第二十五話 大きすぎた昨日の傷跡


 六月二十八日火曜日。午前八時四十分。


 この日の授業は全て中止とされ、永遠見台高校とわみだいこうこうと隣にある永遠見台付属中学とわみだいふぞくちゅうがくでは朝から全校集会が開かれていた。


 全校集会の理由と話の内容は当然昨日起こった小型GEライトタイプの異常発生についてと防衛及び迎撃作戦に参加したAGE達への賞賛、そして勇敢に戦ったにも拘らず不幸にも石像に姿を変えた宮桜姫みやざき達AGE隊員への追悼だ。


 追悼と言っても生命力ライフゲージを全て失って石に変わった後で十年経過するまでは石化から戻れない訳では無いが、防衛軍の奪還作戦の候補に入っていない環状石ゲートの支配地から救出できた人間がいない以上死亡したも同然の扱いになるのは仕方が無い事だった。


 集められた生徒達は口々に昨日の凄惨な戦闘内容を話し、昨日迎撃に向かう前に軽口を言って帰って来なかった友人を思い出してみな涙を流し続けている。


「なにが【見てろ、明日の昼飯は今回の戦果で豪遊だ!!】だよ!! 無茶すんなっていつも言ってただろ!!」


「石に……、石に変えられちまったら何にもならないだろうが!!」


「嘘……、嘘だよね。こんな、こんなことってっ……」


 教師も私語を注意しようとしたが、とてもではないが悲しみに打ちのめされた生徒達にかける叱責の言葉など持ち合わせていなかった。


「……この様に、勇敢なAGE隊員の働きがあればこそ、私達は居住区域この街で安心して暮らす事が出来ます。彼らが私達を守る為に戦い冷たい石の像に姿を変えてまでに戦い続けた事をどうか忘れないで欲しい。そして、この地域では稀な大型ヘビータイプGEを二体も撃破し、二つの拠点晶ベース破壊に成功したこの地区最高のランカー、凰樹おうきあきら君の…………」


 永遠見台高校の校長である九条くじょう沙奈恵さなえのありがたいお話は三十分にもおよび、一部の女生徒が貧血を起こして保健室に運ばれる事態にまで発展した。


 まともな精神状態の生徒は少なく、真面目にその話を聞いていた生徒なんて本当に皆無だろう。


◇◇◇


 長い全校集会の後、午前中の時間全てを使ったロングホームルームが行われた。


 また、多くの友達を失った事により心的外傷後ストレス障害を発症した生徒もいたから専門のカウンセラーが永遠見台高校を訪れて、今現在保険医と共に生徒達のケアに当たっているって話だな。


 担任の山形やまがた先生も別室で生徒のカウンセリングを行っており、カウンセリングに参加していない教師は会議室で話し合いを行っているって事で、俺達生徒は教室で自由に過ごしていた。


 昨日の件かAGE活動についてのグループミーティングなどをさせるべきだという意見もあったみたいだけどそれどころではない状態の生徒も多く、結局は登校させた生徒達を教室に待機させるだけさせておいて何もさせないという状況に陥っている。


「うちのクラスの犠牲者は、宮桜姫みやざきさんと江藤えとう君か……」


「B組とC組が酷いらしいぞ。B組は刈谷かりやさん、高島たかしまさん、西郡にしごおり君、山仲やまなか君、亘鍋わたなべさんの五人が石に変えられてるし、C組も五人犠牲になったらしい」


