第8話『今日の放課後は珍しくオフ』

「終わったーっ!」


 帰りのホームルームが終わった瞬間、美姫はありえない速さで帰りの準備を整えて私の元に来た。


「美夜はこれからレッスン?」

「ううん。今日はオフなの」

「マジマジのマジ?」

「マ・ジ」


 何を思ったのか、美姫はスマホを急いで取り出して操作し始める。


 その間に私も鞄の中に勉強道具をしまう。

 カチッとボタンをとめた後すぐ。


「これこれ。時間あるなら、行かない?」


 差し出されたスマホの画面を覗くと、ショッピングモールの写真。


「ん? ここがどうしたの?」

「やっぱり知らなかったか。実はここ、つい最近できたばっかりなんだよ」

「ほほお~。それは興味深いですな」

「でしょでしょ」


 あっ……でも、私は勉強を頑張らないといけないんだ。


「……」

「うん、言おうとしていることはわかるよ。帰って勉強をしないといけない。でしょ?」

「うん……」

「私も美夜には勉強を頑張ってもらいところなんだけど。でも、今日の体育の時に言ったアルバイトが始まっちゃうと、こういうところに行く時間がなくなっちゃうんだよね。――だから、ね」


 美姫は空いている左手を立てて、ウインクしながらお願いしてきた。


 大切な友達からのお願いを断るわけにはいかない。

 でも、勉強をしないと……。


「お願い~」


 それも大事だけど、日頃からお世話になっている友達のお願いなんだから、ここで断ったら恩知らずも良いところだよね。


「わかった。行こっか」

「え、本当?」

「本当。だって、美姫のお願いだもん」

「ありがとう美夜!」




「うわぁ~」


 私は想像以上に広い空間を前に感心してしまう。


 右を、左を沢山の人が行き交う。

 平日の夕方だというのに、新規オープンというものはこんなに凄いんだ。


「ねえねえあれ何?」

「ん? 服屋さん?」

「へぇ~っ! あんなに綺麗なお姉さん達が店員さんなの?」

「まあそうだね。ってか、驚くところそこ?」

「あはは……」

「そういえば、美夜はほとんど通販で済ませちゃうんだったっけ」

「うん」


 自分でも、年頃の女子にしてはちょっと外れていることをしているのはわかっている。

 私服を数着か持っているけど、どれもかわいいものというより機能性重視で選んでいた。


 動きやすい格好、買い物に行く時間の時短、値段が安いから。

 理由はいろいろあるけど、自分の私服だけどオシャレ第一と考えたことは一度もない。


「じゃあさ、今日はいろいろと見回っちゃおうよ」

「いいの……? 美姫はどこかに用事があったんじゃ?」

「いいのいいの。目的自体は達成できたから」

「そうなんだ?」

「そそ。じゃあ早速、視界に入ったあのお店にレッツゴーゴーっ」


 美姫に右腕を引っ張られながら、お店の方へ向かう。


「いらっしゃいませ~」


 茶色の長髪にウェーブをかけて垂らす、綺麗なお姉さんに声を掛けられた。


「観ていくだけでも大丈夫ですからね。試着なんかも大丈夫ですよ」

「お姉さん、この子にはどんな服が似合うと思いますか」


 私を差し置いて、私の話が始まってしまった。


「そうね。もう観た感じ清楚系美少女って感じだけど、もしかしてモデルさんとかやってる? それとも、インフルエンサーとか?」

「そうだと言い張りたいんですけど、実は普通の女子高生なんです」

「なるほどね。ふぅ――もしかして私、試されているのかと思っちゃって」


 お姉さんは肩の力が抜けて胸を撫で下ろしている。


 そして、流れるように私のことをサラっと誤魔化してくれてありがとう美姫。


「となると、そうねぇ。その綺麗な黒髪を活かすのなら……ん~、他の子とかはシンプルだからってあまり好まないんだけど、ここは逆に白のワンピースがよさそう」


 お姉さんは、指で枠を作ってまるでカメラを持っているかのように私を観ている。


「ほうほうお姉さん、わかってらっしゃいますなぁ」

「ふふっ、でしょ。じゃあ、少しだけアクセントを利かせるように水色のヒールなんてどうかしら」

「お姉さん、やはりプロですね」

「ショルダーポーチも靴と同じ色にして、統一感も出しちゃう。これで完璧なる清楚系美少女の完成よ」

「おぉ~っ!」


 私が介入せずに話が進んだと思ったら、終わってしまった。


「あ、あの……本当に私はそのお洋服が似合うのでしょうか」

「な、なんと。もしかして自分の姿を鏡で観たことがない?」

「いえそんなことはないんですけど、そんなかわいい服の組み合わせをしたことがなくて。そんな服を着ている自分の姿が想像できないんです」


