第63話 ハプニングからのナンパ
栞と一塊になってウォータースライダーの出口から吐き出される。しっかりと掴んでいたつもりだったけど、着水の衝撃で栞を離してしまった。派手に水しぶきをあげて身体が水に沈む。慌てて水面から顔を出して栞を探すと、手を伸ばせば届くくらいの距離から栞が顔を出した。
「ぷはっ……!涼!すごかったね!」
楽しそうに満面の笑みで、水が太陽の光を反射してキラキラと栞を彩っていてすごく綺麗だ。また1つ、いつもと違った栞の魅力を発見、と思ったのもつかの間、ギョッとした。
なぜかって?栞の上半身が完全に露わになってたからだよ!
どうやら着水の衝撃で脱げたらしい。
このままではまずいと思い、とっさに栞の腕を引き正面から抱き寄せる。どうにか他人に見られる前に視線を遮ることに成功した、と思う。俺はバッチリ見てしまったけど……本当に誰にも見られてないよな……?
「え?なになに?どうしたの、涼?」
当然いきなりこんなことをすれば、自分の状態に気付いていない栞は困惑するわけで。
俺との間でふよんと形を変える栞の身体を堪能したい衝動に駆られるが、今はそんなことをしている場合ではないので頭から煩悩を振り払う。これ以上ウォータースライダーの出口付近に留まるのは危ないし、栞を抱き締めたまま移動することに。
「ちょっと、本当にどうしたの?抱き締めてくれるのは嬉しいけど、こんな突然……」
「いきなりごめん。えっと、大声出したらダメだからね?言いにくいんだけど、水着、脱げてるから……」
栞はゆっくりと視線を下げて自分の状態を確認する。その視線の先には無防備な自分の姿があるわけで……顔を真っ赤に染め上げる。
「ど、どど、どうしよう……」
小声だけど、明らかに動揺している栞。俺は必死に頭を回転させて打開策を考える。そこで調度いいものを自分が着ていることを思い出した。まさかこんな使い方をすることになるなんて思ってもみなかったけど。
「栞。このまま俺のこれ、脱がせられる?俺が動くと、その、見えちゃうから……」
「う、うん。やってみる」
水に濡れて脱げにくくなっていたものの、苦戦しながらどうにか脱がせてくれた。それを栞に着せて、前をきっちりしめて、ようやく一安心。
「涼、ごめんね?慣れない水着だから結びが弱かったみたいで……」
「それはしょうがないよ。とにかく俺、脱げた水着探してくるから上がって待ってて?」
「い、いやっ!こんな状態で1人にしないで……」
そう言われてしまっては動くに動けない。それに行かせまいとしがみつかれているし。
どうしたものかと頭を悩ませていると、遥と楓さんが滑り降りてきた。俺達と違って綺麗に着水していた。
そして浮き上がってきた遥の頭には白い布が。
「ん?なんだこれ?」
遥はそれを無造作に掴んで眺めると、同じく水から顔を出した楓さんがそれを見てポツリ。
「……これしおりんの水着じゃん」
ナイス遥!と思うけど、友人とはいえ俺以外の男が栞の水着に触れていると思うと複雑な心境だ。見つけてくれたのには本当に感謝なんだけど。
ようやく遙達が俺達に気付いて近付いてくる。遥は女性物の水着を持っているのが気まずかったのか楓さんに手渡して。
「しおりん?もしかしてその下って……」
「……脱げました」
「やっぱり……だから最後、私が結んであげるって言ったのに!」
栞が珍しく楓さんに対して申し訳無さそうにしていると思ったら、俺の知らないところでそんなやりとりがあったらしい。
「ごめんなさい……あの時は大丈夫って思ったんだもん……」
「まったくもう……ほら、更衣室行くよ。今度は解けないように私がやるからね?」
「お手数おかけします……」
肩を落とした栞を楓さんが引っ張って更衣室へ。必然的に取り残される俺と遥。
「なぁ、涼。見たのか?」
「へ?何を?」
「とぼけなくてもいいって。お前のラッシュガード着せてたってことは脱げた時見たんだろ?」
