第二章 I think I can
#14 紅狼
声の主は少年だった。
セイギやフォーチュンと齢の変わらない、やんちゃそうな少年。
燃えるような橙色のツンツン頭。襟足は長く髪留めで結んでいる。身に纏った白いチャイナスーツは腕まくりされ、どこか粗野な雰囲気を醸し出す。その佇まいは清廉されており、服装と相違なく『武』を連想させる。
表情は明るく自信に満ち溢れているが、その人懐っこい印象とは裏腹に、内面から滲みだす気配が何やら物騒。
明らかに堅気の風格ではなく、それを証明するかのように、腰には二本の中国剣が交錯するように据えられている。
「なんだ、おまえ」
すぐさまセイギは、フォーチュンを守るように前へ出ていき、身構える。
強い。相対するなりセイギはそう直感する。まるで静謐な暗闇の中、息をひそめて獲物を狙う獣のように、中華少年は、こちらをじっとりと品定めている。
「俺は
中華少年・
「ゴクリュウカイ?」
その聞きなれない名称に、セイギは首を傾げた。
「さっきのヤクザな人達も、そう名乗ってたんですの」
彼の背後で勇気を振り絞るように、フォーチュンは携えた杖を両手でギュッと握りしめる。
「そういう手前さんは?」
興味深そうに、
「セイギ。
「正義。―― フン、大それた名前だな。オマエ、そーゆー面構えしてるもんな」
気に入らない、といった様子で
そしてその視線は、フォーチュンに移される。
「
無邪気な微笑み。だが刹那、フォーチュンの背筋に並々ならぬ悪寒が、ゾクリと奔る。
飛ばされた闘気に毒され、彼女はさながら蛇に睨まれた蛙。
「だったらなんだってんだ」
そんな彼女を庇うように、セイギはさらに前へ出る。
嘲笑しながら、
「その女、こっちに渡せ」
「断る」
「それでいい」
思わぬ切り返しに「は?」とセイギは疑念を漏らす。
「俺の狙いは
「……… どーゆーことだ」
「おまえ、ウチの組員何人かブッ飛ばしたろ?」
「渡世の人間ってのは面子を何より重んじる。おまえはウチの看板に泥を塗ったんだ。だから、ケジメをつけさせてもらう」
「ずいぶんと勝手な言い分だな」
「それが極道ってモンだろう?それに俺は喧嘩がしたくてこの稼業やってんだ。
だが弱ぇヤツ相手じゃ意味がねぇ。
「サイヤ人みたいなこといってんな」
「どのみち稼業としても面子としても、最早お前は見逃せねェ。――――ここでおとなしく往生しろ」
闘気の密度が濃くなっていく。
それを感知したセイギは、静かに
「……… フォーチュン、危ねぇからちょっと下がってろ」
「闘うのですか?」
恐怖を押し殺しながらフォーチュンは、セイギの背に向かって問い掛ける。
「セイギ様の強さは信じています。でもなんというか、あの人普通じゃないです。
そもそも、大のオトナ数人がかりでも勝てなかったセイギ様相手にたったひとりを差し向ける。この行為自体がもう異常なんです。
つまり、彼はそれだけ組織に信頼されている。それだけの戦力と実績を有しているということです。ここは一旦退却すべきかと……… 」
「却下」
「むきゅぅ~~っ」
せっかくの提案を無下に断られ、フォーチュンは狼狽する。
「悪いなフォーチュン。でも、アイツはここで仕留める」
彼女の言う通り、おそらく
組織からの信頼を有しているのだろう。
だからこそ、
「アイツとはサシでやる。魔法もなしだ」
「そんなっ!あまりにも無謀過ぎるんですのっ」
確かに無謀。無策である。
だが強大な敵を単騎で倒すことができれば、相手方も警戒せざる負えなくなり、無闇やたらと手を出すことが困難となる。
そうでなくても、
「いくら
「で、でも…… 」
暗い表情でフォーチュンは俯いてしまう。
彼女は生まれてからこの方、ずっとひとりぼっちだった。
だからこそ彼女は今、
そしてセイギは、
痛いくらいに、よく知っているのだ。
「だからさフォーチュン。おまえはお祈りをしててくれ」
優しく、セイギは微笑する。
「お祈り。おまえが祈れば、おれは敗けない」
フォーチュンは顔を上げ、不安そうに彼の瞳を覗き込む。
「大丈夫。おまえはもうひとりじゃねぇ。阿波踊り、一緒に行くんだろ?」
力強く、そう訴える。
まっすぐな瞳で、彼女を見つめて。
「………… はいな」
複雑な心境のまま、フォーチュンはしぶしぶ了承する。
セイギは頷き、そして振り返る。
その瞳に覚悟を込め、精悍な面持ちで敵対者と向かい合う。
「いいねぇ。オマエ、
周囲に漂う殺伐とした緊張感に反して、愉快そうに
まるで今からスポーツでもするかのような爽快さで、如何にもやる気満々といった様子。
「あぁ、そうだ。先に言っとくけど、
「好きにしろよ」
無邪気で楽しそうな
お互い間合いに近づくと、均衡するように停止。両者ゆっくりと構えをとり、静かににらみ合いが始まる。
気迫だけが先行し、水面下で
それは不可視の闘い。奇妙な静謐が、じわりじわりと二人の侠客に境界線を引いていく。
そんな彼等の行く末を、フォーチュンはただただ固唾を飲んで見守るばかりだ。
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