 ものすごく目を見開いたお姉さんは、美姫に視線を合わせて何かを訴えかけた。


 そして美姫は言葉ではなく、頷きで返す。


「なるほどね。なら購入しなくていいから、試着しちゃいましょう。さあ早速こっちへ」


 私の理解が追いつく前にお姉さんに手を引かれて店の奥へ連れていかれる。


「じゃあここで待っててね」


 それだけを言い残し、お姉さんは走り去っていってしまった。


「お姉さん、やる気になっちゃったねぇ」

「ねえ美姫、今から何が起きようとしているの?」

「美夜は今、試着室に押し込められている。つまり、今から行われるのはファッションショーというわけだよ」

「えぇ……でも私、そんなにお金持ってないよ」

「まあいいんじゃない。購入しなくてもいいって言ってたし、ファッションショーとは言ったけど、1セットだけだと思うから」

「ならよかった」


 でも心配は拭えない。


「もしもサイズが合わなくて破けたりしちゃったらどうしよう」

「むむむお主、それは嫌味かぁ?」

「え?」

「だって、そんな鍛え抜かれた――とはちょっと違うけど、細い手足に綺麗なボディラインをもっておいてそんなことがあるわけないでしょ。普通の女子高生をなめるなよー、運動なんてまともにしないけどついお菓子は食べちゃうから、増えるものは容赦なく増えていくんだぞ~? なんなら私のお腹を触るか?」


 ここで「え、そうなの?」と聞き返したらなんだかマズいような気がするから、今は「あはは……」と苦笑いを返した。


「お待たせ」


 ものの数分でお姉さんは戻ってきた。

 両手にさきほど言っていた服のセットを抱えている。


「じゃあショータイムよ。さあ、これに着替えてちょうだい」


 ヒールは靴の横に、ワンピースとショルダーポーチを手渡され、カーテンを閉められてしまった。


 本当に嫌だったらここで出て行けばいいんだろうけど……でも、私も自分がどう変われるのか気になってしまう。

 これも何かの縁だよね。


 上着をハンガーにかけて、ワイシャツも別のハンガーにかけ、スカートを脱いでたたんで置いてあるボックスの中に入れる。

 ワンピースは背中が空いているもので、下から被って首と腕を通した。


 後は背中に手を回してファスナーを上げるだけ。


「お、終わりました」


 カーテンを開けて2人の前に出る。


「おぉ……」

「これは……」

「ど、どう、かな?」


 感想を聞く前に部屋の壁にある鏡で観ておけばよかった。

 正直、ちょっと恥ずかしい。


「キミ、シャッターチャンスだよ」

「任せてお姉さん」

「え」


 美姫はスマホをいつの間にか出していて、カシャ――カシャカシャといろいろな角度から写真を撮られる。


「な、なになに」

「いいよぉ、その頬を赤く染めて恥ずかしくしてるの最高だよぉ」

「キミも、わかってるじゃない」

「ふふっ、お姉さんとは気が合いそうです」

「今は袖があるけど、夏になったら袖なしも観てみたいわね」

「本当にもったいないわね。もしも興味があったら、モデルをやってみるといいわよ。なんならこのお店のシーズンカタログのモデルをお願いしたいもの。も・ち・ろ・ん、お金はちゃんと出すし、服もあげちゃうわよ」


 アイドルを続けていれば、もしかしたらあるかもしれない仕事。

 でもそれができるようになるには、今よりもっと人気にならないといけない。

 だからこの申し出は自分の宣伝の一環として受けた方がいいんだろうけど……。


「ごめんなさい。今はいろいろと忙しくて、そっちの方をちゃんとやりたいんです」


 もっと中途半端になってしまう。


「あら残念。無理強いはできないからね。また気が向いたら考えてみてね」

「ありがとうございます」

「こんなコーデが自分に似合うなんて思ってもみませんでした」

「そうね、かわいいんだからもっと自信をもって着飾ってみて」

「本当にありがとうございます。名残惜しいですが着替えますね」


 カーテンを閉めて、くるりと振り返る。

 ここで初めて自分の姿を見たんだけど、確かに自分らしいかも。


 今度のお給料日に、ちょっと考えてみようかな。


 背中のチャックに手を掛けた時だった。


「きゃああああああああああっ!」

「うわああああああああああ!」


 そんな悲鳴が響き渡って、私は動きが止まってしまう。


 そして――銃声。


「おらおらおら! 動くんじゃねぇ!」


 何事かとカーテンを開けると、そこには覆面の男達が出入り口に立っていた。

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