第33話 学生生活の始まり

 「まだ姿を見せないわね」

 「うんうん」


 日車 鼓(ひぐるま つづみ)と銀 笑(しろがね えみ)は、いつもより一本早めの時刻から松井山手駅に着て、俺が姿を見せるのを張り込みしていた。


 「昨日と同じ時刻の電車は行ってしまったわ」

 「うんうん」


 「次の電車にも現れなかったら諦める」

 「ノーノー」


 笑(えみ)さんは首を横に振る。


 「後1本遅らせても遅刻にならないわ」

 「うんうん」


 「ギリギリまで粘るわね」

 「うんうん」


 「あ!そうだわ。先に学校へ行くようにきーちゃんに連絡しとくね」

 「うんうん」


 次の時刻の電車が到着するが俺が姿を現すことはない。そして、その次の電車が到着した。


 「笑、昴君はまだ来ないみたいよ」

 「うんうん」


 「寝坊でもしたのかしら?」

 「うんうん」


 「これに乗らないと遅刻するわ」

 「うんうん」


 「笑、乗るわよ」

 「ノーノー」


 笑さんは首を横に振る。


 「何を言っているのよ!すぐに乗るわよ」

 「ノーノー」


 笑さんは首を横に振る。


 「私は乗るわよ」


 鼓さんは笑さんを置いて電車に乗車しようとする。


 「ノーノー」


 しかし、笑さんが堤さんのスカートを掴んで離さない。


 「キャー――、何をするのよ笑!」


 鼓さんの制服のスカートは膝上10㎝と丈が短い。笑さんがスカートの裾をつかんだので、スカートがめくれ上がりそうになる。


 「昴君が遅刻するなら私達も遅刻する。一緒に遅刻をして苦難を共にすれば、そこから友情が生まれ、その先には輝かしい未来が待っている。3人で遅刻をした思い出は未来永劫忘れることなく、伝説の1ページとして心に刻まれること間違いなし」

 「笑、何を言っているのよ!昴君が先の電車に乗っていたらどうするの」

 

 「ガ―――ン」

 「ガー―ーンって言っている場合じゃないわよ」


 2人が言い争っている間に電車の扉は閉まり走り出してしまう。


 「笑、電車が行ってしまったじゃない」

 「うんうん」


 「あぁ~遅刻だわぁー」

 「どんまい!」


 「あなたのせいでしょ!」

 「ノーノー」


 結局二人は次の電車で学校へ向かったが遅刻した。ちなみに笑さんはきーちゃんに代返をしてもらい難を逃れたらしい。



 俺が学校に到着すると時刻は7時50分であった。30分早めに家を出てのんびりと歩いて通学したが、かなり時間に余裕が出来てしまった。学校は8時30分からホームルームが始まるので、昔の俺は8時15分に教室に着くようにしていた。こんな早い時間だと誰も教室にいない。俺より先に学校へ向かった茜雲さんの姿もなかった。

 俺の席は窓際の一番後ろの席になる。窓から見える景色はとても眺めが良いとは言えない。東校舎は3階建てで1階から1年生となり階が上がるに連れて学年も上がる。3階から眺める景色はとても眺めが良かった。東校舎からはグランドが一望できるし、学校へ登校して来る学生の姿も見渡せるので優越感に浸る事が出来た。高い所から人を見ると、人がとても小さく見えて自分が偉くなったような気分になり気持ちが良い。俺は高校3年間誰とも会話もせずに過ごしてきた。いつも窓から見える景色を見て、人を見下した気分になり高揚感を得るのが俺の楽しみの一つでもあった。

 しかし、1年生の時は窓から見える景色は最悪だ。外には木が植えられて教室の中があまり見え難くしてあるが、通り過ぎる人を見る事は出来る。3階と違って人を見下ろす事が出来ずに同じ視線の位置にあるので高揚感はない。逆に外から教室の中を見られると威圧感があり委縮してしまう。

 窓から外を見るとグランドでは、朝練をしているサッカー部がミニゲームをして楽しそうに声を上げている。俺は超が付くほどの運動音痴なのでスポーツをするのも見るのも好きではなかった。早く着き過ぎた俺は、外を見るのを辞めてスマホを開いてネットニュースを眺める。


 8時15分を過ぎると続々とクラスメートが登校して来る。


 「六道!おはよう」


 俺に挨拶をしたのは上園である。体がデカくて身長もあるのでクラスではひと際目立つ存在である。


 「おはよう」


 上園は廊下側の前から2番目の席だったのだが、体がデカくて後ろの席の人が前が見えないという理由で廊下側の一番後ろの席に移動させられたらしい。本人は前の席が嫌だったので喜んでいたようだ。


 「六道君、おはよう」


 上園の後ろにいた塩野が俺に挨拶をする。


 「おはよう」


 俺は昨日班分けをした人以外とは喋る機会もなかったので会話をしていないし、顔も良く見ていない。34年前の1年5組に居たクラスメートの中に昨日バーベキューで同じ班になった人と同一人物はいなかった。担任である雪月花先生以外は34年前と同一人物がいるのか確かめる必要はない。なぜならば。俺は誰とも関わらずに1人で平穏な青春を送った。簡単に言えば思い出は何もないので確かめるのが難しい。それは確かめるほどクラスメートの顔も名前も覚えていないということである。

 

 俺は二人に挨拶をした後、スマホの画面に目線を移す。世間の情勢は俺が死んだ時と何も変わっていない。浮気をした芸能人はまだ謹慎期間でテレビに出ていないしネットでは罵詈雑言の嵐に立たされている。スマホのゲームはそのままで俺が課金したアバターは顕在だ。34年前と同じ事もあれば、そのまま引き継がれた事もある。過去の経験や知識はあてにならないと判断した方が賢明である。


 今日から始まる高校生活、俺は不安で緊張をしているが、イケメン効果によりどのような高校生活が待っているか楽しみでもあった。

 

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