さっきからニヤニヤしてると思ったら、そういうことか。
「一瞬だよ。周りに見えないようにとっさに抱き締めちゃったし」
「その状態で抱き締めるとかやるじゃん。ってか、その割に平然としてやがるな。なんだ?もう見たことあったのか?」
いかん……下手に誤魔化すとまたすぐバレるやつじゃん。
「いや……いきなりのことでパニックだったからさ。ほら、一周回って冷静になったりするだろ?そういうやつだよ。栞とはその……」
「ふ〜ん。ま、そういうことにしといてやるよ。でもよかったな、順調そうで」
今度は真面目な顔で言われてしまった。その感じは祝福してくれているようで。結局全部お見通しってことだ。母さん達にもすぐバレたし。俺はどうしてこう、隠し事が下手なんだろう。
恥ずかしさで狼狽えていると、2人組の女性が近付いてきて俺達の前で立ち止まる。大学生くらいだろうか、結構派手なギャルっぽい感じだ。最近の俺は栞に最適化されているので、ちっとも興味を惹かれないけど。
「ねぇねぇ、お兄さん達、高校生?」
「結構可愛い顔してるじゃん。もし2人だけなら私達と遊ばない?」
まさか俺がナンパされる日が来るなんて。こういうのって普通逆じゃないの?可愛い女の子(栞みたいな)がされるものだと思ってた。
「いや、俺達2人共彼女がいるので、すいませんが……」
「え〜。でも今はいないじゃん」
「ちょっとだけでいいからさぁ。ね、遊ぼうよ?」
断っても尚食い下がってくる。正直面倒臭い。
「俺、本当に彼女が大事なんです。申し訳ないですが他をあたってください」
これでダメならもう逃げるしかない。そう思っていると後ろから早足で誰かが近付いてくる音が。そのまま俺の腕にギュッと抱き着いてきて……この感触は、栞?
いや、感触でわかるって俺やばくない?
「お待たせ、涼!この人達は?」
なぜかニコニコ顔の栞。あの……怒ってます?
「ナンパ……かな。断ってるんだけど……」
「ふ〜ん。ねぇ、お姉さん達?私の彼にちょっかいかけないでもらえますか?」
栞が笑顔のままで目を細めるとナンパ女性は顔を強張らせて固まる。さすが文乃さんと母さんを震え上がらせただけのことはある。今のところ俺には決して向けない顔。笑顔のくせに背筋が寒くなるんだよ……
「ねぇ、この子……目がマジだよ……?」
「ご、ごめんね?もう私達行くから、許して?ね?」
「もう私達に近付かないなら何もしませんよ?」
「「すいませんでした!」」
ようやく開放されたけど、この後どう栞のご機嫌を取ったらいいのか……少しだけ憂鬱になる。
「はぁ〜……よかったぁ……」
心底安堵する栞。ちょっと思ってたのと違う。てっきりお説教でもされるかと思ってたのに。
「あれ……?栞、怒ってないの?」
「怒ってるよ?さっきの人達にね」
「俺には……?」
「なんで私が涼に怒るの?私のこと大事って断ってくれてたじゃない。嬉しかったよ?それに声聞いたらわかるよ、迷惑そうにしてたの」
どうやらそこから聞かれてたみたいだ。栞以外に興味がないから当然なんだけど、ちゃんと対応していて正解だったわけだ。
「よかった……あんなんで栞に愛想つかされたらどうしようって心配だったんだ……」
「嬉しそうにしてたらそうなってたかも。でも私も心配なんだからね?ずっと私だけの涼でいてね?」
「もちろんそのつもりだよ」
俺と栞は人目を気にせず固く抱き合った。
「んで、遥は高原君に任せきりだった、と」
俺達とは逆に遥に向けられる楓さんの声は冷たい。
「や、ほら、涼の対応に感心してたっていうかさ……」
「そんなこと言って喜んでたんでしょー!」
「違うって!だから腹つねるのやめてくれ!痛いから!」
「うるさーい!反省しなさい!」
楓さんにお腹の肉をつねりあげられた遥の叫びが響き渡るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます