第69話 涼の覚悟と栞の決断

 さてさて、どうしたものか。母さんがいる前提で栞をうちに連れてきたわけなんだけど。予定外のことでちょっと動揺してしまう。これではそういうつもりで連れてきたみたいじゃないか。そういうつもりが全く無かったかと言われたら嘘になってしまうけど。


「おうち入らないの?」

「いやっ!入るけどちょっと鍵が見つからなくてさ……」


 動揺を悟られないように誤魔化してみるけど、更に栞から思っても見なかったことを告げられる。


「私が開けようか?」

「は?」


 疑問でいっぱいの俺を余所に平然と鍵を取り出して玄関を開ける栞。


 いや、待って?なんで栞が普通にうちの鍵を持ってるの?


「今まで黙ってたんだけど、こないだうちに来た時、水希さんにもらったんだぁ」


 そう言って、俺より先に家に入っていった。


 母さんまたか……俺にも説明しておいてくれよ……


 玄関先で突っ立っているわけにもいかず、とりあえず栞の後を追う。先にリビングに入っていた栞はキョロキョロと何かを探していた。


「ねぇ?今日は水希さんいないの?」


 栞が探していたのは何か、ではなくて誰か、つまり母さんだった。明かりがついていない時点でいないのはわかるだろうに。


「何も言ってなかったと思うんだけどなぁ……」


 俺も何かないかと探してみると、食卓の上に母さんの置き手紙を見つけた。


『涼、栞ちゃんおかえりなさい。文乃さんとお出かけしてきます。帰りはたぶん遅くなると思います。夕飯は冷蔵庫に入れてあるので栞ちゃんと仲良く食べること。ないと思うけど1人で帰ってきてたら、食べきれない分は残しといていいから。夏休みももう終わるから最後まで栞ちゃんといい思い出作りなさい。   お節介な母より』


 栞も俺の横から覗き込んで、一緒に読む。


「水希さん、お母さんと出かけてるんだ。いつの間にか仲良くなったみたいだね?」

「そうみたい」


 俺達をからかう時の息のあった様子を思い出す。これまでは俺のせいで、同じ年頃の子供を持つ親同士の交流もなかっただろうから、余計に嬉しいのかもしれない。


 しかし文乃さんとお出かけということはつまり、一緒にどちらの家に行っても結局2人きりということで。更には栞を連れて帰ってくることまで悟られていると。本当にお節介だよ……


「ということは……しばらくは2人きり、だよね?」

「そう、だね」


 ここまで予定と違ってしまったら、俺のしようとしていたことはもう白状してもいいだろう。俺のしようとしていた2つのこと……それは慣れないプールで遊んで疲労の溜まった身体のマッサージと、日焼けのケアだ。栞は足をつっていたし、1日中日光を浴び続けていたのだからケアは必要だろ?そう考えていた。栞のことだからきっちり日焼け止めは使用していたと思うが。

 でも、こんな状況が用意されていたら俺も栞も歯止めが効かなくなってしまうに決まってる。また母さん達の手の平の上で踊らされている気がするけど、暴走気味だったとはいえ、あれでも今日はずっとお互い色々と抑えていたのだ。


「ねぇ、涼……私、今日ずっと我慢してたの……もう、我慢しなくて、いい?」


 栞は顔を赤らめて、身体をうずっとさせる。後で思い返せばこの時、迷いがあるような顔をしていた気がするのだが、熱に浮かされた俺は気付くことができなかった。


「とりあえず、風呂にでも入ろうか……?」

「そ、そうだね」


 逸る気持ちを押さえつけながら、また一緒に風呂に入り、汗と塩素の匂いを洗い流して。それから予定通りにお互いに疲れた身体を揉みほぐして、風呂からあがったら日焼けのケアをして。母さんが用意してくれた夕飯を2人で食べた。

 その後は俺の部屋に移動して、2人で1つのタオルケットに包まって、じゃれあってイチャついて、我慢していた感情を開放してお互いの気持ちを確かめ合った。


 お互いの熱が引いた後、2人で横になって天井を見上げる。このタイミングしかない。ここからが俺が予定していた本当のこと。やる予定だったのは2つのことだけど、実はもう1つだけ栞に言うべきことがあった。


「ねぇ、栞?ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」

「うん、なぁに?」


 ここまできて、婚約ってことになった(させられた?)のに、まだ言えていなかったこと。大事なことだ。俺と栞のこれから先、なんなら一生の関係を決定させてしまうかもしれないこと。まだまだ子供な俺が口にするには、きっと世間一般からすれば早すぎるだろう。でも……言わないといけないし、聞いてほしい。俺の覚悟をちゃんと言葉にしておきたい。


「俺、ずっと栞と一緒にいたいんだ。この歳でこんなこと言うのは早すぎるって思うけど、それでも……この先もずっとずっと俺の側にいてほしい。俺が栞を支えて、栞が俺を支えてくれて、そんなふうに2人で寄り添って生きていきたい」

「……それって……そういうこと、でいいんだよね?」

「う、うん。まだ自立もできない内に言うことじゃないってわかってるし、いつになるもかわからないけど……」

「嬉しい……嬉しいよ。私も同じ気持ちだよ。ずっとずっと、いつまでも涼と一緒にいたい。だから……」


 この後に続く言葉は、この時の俺には理解が出来なかった。言葉の意味はわかったけれど、その真意が。

 だってそうだろ?これまでずっと喧嘩もせずにお互い夢中になって、今日だってずっとべったりで、ハプニングはあったけど楽しく遊んで。今だって俺の言葉に喜んでくれて、受け入れてくれたと思っていたのに……


「私達……しばらく距離、おこっか」


 栞は少しだけ寂しそうにそう言ったんだ。

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