第話

「す、すいません、このクエスト受けたいんで、手続きお願いします…!…!」



 冒険者ギルドの受け付けで、早瀬和希はやせかずきは、小さく声を張り上げた。



「あれ?今日はカズキ君一人なの?」


「あ、はい。えっと、最近、ギルドの皆に頼りすぎかなって思ったんで、今日は一人でクエストに行こうと思って来ました。」



 和希の声は、大きく緊張している感じがあり、目の前の受け付けのお兄さんをも苦笑いさせてしまうほどの話し方であった。

―と言うのも、彼は他人との距離感をつかんで話すことが苦手という欠点がある。―



「あ、はは…… 良い心掛けだと思うけど、あんまり緊張しないようにね。」


「は、はい!わかりゃま、わかりました!」


「う、うーん…、まぁ…よし!それでは、ハヤセ・カズキ様、クエスト『シガレス村周辺・対象の魔物群の情報収集及び討伐』、気をつけていってらっしゃいませ。」


「はい!いってきます!!」



 受け付けの声とともに男は動き出した。











―――早朝、まだまぶしい光も音もない、静かな時間に彼はドアを開けた。



「(アイツ達、結構鋭いところあるから、バレないようにギルドホームから出ないといけないな。)」



 和希は、ギルドメンバーの面々を思い浮かべながらそう考えた。


 しかし、その思いも虚しくギルドメンバーの1人に気付かれてしまった。



「あれ?カズキさんでしたか。おはようございます。」


「あ、おはよう。…起こしちゃったか」



 パジャマ姿で、目の前までむにゃむにゃとやって来た彼女に対して、和希は優しく声をかける。



「いえいえ。それより、今からお出かけですか?」



 和希の、動きやすそうな格好と、少しの荷物を見た彼女が問いかける。



「うん。まあ、1日も経たずに戻って来ると思うから、心配しなくていいよ!」


「分かりました。皆さんにはワタシから伝えておきますね。」



 彼女のその言葉に胸を撫で下ろし、意気揚々と和希は言葉を返す。



「じゃあ、行ってきます!」


「はい、気をつけて。」



 2人笑顔でその場を去った。






―――しばらくして町の門を出た和希は、



「ちょっと長距離の移動になるなぁ…」



 と、覚悟を決めると、体に力を込めた。



「【身体強化しんたいきょうか】!!!」



 大きな声で叫び、空高く、距離は遠く、力強くジャンプを繰り返し、離れた「シガレス」という村へと移動を始めた。




―――その途中、こんな会話が浮かび上がってくる。











「カズキ君、ちょっと待ってね。」



 受け付けのお兄さんの声に呼び止められ、和希は「どうしました?」と振り返った。



「その村で起こってる行方不明事件のことなんだけど……」



 彼はクエストの捕捉を始めた。



「これは、もともと、ただの魔物退治のクエストだったから、結構名前の知られてる強い人がこのクエスト受けてくれてたんだ。だけど、いつからか、そこに行った冒険者達がみんな行方不明になっちゃうような危ないクエストになっちゃったんだ。だから、危険だと思ったらすぐに帰ってくるように!分かった?」


