第33話 やることが多い!

 一層の地図が完成したので、そのまま二層に降りてきた。

 第一層のスライム階をどうするかはもう決めたから、次はここだ。

 さっき出会ったアルスくんによると、たくさんのゴブリンがあっちこっちから出てくるので、戦闘に手間取っていると挟撃されやすく、後衛が殺されてしまう事故が多く発生するのだとか。


「私も最初のころはここは嫌だったなぁ」

「フィオナも苦戦したの? 大丈夫だった? 手籠めにされてない?」

「手籠めって? ゴブリンに……ってこと? どういうこと?」

「なんでもないです」


 ふむ。我々の常識とは何かが違ったようだな……。

 その後も、どういうこと? どういうこと? としつこいフィオナに、ゴブリンスレイの歴史を叩き込んでやったが、顔を赤くして驚いていた。

 というか、あっちの世界にもこっちの世界にもゴブリンとかいるのなんなん。

 ……いや、地球にはゴブリンはいねぇか。いなかったわ。


「マホ、ゴブリンくらいならたぶん倒せると思うから、やれそうならやってみたらいいよ」

「そうだねぇ。スライムはダメだったし、いっちょやったりますか」


 スライムは魔法じゃないとダメだったから、物理で殴れば死ぬゴブリンは私向きだ。

 ホームセンターから手斧も持って来てあるし。


「来た! 一匹、そっちに回すよ!」

「よしこい!」


 暗闇の先からギャギャギャとダミ声を発しながら、小柄な体躯の魔物が飛び出してくる。

 なるほど、あれがゴブリン。

 なんで地球のアレと同じ感じなんだと思ったが、これはもしかすると自動翻訳によるものなのかもしれない。今だって、感覚としては日本語のつもりで喋っているが、もちろんそんなはずはないのだから、現地言葉ではゴブリンでなくムンベムンベとか別の名前なのかもしれない。


 とにかくゴブリンだ。

 体長は1メートルにも届かず幼児みたいなもんだが、武器を持っているのが問題だ。

 小さなナイフでも生身部分を斬り付けられれば死ぬ可能性はある。

 しかし私だって、最下層のボスどもを倒してレベルアップしてるはずの者。

 最弱の誉れ高いゴブ公ごときに後れを取るものか。

 うおおおおおおお!


 ゴブリンを迎え撃つべく手斧を構える。

 だが、ゴブリンが私のところにまで来ることはなかった。

 私の横を大きな影が通り過ぎ――


「ギャギャギャ、ピ」

「ギャ、ヒン」

「ぺ」


 タマが飛び出して、私やフィオナが迎撃する前に、ゴブリンをペシペシペシと叩き潰してしまった。


「ちょ、ちょっとタマ。戦闘の練習も兼ねてるから、倒さなくいいんだよ?」

「チョロチョロ動いてるから、つい……ニャン」

「狩猟本能を刺激される動きだったかぁ」


 よくよく考えれば、この3匹の中ではタマが一番肉食の性質を残してるんだよな。

 猫は飼い猫でも普通に狩りをする生き物だし。


 その後、闇の中から現れるゴブリンたちにビビったりしながら、くまなく歩き回った。

 第二層も第一層と同じように、あまり広くない通路で構成されたザ・ダンジョンといった風情の作りで、いくつかの問題はあるが、難易度を下げるのはそう難しくなさそうだ。

 あと、ゴブリンも倒してみたが、けっこうあっけなかった。

 斧を叩き込む感触はちょっと慣れが必要な感じだったが、死体が残らないのがいい。


 そんな調子で5日間。

 多少の紆余曲折はあったものの、6層までの地図作りが完了した。

 もともとフィオナは6層をメインの狩り場としつつ、いちおう7層までは行ったことがあった為、だいたいの特徴はわかっており、地図作りそのものは捗ったと言えるだろう。

 魔物も、ポチタマカイザーがいれば、ほとんど怖いレベルの奴はいなかった。

 まあ、この迷宮は腐っても全101階層。地下6階なんてまだまだ上層も上層なのだから、こんなものだろう。


 ちなみに宝箱は毎朝再設置した。

 毎日なくなってたから、アレスくんたちや他の探索者が見つけて持っていったのだろう。

 いきなり謎の宝箱が出現するようになったという事実が、どういう影響を及ぼすかは未知数な部分があるが、中身はささやかなものだし、長くここで続けてる人たちへのサービスみたいなもんだね。


 ◇◆◆◆◇


「よーし、地図はまだまだ未完成だけど、とりあえず6層までのことはわかったね」


 思ったよりは時間がかかっちゃったけど、なにせ人手が足りないから仕方が無い。

 物はある。これから繁栄していくのためのだけはある。でも人は私とフィオナのみ。そんな状態だ。

 人手の確保は急務といっていい。


「フィオナ。誰か手伝ってくれる人も募集しなきゃねぇ。ギルドだって正式なものを立ち上げる必要あるし。ああ~、やること目白押し!」

「そんなにやることあるの……?」

「あるよ! ありすぎるほどある!」


 しかも、時間がかかるようなことが多いんだよね。

 究極的には、ダンジョン経営って領地経営に深く関わり合ってるから。

 ただ探索者を集めればいいという問題ではないのだ。


 とはいえ、儲かると知られれば人は勝手に集まるはず。

 かつて、ゴールドラッシュで一番儲かったのは金を掘った人ではなく、鉄道を通した人や、ツルハシやジーンズを売った人だったという。

 これはある種の教訓だが、我々だって同じだ。ダンジョンが発生して、そこから魔石という金が出る。探索者はそれを聞いて駆け付ける。

 私たちは、武器を売り、防具を売り、宿も食事も用意し、さらには魔石まで買い取る。利益は莫大なものになるだろう。


 だが当然、そんなことを全部私とフィオナだけでできるはずはない。

 この街のギルドはほとんど崩壊……というか、魔石の買い取り所だけがかろうじて機能しているにすぎないし、人集めは本当に急務だ。

 探索者のほうが先に増えてしまったら崩壊……下手したら暴動が起きるぞ。


「まだ第一歩にもなってないからねぇ。それに探索者を呼び寄せるってことは、余所よそのダンジョンで探索やってる人に来てもらうってことだからさ。どうしたって比較されちゃうわけ。どんだけ準備しても足りないよ」

「まぁ……確かにね。おっきな迷宮都市には本当になんでもあるからね。遊ぶとこも多いし。この街にも酒場くらいならあるけど」

「でしょ? 街そのものの都市計画もいっしょに進める必要があるってことだし、どんどんやってかなきゃ。忙しくなるぞぉ!」


 やること多いけど、今はひとつひとつクリアしていけばいい。

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