「二年や三年には八人犠牲になったクラスがあるらしくて、クラス編成をやり直すかどうか話し合ってるらしい」


「どうして宮桜姫みやざきさんが? 今までAGEに登録したなんて話、聞いた事無かったんだけど……」


凰樹おうき君達が凄いから、自分もって思っちゃったのかな?」


 一気に七十人も生徒が減ったからな。永遠見台高校とわみだいこうこうの生徒数が多いといっても、いきなり一割近い生徒がいなくなったことになる。


 AGE活動をしていれば部隊が全滅なんて話は珍しくもないが、これだけ知り合いが一度に居なくなるのは俺も初めてだ。


「昨日の守備隊の猿渡さるわたり、AGE資格を剥奪された上で逮捕されたそうだぞ」


「まあ当然の結果だろう。あいつらが欲を出さずに迎撃拠点で小型GEライトタイプを抑えてりゃ、此処まで被害は出なかっただろうに……」


「あの拠点晶ベースに手を出さなけりゃ、ヒキガエル型大型GEヘビータイプと戦わずに済んだだろうしな」


「あんな大物おうさん以外が相手なんて出来へんやろうに」


 最初からいると分かってれば手出ししなかった可能性が高いが、向こうでも反応を消していたのかもしれないしな。


 あの状態のGEを発見できるのは伊藤いとうくらいだ。


「さっき守備隊の車が来とったし、その事で説明しに来たんとちゃいます?」


「桐井さんには責任なんてなのにな。KKS二七三方面では犠牲者はゼロだぞ」


「装備と準備の差が出たよな。あれだけの量のグレード五をどうやって入手したんだ? それに竹中の使っていたグレード十もだが」


「以前申請していた量をランカーに上がった瞬間に送ってきた感じかな? 多分防衛軍用の在庫を回してくれたんじゃないかな?」


 タイミング的には助かったが、あれだけの活躍をしても結果的にあまりプラスにならなかった。


 大型GEヘビータイプを二匹討伐したし二ヶ所も拠点晶ベースを破壊してエリアを開放したからランキングは九十七位に上がったが、一度ランカーになるとトップランカーにでもならない限り待遇面はそこまで変わらないしな。


 ただ、あの二ヶ所の拠点晶ベースを破壊した事によってこの居住区域の安全性はかなり上がった。


 次に同じような事が起きても、距離的に俺たちが呼び出される事は無い位にはな……。


◇◇◇


 二時間目が終わったチャイムが響き、何人かの生徒がトイレに向かってその前にある水道で顔を洗ったりしている。


 気分が悪くなったと言い残して早退する生徒も結構いたが、それを咎める教師や生徒は誰もいない。


 というか、今日こうして登校して来ただけでも立派なもんだ、初めから休んでいる生徒も多かったし……。


「ちょっと君、その制服は付属の生徒のだよね? 此処は永遠見台高校とわみだいこうこうだよ」


「そんな事わかっています、一年A組はこちらですよね?」


 廊下でそんな話し声が聞えてドアを勢いよく開き、永遠見台付属中学の制服に身を包んだ小柄な少女が姿を現した。


 何処と無く誰かに似ている気がしたが、今この場にその名を口にする者はいない。


「以前雑誌でみました。貴方が凰樹おうきあきらさんですね?」


「ああ、俺が凰樹輝だ。君は?」


「私はこの学校に通っている宮桜姫みやざき香凛かりんの妹で、宮桜姫みやざき鈴音すずねと言います」


「だろうな」


「似てるっスよね」


 神坂と霧養むかいが即座に突っ込んだ。


 いやお前ら、この雰囲気でその会話ができるってすごいぞ。


 ほら、宮桜姫の妹も睨んでるし……。


「どうしてお姉ちゃんを助けてくれなかったんですか!! 凰樹さんはランカーでとても凄い力を持っているって聞いてたのに、どうしてそんな力があるのにお姉ちゃんを助けてくれなかったんですか……。どうして、どうしてっ……」


「無茶いいなや、おうさんがランカーでいくら力を持っていたとしても神様やおまへん。出来る事と出来へん事位ありますわ」


「凰樹さん達がいたエリアでは、誰一人犠牲者が出なかったって聞いています。百人以上犠牲者を出したのはみんなもう一ヶ所にいた人だって事も調べてます。どうしてお姉ちゃんを一緒に連れて行ってくれなかったんですか?」


