第12話 スキャンダル

 アイドルたるもの。


 ファンを楽しませつつも、常に冷静に。


 浮き足立つことないように心がけなければならない。


 何せ、いつ何時も油断ならない、芸能界に身を置いているのだから。


「……ふふ」


 そのことを、誰よりも心得ているつもりだった、はずなのに……


 先ほどからずっと、スマホをぽちぽちと打つ指が止まらない。


 そして、とうとう、彼とのやりとりが終わると、


「……はぁ」


 思わずため息がこぼれてしまう。


「オモロ」


「ひゃッ……って、心」


「やっぱり、ゆめっちって、情緒不安定?」


 お得意の憎らしいほどの小悪魔スマイルを浮かべて言われる。


 夢叶ゆめかは、ピキリとこめかみに筋が走りかけた。


「冗談はよしてちょうだい。私はあなたよりも、よっぽど大人のメンタルだから」


「その物言いが何かもう、お子ちゃまっぽいけどね~?」


「何ですって?」


 夢叶の睨みに対して、心はニヤッとする。


「りおさま~、またこの2人がケンカしてまーす!」


 美千留みちるが手を上げ声を上げる。


「2人とも、ケンカはダメよ?」


 竜子も言い添える。


「な、仲良くして欲しいですぅ~」


「ケンカ、ダルい」


 蘭とさりなも同意見だ。


 そんなメンバーたちの意志を携えて、


「夢叶、心」


 理央がスッと彼女たちに歩み寄る。


「りおさま、ビンタしてやって!」


「ちょっと、乱暴はダメよ」


「こ、怖いですぅ~」


「穏便に済ませて」


 そんなメンバーたちの声を聞きつつ、理央と対峙する2人は、小さく息を呑む。


 そして、絶対リーダーたる、理央は――


「メッ♪」


 ズデーン!


 メンバー一斉にズッコケた。


「クソゆるっ!」


「でも、怒るよりずっと良いわ」


「優しいですぅ~」


「1番オトナ」


 メンバーの声を背に受けて、理央は件の2人に微笑みかける。


「分かった?」


「「……はい」」


 気が強いというか、我が強いというか。


 とにかく、メンバーの中でも主張が強いこの2人も、絶対リーダーと呼ばれる理央の前では大人しく首を縦に振るのだった。


「ところで、だけど。みんな、今朝のネットニュースは見た?」


「んっ? 何かあったの?」


 心が聞く。


「サーモンラバーズの市来真里菜いちきまりなちゃんが、スキャンダルらしいわ」


 ドクン、と胸が鼓動を打つ。


「マジで!? 男デキたの!? 可愛いけど、大人しい感じの子でしょ!?」


「でも、結成当初はずっと端っこだったのが、メキメキと頭角を現してセンターになって。それで自信をつけて、人が変わったのかもよ?」


「ちなみに、だけど。お相手は男性じゃなくて、女性よ」


「はっ?」


「まあ、今はジェンダーフリーの時代だからね」


「って、呑気に言っている場合かよ」


「そういったこともあって、しばらく活動自粛こそすれど、ファンが大きく減る事態にはならなそうね」


「何なら、むしろファンが増えそうだよね」


「まさか、これも営業の内?」


「大人しい顔して、エグいわ~」


 みんながやんや、やんやと語らっている最中。


 夢叶は1人だけ、輪から外れた所で、胸の鼓動が静まるのを待っていた。


 スキャンダル……


「てか、ここにいるみんなは、大丈夫かなぁ~?」


 心が小さな体で、大きな声を張り上げる。


「こころたち、今ノリに乗っている時に、まさかスキャンダルだなんて……勘弁して欲しいもんね~?」


 ドクン、ドクン。


「つーか、1番スキャンダラスなの、ここかすでしょ」


「黙れ、みちるん。メガネ叩き割るよ?」


「おう、望むところだぜぇ~?」


「もう、ケンカはおよしなさいって」


 睨み合う心と美千留をたしなめる竜子。


「だいたい、あんたは最年少のくせに、態度がデカいんだよ」


「ちなみに、乳もデカいしね♪」


「うるせー。乳のデカさなら、らんぱいが1番だろうが」


「ふん、あんなまるぽちゃとこころをを一緒にしないでくれる~?」


「ま、まるぽちゃ……ひどいですぅ~」


「大丈夫、蘭はまるぽちゃなところが可愛いんだよ」


「さりな……って、言うほどまるぽちゃじゃないもん!」


「もう、どうしてみんなすぐに揉めるのかしらね~?」


「おばはん、こころたちは若いんだよ♪」


「お、おば……うわーん!」


「おい、ここかす。姉さんを泣かせたら、ぶん殴るぞ」


「って、いつもみちるんだって散々イジり倒しているじゃんか~」


「あたいは良いんだよ、姉さんと深い絆で結ばれているからな」


「えっ、あんたらもレズってんの? ひくわ~」


「よし、歯を食いしばれ、ここかす」


 拳を握り締める美千留に対して、なおも心が不敵に笑い、場の空気がカオスに向かいかけた時、


「……あなたたち」


 ふと、静かなる理央の声が響き渡る。


 みんなして、一斉に彼女に振り向く。


 彼女は変わらず、微笑みを浮かべている。


 けれども、そこから溢れ出す空気は……


「……その辺にしておきなさい?」


「「「「「……ごめんなさい」」」」」


 みんなして一斉に土下座をした。


 一方で、夢叶だけは、1人ボーっとしていた。




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