二十一話『一瞬』

「竜の子が世間知らずの馬鹿で助かった!」

「普通敵に背中をみせないわよね?おせっかいの甘ちゃん野郎!キャハハハ!」


面倒くさい魔女と鎧野郎はすっかり見えなくなったわ。この辺まで来たら直ぐには追ってこれないでしょうね。


あの二人を殺さずに逃げる形になったのは腹が立つけれど。まぁ、竜の子を捕獲出来たし、今回の所は見逃してやる事にするわ。


スコピオが魔界に帰るため、闇を出現させ扉を開こうとしていると突然、背後から今まで感じた事の無い威圧感。身体が強張る。


もう魔女達が追いついた?バッと後ろを振り向くも、後ろには誰も居なかった。しかし先程よりも威圧感は大きくなっている。


はっ!?気付いたスコピオは、ここまで運んで来たテイトの身体を投げ飛ばす。ゴロゴロと転がる身体。立ち上る砂煙。


「…いやまさかね、私とした事がそんなはず無いわよね」

「きっと戦闘が思ったよりも長引いたせいで、疲れているんだわ」

「さぁ死体を回収して戻りましょう」


砂煙が引いた。竜の子の死体が転がった方に目をやる。スコピオの動きが固まる。竜の子は両腕をついて立ち上がろうとしている。


あれ?何で立とうとしているの?身体を貫いたわよね?念のため毒液も流し込んだし、死んでいるはずじゃ?えっ?竜の子って何?ただの竜人じゃ無いの?えっ?えっ?


スコピオがグルグル思考を巡らしているうちにテイトは立ち上がった。貫いたはずの傷口が塞がっている。スコピオはテイトの表情を確認出来た。こちらを見て笑っている。


「ahahahaha!!!!」

狂った様な笑い声が辺りに響く。


何か不味そうな空気を感じたスコピオは震える身体にムチを打ち、後頭部の尻尾のように伸びた毒針をテイトめがけて放ったが、片腕で掴まれる。闇から魔素がテイトに流れる。


「何?今度は何なの!」

「あ…あぁ、あぁぁぁ!」

テイトのこめかみから、額に向けて銀色のツノが生える。肘から指先、膝から足先の皮膚が黒鉄色のウロコになる。ツメが硬く鋭い物に変化する。瞳の色が淡い黄金色に変わる。


テイトは竜に成った。


テイトが掴んだ毒針を離した。ふらつくスコピオの身体。こちらを見つめる淡い黄金色の瞳。逃げられない。やるしかない。るしか…。スコピオは覚悟した。


笑い声を響かせながら、こちらに一直線に向かって来る竜の子。ハァハァと呼吸が荒くなる。心臓の鼓動が速くなる。勝負は一瞬。


テイトは拳を握り込み、スコピオの脳天に振り下ろした。来た!今だ!

「【スクロール】!」


スコピオの身体が消え、一瞬の内にテイトの背後に回り込む。勝った!毒針を首元めがけて放つ!…あ、目が合った。バレた?バレてた?放った毒針を再び掴まれる。


至近距離。掴まれた。【スクロール】出来ない。死ぬ?殺される?私が?嫌!嫌ぁぁ!


テイトが放ったアッパーは、防御したスコピオの両手のハサミをいとも簡単に打ち砕き、顔面まで到達した。砕ける頭部。浮き上がるスコピオの身体。


衝撃で体内の魔核コアが割れ、スコピオの身体は地面に落ちるよりも速く、風で飛ばされる砂のようにサラサラと消滅した。


鎧の人物に肩車してもらいテイト達に追いついたアルフ。辺りを見回しため息。

「はぁ、遅かったか…」


意識を失い、大の字で寝転ぶテイトを見る。

「サソリ女は…コイツが殺ったのか?」

「逃げられたのか?分からねぇが…」

「とりあえず拷問部屋送りだわな」


目を覚ましたテイトの瞳に映ったのは、こちらをじっと見つめる金髪の美女だった。

「あれ?前にもこんな事あったような…?」


「起きたね!おはよー!テイトくん!」


「あっ!え〜っと…ネルカさん!ですか?」


「あれれ?私、テイトくんに名前教えたっけ?」


「ミルフさんから聞きましたぁ!エルフのネルカさんですね!」

確かに確認すると耳がとんがっている。本物のエルフなんだ!初めて会ったよ!


「そーでーす!私はエルフのネルカ!よろしくね!」


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


「じゃあ、早速だけどテイトくん!」

「君が拷問部屋このへやに来たと言う事は…もちろん分かっているよね?」


「えっ?まさか今回も?」


ネルカが笑顔でジリジリ近付く。手をわしゃわしゃさせながら。逃げようにも今回も両手足を椅子に縛られて、身動きが取れない。


「う、うわあぁぁぁ!嫌だよおぉぉぉ!」

テイトの悲鳴が響く。笑顔のネルカ。


「ひゃひゃひゃひゃ!」


「…」


「ひ〜!ひ〜!なんか出ちゃう!」


「…」


「ネルカさん!真顔やめて!」

「無言でこちょこちょしないで!」


「…フッ」


「今ちょっと笑ったでしょ!」

「ひ〜!ひゃひゃひゃひゃ!」


バンッ!と扉が開く。聞き覚えのある声。

「おい!オメェまた!」

「勝手に入って来んなって!」


「ひゃひゃひゃ!あっ!アルフさん!」

笑いすぎて涙が出てきたテイト。


「…」

真顔・無言でくすぐる手を休めないネルカ。


「ひゃひゃひゃ!」


「止めろ!」


目の前で正座させられて、アルフさんから説教されているネルカを見る。前にもこんな事あったような?


「…はぁ、次はねぇからな?」


「ずみまぜんでじたぁ」

泣きじゃくるネルフ。今回も一目散に部屋から退室。何が目的なんだ?謎だ…。


「…もういい、テメェも出て来い」


"アルフさんも色々大変ですね"って言いたかったけど、言ったら本気の拷問が始まりそうだったからやめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る