「俺は宮桜姫みやざきさんがAGE活動をしている事すら知らなかったからな。それに、仮に知っていたとしてもうちの部隊の人間でも無い限り誘ったりはしないさ」


 流石に俺も実力も分からない人間を誘って迎撃任務に向かう真似なんてしないぞ。


 もし仮に俺が宮桜姫がAGEに登録していた事を知っていれば、昨日の招集に参加せずに学校に残る事を提案しただろう。


 登録したばかりのAGEまで参加する義務はないからな。


「無茶言って貰っちゃ困るんだけど。輝さんはあの戦いでゲージを合計四十も消費してるんだ。AGE隊員でもない君にはそれがどれだけキツイ事なのか分からないだろうけど」


「そうや、別に全部隊の指揮官でもないおうさんにそんな権限はありゃしませんて。それにうちの部隊守るだけでも手一杯に決まっとるやろ」


「ラ……生命力ライフゲージを四十? マジか?」


「それって凄いの?」


「すごいとか無茶とかそんなレベルじゃないわ。合計って事はあの高価で希少なセミランカー用の回復剤まで使ったって事でしょ? ありえないのよ……」


 うちのクラスはAGE活動をしてる奴が多いから話を聞いている生徒も多い。だから今の霧養むかいの話がどういったものか即座に理解してくれたようだ。


 普通生命力ライフゲージが八十を切れば動きは落ちるし色々マイナス面が大きくなるからな。


 だから対GE民間防衛組織のマニュアルではその直前には撤退する事が推奨されている。


 その状況で撤退が出来るかどうかは別として……。


「でも、凰樹さんはお姉ちゃんの恋人なんでしょ? だからいつも一緒に居たいからってAGE登録を……」


「宮桜姫さんが、輝の恋人?」


「ほんまでっか?」


「俺が一番初耳だ。そんな話をいったい誰から聞いたんだ?」


 ん? どうもそこから話が食い違っている気がする。


 大体宮桜姫がAGE活動をしていたのを知ったのも昨日が初めてだ。


 いつ登録をしていたのかは知らないが、どんなに早くても一週間以上前じゃないだろ?


 ……昨日の朝の佳津美かつみとの会話!! 多分それがその話だったんだ。


 うちの部は最低でも半年以上AGE活動をしていないと入部資格が無いからな、それで佳津美かつみにその間一緒に活動しないか的な提案をしたんだろう。あいつにとってもいい迷惑な話だ。


「違うんですか? お姉ちゃんの部屋、凰樹さんが載った雑誌の切り抜きとか写真があんなに……」


「それ、ストーカーちゃいまっか?」


「あははっ、ちょ~っとだけ気持ちはわかるけど、同じ女性として考えてもちょっとアウトっぽい気がするかな?」


「え~、ギリセーフじゃない? っていうか、凰樹くんって雑誌に載ってたの?」


 クラスメイトが好き勝手に言ってくれているが、俺はセミランカーになったあたりから何度も雑誌には載っている。


 新進気鋭のセミランカーとか色々な二つ名で雑誌の宣伝に使われてたからな。


 その見返りで色々貰ったりもしたし、有名になったおかげで優先して学生寮に入れて貰えたりしたから感謝もしているが。


「やだ、私やらかしちゃった!! お姉ちゃんごめんね……、凰樹さん、ごめんなさい!!」


 そう言い残して鈴音は教室を飛び出し、教室の中は妙な雰囲気のまま誰一人声を出せずにいた……。


 あれだけやらかされればこうなるだろうよ。


「派手な自爆でんな」


「巻き込まれたのはあきらだけど、一番被害がデカいのは宮桜姫だよな」


「本人の知らないうちにいろいろ暴露されたっスね。あれだけ大きな声だと隣のクラスにも聞こえてるっス」


 不幸中の幸いというか、本人は石に変わって自宅療養中だけどな。


 十年経つまではまだ蘇生の可能性があるから、学校は休校手続きで休んでいる事になっているし。


 ただ、昨日の異常発生で変わった事も多々ある。


 今日は昼から休校の予定らしいし、部室で色々調べてみるかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る