後編
投げかけられたその問い……〝城山八重〟にとって〝落花光〟がどういう存在なのか。それは八重自身が以前にも考えた事だ。
〝友達〟でもないし、恋慕思慕の情で表すような関係でもない。もう原作もやっていない今、彼と彼女をの関係を言い表す言葉はなく、八重が光を気に掛ける理由もない筈だった。
「…………俺は、ただお前が折れるのを見たくないだけで」
「……ならなんで私と漫画を描くのを止めたの?それに私が折れるのを見たくないだけなら見ない振りをして気にかけなければいいだけ……それは理由にならないでしょ?」
言い淀み、誤魔化す八重に光は詰めるような口調で言葉を並べ立てる。確かに光の言った通り、八重の理由がそれだけなら関わらなければいい。同じ職場だろうと違う部署、必要最低限な会話で済む筈だ。
少なくとも今の様に毎日お昼を一緒に食べて過ごし、帰りがどれだけ遅かろうと待って一緒に帰る必要なんてなかった。
「………………」
「ねぇ、八重?私はずっと止めた理由を言葉通り疲れているからだと思ってた。でも、今の貴方を見てて気が付いた。それは違うって……だから本当の理由を教えてよ」
黙り込む八重に光は優しく、そして有無を言わせない眼差しを向ける。そこには嘘や誤魔化しはいらない、八重の本当の心の内を聞かせてという光の気持ちが込められていた。
「………………別に本当の理由なんて大層なものじゃない。ただお前の絵と比べて俺の話は凡庸、成長する見込みもない……そんなものにいつまでも寄っていたらそれこそ――――」
ようやくその重苦しい口を開いた八重だったが、本当の理由を最後まで言い切る前に乾いた音が辺りに響き、中断されてしまう。
「っ私の……私の大好きな八重のお話を馬鹿にしないで!!」
目尻に涙を浮かべて声を荒げる光。そして何が起きたのか分からずに放心する八重。つまるところ、話を遮った音の正体は八重の頬を光が思いっきり引っ叩く音だった。
「ッ何を………」
「いつ私が八重のお話をつまらないなんて言ったの!勝手に決めつけて……勝手に判断して……ふざけないでよ!!」
抗議しようとする八重を押し退け、物凄い勢いで光が言い募る。その様子は八重をして、未だかつて見た事のないほど激昂していた。
「っふざけてるのはどっちだよ。俺が……書いた俺が一番よく分かってる!ありきたりなつまらない話だっていうのは…………」
「っもしそれを本気でいってるんだったら全然わかってない!八重の書いたお話の面白さは私が一番分かってる!!」
互いが互いに声を荒げ合う本気の喧嘩。出会ってから初めてのぶつかり合いは二人が肩で息をするほどに白熱し、内に溜めていた事を全て吐き出すまで続いた。
「――――はぁ……はぁ……この頑固者がっ……どんだけ俺の話を好きなんだよ……」
「――――はぁ……はぁ……そっち、こそ……私の事、好き過ぎでしょ……」
呆れ交じりの台詞を吐き、互いに見合った二人は同じタイミングで吹き出すと、今度は揃って笑い合う。まるで先程までの言い合いが嘘だったかのように。
「……ねぇ」「……なぁ」
ひとしきりに笑い合った二人が同時に声を発し、再び見合って笑いを溢す。ここまで被るものなのか、と。
「……お先にどうぞ」
「そっちこそ……というかたぶん、言いたいのは同じ事でだよね」
譲り合うもきっと互いに同じ事を考えているだろうと頷き合い、光の方からそれを切り出した。
「……私は八重のお話が、八重は私の絵が好き……これってある意味、両想いって事だよね?」
「……そうだな。まあ、好きってのは少し語弊があるが」
往生際悪くそっぽ向く八重に苦笑しながらも光は続ける。
「それならさ、お互いが想い合う事の出来る私達は最強のパートナーになりえるって事になると思うんだけど?」
「……すげぇ暴論だな。ここで今までの結果の事を言うのは野暮か?」
ずっと想い合っていても互いに打ち明けなかったこれまでとは違う、それが分かっているのか、冗談めかしいて肩を竦める八重の表情は不思議と明るい。
「……だね。だからつべこべ言わずに私の手を取ってくれるかな?」
「…………ハッ、後悔するなよ?
拳を突き出して軽くぶつけ合う光と八重。卒業の日から止まっていた二人の物語が今、再び動き出した。
現実的ではないけれど、それでも彼、彼女たちはもがき続ける。 乃ノ八乃 @ru-ko-bonsai
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