第13話 崩壊始る


 屋上に3人。

 電気制御室に2人。

 地下に10人。

 上空から見下ろすのが5人。


 下手な監視術式を起動してる奴。

 客に紛れて6人。

 コンシェルジュの振りをした術師が3人。


 最後の奴は少しだけ面倒だった。

 輝夜の影に入ってた人が居た。


 隙を見て全員昏倒させ、屋上で寝かせた。

 魔術師相手に物理的な拘束は意味がない。

 魔力を封印するか、精神を支配するしかない。


 睡眠スリープは、対魔術師捕獲にもかなり有用な術式だ。


「それではお主で最後だな」


 エントランスに戻った僕は、バルコニーの上からそれを見ていた。

 黄金に輝く髪と、奥底に眠る同色の魔力を宿した少女。


 相当に精密な魔力感知ができる人間でなければ、その魔力を見抜く事はできないだろう。


「まだ居たのね」


 哀沢輝夜が、僕へそう声を掛けて来る。

 この少女は随分とお暇らしい。


「今の所、私がトップ独走。

 暗殺者の一人や二人来るかと思ってたけど、そういうのも無くて退屈だわ」


「良かったね」


「まぁ、来ても私なら何とでもできるけど」


「そうだね」


「今の内に私に媚びて置いた方が良いんじゃないの?」


「んー、ドレス奇麗だね」


「最初に褒めるところが服?」


 何なのこの子。

 めんどくさいな。


「もっと他に褒める所は無いの?」


 呪力とは、感情によって増長された力だ。

 彼女には、他者の感情を自分に向けさせる才能がある。


 それは、アイドルとか政治家とか人気者が持つ資質でもある。


 けれど……

 同時にそれは、嫉妬や妬み怨みを買いやすい。


「君、幾つなの?」


「7つになったけど。

 どうして?」


 たった7歳の少女。

 それが、ここまでの呪いを背負う。

 それはきっと、尋常な事ではない。


「今まで大変だったね」


 ならば、自慢くらい好きにすればいい。

 媚びて欲しいのなら媚びて上げるよ。


 十数秒後の君の表情を考えれば、そんなの気休めにだってならないんだから。


「何よそれ……」


「君の魅力は、別に術師としての才能だけじゃない。

 他にも沢山の魅力がある。

 だからもし、君より優れる誰かが居たとしても、失望するような事じゃない。

 そう……僕は思うよ……」


「馬鹿ね。

 私より優れている人間なんて居ないのよ。

 私は、あの当主にだって直に追い抜く。

 私はそういう人間なんだから」


 そう、彼女が言ったその瞬間。



 ――パリン。



 と、割れる音が連続する。


「有り得ない……」


 そう、会場の誰かが呟いた。


「何……?」


 輝夜がその音の方向へ視線を向ける。

 僕はずっと見ていたから知っている。


 瑠美があの宝玉に触れた瞬間、全ての宝玉がヒビ割れて弾け飛んだ。

 魔力測定の容量オーバーだ。


「天才……いや、怪物だ……」


 土御門龍網が、大きな宝石を前にしたような期待の眼差しを向けている。


 その先は、輝夜ではない。


「嘘だ……」


 魔力量とは才能だ。

 それに後天的な努力は介在する余地がない。

 少なくとも、僕の知るあらゆる理屈上ではそうなっている。


 でも、裏技的に輝夜は魔力を増やそうと試みた。

 呪術は、体内の魔力量を変質させる術の中では、かなり効率の良い方法だ。


 だが、代償は大きく。

 制御は術者の感情に大きく左右される。


「この出来損ないが」


「期待してたのに……」


「ごめんなさい……でも私がんばって……」


「言い訳は聞きたくない。

 お前の努力不足だ」


「はぁ……」


 黒髪の夫婦が近寄って来て、輝夜ちゃんにそう吐き捨てた。

 そのまま溜息を吐き、彼女を置いて何処かへ去っていく。


 こいつ等……


「なんでよ……

 お父さん……

 お母さん……」


 溢れ出るは黒い泥。

 輝夜の全身から、可視化される程の魔力が放出している。

 それは、まるで貯水の栓を抜いた様に。


 泥は輝夜の全身を。


 包む。

 覆う。

 纏う。


 そんな彼女の手を、僕は握った。


 ポロポロと涙を流し。


「私、頑張ったのに……」


 年相応の悔しさに顔を歪める。


 そんな、この子を安心させる様に。


「あぁ、君は凄く頑張った。

 大丈夫だよ」


 呪力なんて力を保有する事よりも。

 大量の呪力を蓄えられた精神性こそが、君の才能。

 7歳でそれができるのだから、君は天才の類で相違ない。


「僕は君の心を尊敬する」


 常人なら自殺してもおかしくない呪われ方。

 それでも、君は自分こそが最も優秀だという自負だけで、それに抗い続け、抑え続けていた。


 この勝負でもし君が君が勝ってれば、そのプライドは盤石な物になっていたのかもしれない。

 でも、そうはならなかった。


「捨てないで……」


 両親の背を幻視して、彼女は言う。

 けど、ごめんね。