「は、はい。」


「ほ、本当に危ないんだからね?」



 彼は和希のことが心配なようで、さらに強く確認を取った。



「でも、あれですね。ミイラとりがミイラになる、みたいな話ですね。」


「…ん?……ミイラ?」



 和希が欲しがっていた共感とは、明らかに違った返事が返ってきた。



「え!?こっちってミイラの存在ないんですか?」



 純粋に驚く和希に対して、彼はこう言う。



「…うん。知らないよ?あっだってほら!カズキ君って遠い町の出身なんでしょ?だから、たぶんこのあたりには伝わってない話なんじゃない?」


「あっ!…そ、そうなんですかねぇ…?」



 思わず顔をひきつらせる和希と、必死に記憶をたどるお兄さんの間で、短い沈黙が生まれる。



「まあ、とりあえず、カズキ君も強い冒険者だからあんまり臆病になってもダメだけど、油断だけはしないようにね!」


「…なんか、誰しも失敗するクエストを俺が解決する!って、カッコよくないですか!!」



 和希が小さく目を輝かせる。



「うん、分かるっ!…でも、あんまり調子に乗らないようにね!」


「ういーっすー」



 残念がって、だらしなく和希が返事をした。




「よく準備して行くんだよ!」

「深追いはしちゃダメだから!」

「危険がないよう、くれぐれも注意してね!」











「(ホントに過保護だよな、あの人…)」



―――そうこうしているうちに、空が日の光で色づき始めていた。


 すでに、一時間以上走り続けている和希だが、安定した走りを見せ、未だに息は切れていない。それは、特訓によって自由自在に扱えるようになったわずかな力の1つ、【身体強化しんたいきょうか】という魔法で光をまとい、文字通り身体を強くしていることのおかげだろう。しかし、それは持ち前の大量の魔力をその他のほとんどの魔法で消費できない、悲しい現実とともに与えられた力だった。



「(逆に俺の誉められるところなんて、魔力量が多いこと以外ないんだけどな、あれ?目から鱗が、液体の…)」






―――そのとき、和希はふと思った。


 (…あれ?…これ、もしかして道に迷った?)



「え?嘘でしょ?!地図どおりに来たよね?」



 そう言って、それまで従って来た地図を天に掲げた。


 和希の視界に太陽が入る。もう日射しも強くなってきているようだ。



「あるぇ?おかしない?もう村に到着してる予定だよ。ここどこなの?」



 一度立ち止まって、首を振るが、視界は木々に埋め尽くされ、心に不安が立ち込める。



―――少しして、「あ!そうだ!」とばかりに道を知るための策が思い浮かぶ。


 その策とは、とにかく高いところから辺りを見渡すことだ。



「よし!そうと決まれば…」



 心を踊らせる和希は、再び体に力を込めた。



「【身体強化】!!!」



 魔法名を口を出し、深く腰を落として足を力ませる。



「いーーよいしょぉおお!!!」



 高く、高く、青くて大きな空をめがけて限界までジャンプをした和希は、空中を上り詰め、最高到達点まで一気に跳ね上がる。


 「ここだ!」と言わんばかりのタイミングで、和希はもうひとつの魔法を足下に放った。



「【簡易障壁かんいしょうへき】!!!」



 和希がジャンプで達した場所から、重力に負けて落下しそうなタイミングで、半透明で薄い仕切りのようなものができ、ここでの和希の地面となった。



「こんな高いところ、久しぶりに来たな!ちょっと前までは、これより低いところでもビビってたのに……“慣れ”ってスゴい。」



 空中に浮かぶための地面に腰掛け、和希は辺りを見渡した。



「………お!あれは!」



 ほんの少し遠くに、木々に包まれた小さな集落を見つけた。


 きっとあそこが、クエストで行くべき場所、シガレス村だろう。



「よいしょ!じゃあ、行くか!」



 やる気に満ちて和希は立ち上がった。




―――そのとき、和希をが襲った。



「……………これ、降りるときどうしよう…」



 何かの正体は、自業自得という言葉になりそうだ。






 村に向かうため、地上をゆっくりと歩いていると、もうすぐ目的地というところで、怪しげな雰囲気の漂う洞窟を見つけた。



「え、何ここ?秘密基地?テンション上がるぅ↑↑↑



―――……ただの洞窟である。


 きっと彼は、冒険らしい冒険が出来ていることに、いつも以上に興奮しているのだろう。かわいそうに。



「えー、入ろうかなー、どうしようかなー。俺、小さい頃友達いなかったから、こういう探検とかしてみたいんだよねー!」



―――……かわいそうに。






 しかし、そうも言っていられなくなった。和希の耳に今まで聞いたことがないようなガラガラにかすれた声が聞こえたのである。



「―――ッ!?何だ?今の声……」



 小さくも確かに聞こえたその声は、うめきのようなものだった。



「…この洞窟から、………聞こえてるよね?」



 恐る恐る近寄る和希の頭には、ある言葉が浮かんでいた。



『―――これは、もともと、ただの魔物退治のクエストだったから、結構名前の知られてる強い人がこのクエスト受けてくれてたんだ。だけど、いつからか、そこに行った冒険者達がみんな行方不明になっちゃうような危ないクエストになっちゃったんだ。』



