#18 蠱毒

 紅狼ホンランは元々、黒劾子ヘイハイツと呼ばれる子供だった。

 中華人民共和国が施策した『ひとりっ子政策』。その歪みにより生じた戸籍を持たない。それ故に彼等は教育や医療などの行政サービスを受けることができず、黒劾子ヘイハイツを取り巻く環境は人身売買などの犯罪活動の温床と化している。


 紅狼ホンランもまた例に漏れず出生早々、人身売買の仲介業者に売られた犠牲者のひとりだ。

 そして彼は、中国政府御用達の殺し屋養成機関・『伏魔殿ふくまでん』に流れ着く。過酷な訓練に耐えきれず、次々と力尽きていく子供たち。そんな彼等を尻目に、紅狼ホンランは着々と頭角を現していき、気づけば子供たちのリーダーとなっていた。


「俺たちは孤独ひとりじゃねぇ。俺たちはいつだって一つだ。いつかここを出て、自由の身になったら………そんときは死んだ仲間たちアイツらの分も幸せになってよォ。みんなで一緒に笑おうぜ」

 闇の存在に似つかわしくない紅狼ホンランの明るさに、周囲の子供たちはいつだって救われ、そんな彼を慕う仲間たちにもまた、紅狼ホンランは救われていた。


 なのに――― 。


 古代中国より伝わる呪術の儀式がひとつに、『蠱毒こどく』というものがある。

 これはひとつの容器。あるいは領域の中に大量の生物を詰め込み、殺しあいをさせ、結果的に生き残った最後の一匹の強靭な生命力を用いて、呪いの術式を構築するという凶悪極まりないものである。


 つまりは、『』。

 殺し屋養成機関・『伏魔殿ふくまでん』。

 その最終試練。


 子供たちはあろうことか、

 最後の最期で


 唯一生き残ったのは、紅狼ホンランただひとり。

 大切な仲間を誰ひとり守れず、孤独に孵り、悲しみに打ちひしがれた彼はこの瞬間。


 一匹の孤独な獣として、産声をあげたのだった。


        ◆◆◆


「ククククククククッ、あははははははっ」

 突如、不気味な高笑いをあげる紅狼ホンラン

 その姿を、セイギは黙ったまま静観し、フォーチュンは恐怖におののきながら凝視する。


「そうだな…… そうだよな…… オマエ、

 どれだけ潜在能力ポテンシャルがあろうとも、所詮はカタギ。

 ぶちのめして、それで終わり。


 ただの喧嘩。不殺の闘い。

 


 だが眼前の敵は、死んでも折れない。

 なぜならば、

 その眼は、かつてだ。

 だからこそ、

 だ。


 すべてを諦め、すべてを捨て去ることで手に入れた自分の強さとは異なる、相反する強さ。

 羨望と、嫉妬と、可能性への期待。それらが混濁した愛憎。

 そんな高揚を胸中に感じながら、紅狼ホンランはただただ嗤う。


「悪かった。俺様がぬるかった。はなっから腹ァ括ってんだよな。その女のために命懸ける覚悟、出来てんだよな」

 徐々に徐々にと、黒々とした殺意が開花していく。

 内在で蠢く、甘美な暴力の衝動。それらを押し込めていた精神の枷が、着実に解かれていく。


「オマエ、……… 」


 古代中国の思想のひとつに、『宿星』と呼ばれる概念がある。

 人ひとりひとりの運命や根源を天体の星になぞらえ、その個人に宿る星を占う。

 謂わば、星占いの一種だが、その中には『魔星』と呼ばれる星々が存在する。


『魔星』とは、世に放たれれば必ず人々を苦しめるとされる凶星を指している。


 殺し屋養成機関・『伏魔殿ふくまでん』は、この『魔星』をである。


 二年前の【黙示録大戦アポカリプスウォー】においても、『伏魔殿ふくまでん』より輩出された『魔星』108人が結集した戦闘集団【梁山泊りょうざんぱく】が世界各地で暴れ回ったという。


 紅狼ホンランもまた、【梁山泊りょうざんぱく】に参加した『魔星』のひとりだ。

『魔星』の開発には、神仙思想の中国らしいアプローチが顕著に見られる。


 すなわち、だ。

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