 今、君の目の前に居るのは僕だけだから。


 僕で我慢して欲しい。


「見捨てないよ。

 それが、僕の仕事だから」


 大人っぽい君はもう終わりだ。

 そうしないと駄目な環境は崩れ去った。


 けれど、さっきの人たちも理解する筈だよ。

 あの、黄金の英雄にはどう足掻いたって勝てないって。


「行くよ」


 僕は、輝夜の手を引いて、使われていない別の大広間に入った。



 ◆



 大きな部屋に、僕と輝夜だけが居る。


 黒いそれが、彼女の身を包んでいく。

 もうそれは、彼女の精神だけで抑え込める量ではない。

 いや、元々呪いというのはそういう物だ。


 ハナから、人間に制御できる力じゃない。


「君の名前を教えてよ、化物」


「フィトルケイオルス。

 それが我が名である」


 圧倒的な圧力。

 圧倒的な呪力。

 絶望感と悲壮感がとんでもない。


 人間より上位の種族。

 そうとしか思えなかった。


「弁えよ、人間」


 光を失ったその瞳は、まるで何か別の物に操られている様で。

 その口が紡ぐ名前は、既に彼女ではない。


 呪いに身体を乗っ取られている。


「呼び難いから、フルルとかでいいかな」


 そう言った瞬間、彼女の指が僕を差す。

 一瞬の殺気を感じ、身体を捻った。


 けれど……


「っは……」


 片足が斬り飛ばされた。


 片足だとバランス取り辛い。


「身の程を知れ」


 闇属性、反召喚術とも呼ばれる。


 ――空間干渉術式。


「次元断裂」


 馬鹿かよ。

 魔力効率度外視のブッパ。

 だからこそ、魔力量の差が如実に表れる。


 この戦術は……

 僕が一番相手にしたくない物だ。


 呪力と魔力は変換可能。

 呪力を操って術式を発動させるのは、基本的な制御術だ。

 だが、それだけでも僕を押すには十分な火力。


「ちょっとは頭使った術式組みなよ……」


 治癒術式で止血する。

 再生は時間が居る。

 直ぐには無理だ。


「小細工は、人の役割だ」


 殺気が飛ぶ。

 あの術式は空間に対して発動される。

 召喚するのではなく、空間を送還し抹消する。


 ――逆の召喚術式。


 攻撃範囲は視界内全て。

 防御は不能。


 僕なら5発も撃てば、魔力全損だよ。

 でも、あの子の呪力で代用するなら。

 数百発は撃てるかな。


 持久戦は不利。

 さっさと終わらせないと。


魔糸操々ましそうそう


「小細工だな」


「君がやれって言ったんじゃないか」


 それに僕には小細工しかない。

 それだけを極めて来た。


 糸で足を形成。

 これでまぁ、動けるか。

 身体強化、魔力感知。



 全開。



「次は首を貰うとするか」


 その魔力を、僕の瞳は捉えている。

 首を捻れば、一歩隣に斬撃が発生する。


 僕の、魔力感知はフルルの魔力の流れを読み切った。


 召喚術で召喚する位置には、魔力でアクセスする必要がある。

 魔力を伸ばして、その空間に触れる必要がある。

 制御術の練度が低ければ、自身の周囲だけだ。


「これを躱すか小僧」


「見えてるからね」


 けれどこの悪霊の様に、魔力操作がそれなりにできているのなら、この室内位は全て射程圏内だろう。

 だが、僕はその射線を予め感知する事ができる。


「ならば、数を増やせば良いだけの事」


 その黒い手袋が、僕の顔に翳される。


 でも。


「遅いよ」


 フルルの動きが止まる。

 いや、フルル自身が動きを止めたのだ。

 先手はもう譲らない。


 ここからは、僕の領域で戦って貰う。


「いつの間に……」


 僕は床を這わせて糸を彼女の足に絡ませた。

 これで、支配術の射程圏内。


「我に精神干渉などできぬぞ」


 分かってるよ。

 悪霊には睡眠も食事も無い。

 記憶だって脳に保管されてる訳じゃ無いから操れない。


 だから、僕がアクセスするのは精神じゃない。


「君の呪力は僕が貰う」


 糸を絡ませ、呪力に干渉。

 食うというより、吸収という表現が正しいかな。

 君の問題は身に余る圧倒的な呪力だ。


 それさえ取り除けば精神は安定する。


 そして、そんな方法を僕は2つしか知らない。


 でも、悪いけど単純な方の方法は。

 この悪霊を正面から打破する。

 なんて、僕には無理だ。


「正気か貴様……

 この量の呪いを引き受けようとでも?

 同じ事だぞ、貴様が我の宿主となるだけ」


 だから、2つ目の方法。

 呪力は人から人への怨みの感情。

 指向性を持ったエネルギーだ。


 なら、それに干渉して方向さえ変えれば、移す事ができる。


 少しだけ待っててね。

 君の呪いは全部僕が貰うから。


「呪い如きが、あんまり偉そうにしないでよ」


 さぁ、綱引きを始めよう。

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