第9話 猪突猛進、もうひとつ
私は静かにうなずいて、彼女の言葉の続きを待つ。
「昨日……私のことを、だ、大好きとおっしゃいましたけど……本気なのでしょうか」
戸惑いながらの問いかけ。
昨日は少しだけ嬉しそうにしていたが、私の告白をそのまま受け取っていいのだろうか、私の真意はどこにあるのか、一日経ってそういう疑問が湧き上がってきたのだろう。
それを確かめるために、わざわざ私を呼び出したのだ。
ならば、もう一度。
彼女に伝えるだけだ。
「本気だよ。私のことは能天気で頭悪そうに見えるかもしれないけど、その場のノリとか冗談で言ったわけじゃないから。文化祭で
迷わず、彼女の目をまっすぐに見つめながら、私は心のままにそう伝えた。
くどいようだが、独りよがりで人の迷惑を顧みない自分勝手な告白だと十二分にわかっている。
「…………」
彼女はうつむいて沈黙していた。
当然だろう。
こんな迷惑な告白をされて困らないはずがない。
まして、私も彼女も女の子だ。
だから、彼女がこの想いに応えてくれるはずがないと思っている。拒否されても私は気にしない。
私は彼女への想いに区切りをつけ、それを心の底に封印するために――彼女から拒否されるためにこの誘いに乗ったのだ。
「
「うん」
「その証拠を見せてください」
「……うん?」
なんとなく予想していたものと違う反応に、私は虚を突かれて間の抜けた声を上げてしまった。
「証拠……?」
「はい。態度で示してください。言葉だけなら何とでも言えますから」
言葉を綴って想いを伝える作業をしている人の言うことではなさそうだが。などと、どうでもいいことを思っていると。
「私のことが好きなら……キス、してくれますか」
黒髪に隠れた耳まで真っ赤にしながら、少し怒ったような顔で、彼女はとんでもないことを言い出した。『承』と『転』をごっそり抜き取った物語も真っ青の飛躍だ。私のお株を奪いかねないほどの
「どうなんですか」
「それは、もちろん。でも、いいの……?」
完全に想定とは違う展開に混乱し、嬉しさに反して思わず問い返してしまう。
「私からお願いしているんです」
間髪入れず、その一言が返ってきた。
うっかり口に出してしまって、引っ込みがつかなくなって意地になっている――というわけではなさそうだ。
恥ずかしがりながらも、十分に考えて導き出された自分の意志を伝えてくれている。
彼女がそれを望んでいるとわかる。
「理由を聞いても……?」
嬉しさの暴発で勢いのままに行こうとする自分を必死に制し、尋ねた。
それを聞かないうちにすることではないと判断するだけの理性がかろうじて残っていてくれて助かった。
「初めは……」
彼女は静かに語り始める。朗読会のときのように。
虚構の物語ではなく、自分の気持ちを。
「浅茅さんのことは、意味不明な不審者だと思いました。こんな人と同じクラスになるなんて、怖くて……一年間どうなるのかと絶望しました」
返す言葉もございません。と思わず頭を下げてしまう。
「ですが、すぐに謝罪していただきましたし、私のような不愛想な変わり者に毎日笑顔で挨拶してくださいました。あなたは私が初めに抱いた印象とは違って、誠意あるまっすぐな人だと思うようになったのです」
まっすぐというより、前しか見えていないだけだと思う。
ケイにもユキノにも言われるし。
でも、誠意を感じてもらえていたことは単純に嬉しい。それだけは譲れない一線だったから。
「そういう人が私に好意を持ってくださった。言葉にして好きとおっしゃった。それだけであなたを想うようになって、教室であなたを見ただけで頬が熱くなって、ただの一日も高鳴る気持ちを抑えられなくて、こうして呼び出してしまって……」
言葉尻を濁し、自嘲するように笑んで視線を逸らす。
「こういうのを世間では『チョロい女』と言うそうです。……あなたもそう思いますか?」
彼女の口からおもしろい言葉が飛び出した。
ちょっと意外で笑いそうになったが、それは彼女にも私にもよくない。
真面目な問いかけには真面目に答える。それが私の
「まあ、そうかもしれない。でも、それを言うなら私も上有住さんの声を聞いただけで心底魅了されたクチだから、あなたのことを笑えないよ。笑ったら自分に跳ね返ってくる。大体、チョロくて何が悪いのさ? 好きになっちゃったんだからしゃーなしでしょ」
「そうですか……。安心しました」
安堵したように表情を緩め、自嘲の色など消し飛ばして彼女は微笑んだ。
心からの笑顔で――綺麗だった。
「理由、ご納得いただけましたか? 浅茅さん」
「あ、はい。十二分に」
「よかった。では……」
少し恥ずかしそうに呟いて、ゆっくりと目を閉じた。
「…………」
どうぞ、と言うように少しだけ顎を持ち上げる。
明らかに「先ほどの命令を実行しなさい」と私のアクションを待っている格好だ。
無論のこと――私を拒否することなく、むしろ好意を持ってくれた彼女が真にそれを望むなら、応えないわけにもいかないだろう。私にも、そうしたい気持ちは溢れるほどある。
彼女の正面に立ち――私に身を委ねて、小さく震える肩を引き寄せて。
緊張できゅっと結ばれた唇に、そっと自分の唇を重ねた。
「ん……」
触れた瞬間、かすかに彼女の吐息が漏れる。
小さくこぼれた囁くような甘い声が私の耳をくすぐり、脳の奥にすうっと入り込んで溶けていく。にわかに生まれた微熱で頭の芯が痺れた。ゆらり、ゆらり、と意識が
ああ……今の私の顔、緩み切ってるんだろうなぁ……。
そんなことを思いながら彼女の顔を見ると、同じように潤んでとろけ切った瞳でこちらを見つめていた。
「私も……好きです。浅茅さん」
私の耳元に顔を近づけ、そう囁いた翻訳さん。
それを聞いた瞬間、私の意識はぷっつりと途切れてしまった。
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