3-2

 合金製のマンホール蓋をこじ開ける。空気が噴き上がり音を立てるが、路地の闇がそれを飲み込んだ。穴へ身を潜らせ、蓋を下から戻す。


 雨の降る音が聞こえなくなる。代わりに、雨の流れる音に埋もれる。ただ轟々と、濁流があった。円柱形のトンネル下水道、整備用の通路へと降りるが、それは雨水が氾濫する中に沈んでいた。進めば一歩で膝まで浸かり、二歩で全身を呑まれるだろう。


 私は歩かずに腕を伸ばした。滑らかなアーチを描くコンクリート壁へ、指を突き刺す。指だけではない、肘、膝、足先に至るまで全ては刃そのものだ、壁面を容易く穿つ。身体を持ち上げれば、四十八の部品で構成された金属脊椎が、ゆっくりと反り上がった。水の届かない天井、何の突起も無い傾斜角を、一歩、一足、真横へ這うように進む。


 そのように下水道を奥深く進んだ場所に、扉があった。識別コードを読み込み、自動で開くそこへ這い上る。


 冷えた空気に触れる。雨水と地下の生温さではない、それらと雑菌を遮断するための、氷点下二度。扉が閉まると同時にジェットシャワーが駆動し、ブラックライトの照らす中、下水と雨を洗い流す。水は瞬時に気化冷凍され、ボディは濡れながらに乾いていった。


 洗浄が終わるとシャワー室を出て、研究室へ進む。検査器具、標本、部品、あらゆるものが床と棚に散乱し、冷気と霜に張り付いていた。空調と機械の低い駆動音の中、氷を踏む小さな破裂音を響かせ、奥へと進む。


 そこが私と、私たちと、あの方の寝床だった。


 壁一面にアンドロイドが立っている。その全てが私と同じ形だ、しかし一人として動きはしない、分厚い霜に硬く乾いている。


 それらに囲まれて、あの方は眠っていた。横倒しのカプセルのガラス面、結露した表層を拭えば、その顔が見えた。蛍光色の電解液の中で、波一つない影に照らされながら、老人は――――博士は目を閉じている。酸素マスク、神経コード、無数の線に繋がれて、いつみてもその身体は小さく見えた。心音グラフは、微弱なパルスと音を刻むに過ぎない。


 カプセルの上にブラスターを開く。三つの薬室に残った一発だけの弾丸、それを取り出し、博士に見せた。


「今日も遂行しました」


 そして、弾丸を握り潰す。研がれた指と手のひらの中で、金属は容易く砕かれた。


「これで二百九十九人目」


 あと一人だ。


 博士の隣、もう一つのカプセルに横たわる。その中で自動的にセンサーが働き、フレームの検査を始めた。私が傷を負うことはない、しかしコーティングの剥離や、内部異常が万に一つもあってはならない。次の依頼は既に決まっている。


 だが何よりも、「夢」が見たかった。


 アンドロイドの意識は電子的に構築されている。故に記憶データを読み込めば、それはもう一度、そこで生きているのと変わらない。


 だから「夢」を見る。博士に会うために。

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