嘘じゃない。


 既に強敵である中型GEミドルタイプ大型GEヘビータイプは狩り尽くしてあるし、小型GEライトタイプが幾ら残っていてもグレード五の特殊弾を使えば問題ないしな。


 その小型GEライトタイプにしても昨日の時点でほぼ殲滅しているから、こんなチャンスなんて二度とないと考えてもいい位だ。


「そう……、もうそんな時間なんて無い!! この機会チャンスを逃せばもうお父さんを助け出す事なんてできないから!!」


ゆかり……。そういう事なのね」


「お前ら……、いいか、よ~く考えろ。あきらの推測が正しいかも知れないが、どんな不測の事態が起こるか分からない。失敗したら次は無いんだぞ」


「でも、そうするとゆかりのお父さんを見捨てることになるし……」


 レベル二環状石ゲートの内部にある要石コア・クリスタルを破壊する場合、防衛軍の部隊は拠点晶ベースの三倍の量の特殊ランチャーを撃ち込むという情報が入っている。


 要石コア・クリスタルにそこまで防御力は無いし、特殊小太刀にチャージして貫けば破壊する事が可能だろう。


 この辺りは過去に環状石ゲートを破壊した防衛軍のデータを参考にして、何度もシミュレーションを重ねて出した結論だ。


「冷たいようだが一時の感情で決めるレベルの話じゃない。竹中の親父さんの話を聞いたあきらの暴走の可能性もあるんだ」


「俺はそこまで愚かでもロマンチストでもないさ。此処で言い争っていても時間の無駄だ。採決を取るからそれで答えてくれればいい」


「良いだろう。こんな作戦、乗る奴がいると思うなよ」


 隊員全員が可否の投票を終えて画面上にその結果が表示される。


 結果は賛成五の反対二。神坂の予想を裏切って殆どの隊員がこの作戦を支持してくれた。


「作戦は可決された。しかし、今回の作戦については参加を強要しない。反対した二人は参加したくない場合は明日集合場所に集まらなくていいぞ」


「反対派は必要ないってか?」


「覚悟を決めて来てくれるんだったら歓迎するさ。迷いがある時はって事さ」


 割と無謀な作戦なのは俺も承知しているからな。


 いくら神坂でも迷いがあれば判断を誤ることもあるだろう。


「七人でもキツイ作戦を、五人でやれるって言うのか?」


「正直なところ伊藤まで参加してくれるとは思っていなかった。このメンツだったら五人いれば十分さ」


 後方での索敵担当を用意できないのは痛いが、桐井が使っていた超小型タブレットを使って現地で索敵して貰うしかない。


 楠木が反対したのは意外だったが、この作戦に尻込みするのは理解できなくもないしな。


あきら、あの……」


あきら、今まで私が他の男に言ってた言葉セリフを覚えてる? もし本当にお父さんを助けてくれたら、私の事……」


 竹中は今までいろんな男に【もしあの環状石ゲートを破壊する事が出来たら、私の事を好きにしていいよ】と言っているという噂は聞いている。


 そこまでして親父さんを助けたかったんだろうが、その言葉にどれだけ多くの思いが詰まっているかも知らず甘い言葉を吐きながら言い寄ってきた男の数は非常に多いって聞いているさ。


 だけど、誰一人本気でその言葉に向き合おうって奴はいなかったって話だ。


「好きにしていいよ……」


「ごめんなさい!!」


 竹中の言葉を聞きたくなかったのか、楠木は逃げるように部室を飛び出した。


 もし仮に明日来てくれれば伊藤と一緒に後方で索敵担当を任せたいところなんだが、この様子じゃ望み薄だな……。


あきら、長い付き合いだったがお前との腐れ縁もこれまでかもな。もし無事に帰ってきたら、伊藤の特製ドリンクを一気飲みしてやるよ」


「……そこまで無茶な作戦じゃないさ。ま、やるだけさ」


 対GE民間防衛組織に知られれば、作戦の中止を求められる可能性もある為に作戦の登録は明日の朝。


 全員が部室に集まった後で車を使って環状石ゲートに出来る限り接近して作戦を申請して、そこから一気に突撃を掛ける事にした。


 成功率は確かに高いが危険な作戦には間違いはない。


 だが成功すれば最低でも竹中の親父さんや昨日犠牲になった生徒は全員助ける事が出来るんだ……。

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