 昨日、クエストを受けるときに、受け付けで聞いた情報だ。


 言葉を思い出すほど、目の前の洞窟へ行こうという思いが、消えていく感覚がする。それとともに、芽生える恐怖心が無くなることはなさそうだと悟った。


―もしかしたら、今この中で、恐ろしい魔物が現れ、冒険者を襲っている最中かもしれない。


――もしかしたら、その魔物が、すでに冒険者を瀕死に追いやっているかもしれない。


―――もしかしたら、この中に入ると、自分もすぐに、のうちの一人になるかもしれない。






 ふくらむ不安に対し、首を何度か横に振って、深く息を吸い込んだ。


   自分は、クエストでここに来ているのだ。遊びではない。


 和希は自分の使命を確認する。鼓動は速くなり、酸素を食い潰すような感覚がした。


 一歩、また一歩、少しずつ洞窟の中に足を踏み入れるに連れて、洞窟の入り口という、彼の逃げ道は、どんどん遠ざかっていった。






―――ふと、暗闇の中の薄い光に照らされた、黒っぽい柱に気がついた。横並びで何本も、天井から地面をつなぐように突き刺さっており、それらによって洞窟内の道は途切れていた。


 よく、目を凝らして、奥を覗き込むと、はっきりとは見えないが、脚、体、腕、横たわった人影が二人分、じわりと目に浮かんできた。



「(……話を聞かないと、ここで何があったのか…)」



 和希は今一度、大きく息を吸い込んだ。うっすらと、血のような臭いがする。怖い。恐ろしい。体が小刻みに恐怖を訴える。

 しかし、目の前の二つの体は、更なる恐怖を味わったことだろう。



「…あ、あの」


をしているのだ、貴様は。」



 やっと出た一声が、後ろの入り口から入ってきた謎の太い声に掻き消された。


 ビクッっと大きく体が震える。声の主の方向へ、ゆっくりと振り返る。



「わっうわあっ!!!」



 そこには、和希の一回り、二回りも大きな体で存在感を放つ男が立っていた。


―――沈黙が二人の間に現れ、それを掻き消すのは、男の野太い声だった。



「貴様、今何を見たのか、正直に言ってみろ。」



 思考を巡らせる余地などない。あるのは、その男に殺される、という恐怖だけだった。



「ひ、人が、二人、………柵の向こう側で倒れているところを見ました。」



 顎が震え、歯と歯がカツカツと高い音を奏でている。


―――二度目の沈黙、それは意外とすぐ、消えることになる。



「そうか。」



 ……と、それだけ言って彼は和希の横を通り、柵へ近寄った。



「…え?…あ、あの」


「ここに近寄るな。出ていけ。」



 あまりに突然、様々なことが起きたため、和希は混乱し、とりあえず状況を整理することにした。



「(ふむふむなるほど。まず、俺がこの洞窟でビビってて、人が倒れてて、コイツが来て、んで俺は近寄るな、出てけっと。………え?なんで?…まずコイツ誰なの?なんで俺が出ていくの?ここってヤバいところなの?)」



 和希は、今にも「俺に指図するな!(過激派)」と言おうとしていたが、そもそもキャラではないので、無理やり飲み込んだ。



「えっと、その人達は?ここで何かあったんですか?」



 その大男は、めんどくさいなと言いたげにため息をこぼし、話し始めた。



「変な勘違いはするな。コイツらはただの罪人だ。」



 そう言って、彼は柵の扉を小さく開け、食事のようなものを中にそっと置いた。


 和希はその姿を見ると、彼に初めてプラスの印象を受けた。



「罪人ってことは、その人達はシガレス村の人なんですか?」



 若干の沈黙のあと、



「貴様、なぜ村の名を知っている。」



 その大きな体をこちらに向けた男は、和希の顔を見て問いかけた。


 和希は慌てて答える。



「自己紹介がまだでしたね。俺の名前はカズキ。ここの周りで起きている、魔物が人を襲っている件について調べるためにここまで来ました。」



 男は「はぁ」と息を吐くと、柵に向き直り鍵を掛けながら、「そうか」と小さく呟き、黙していた。



「…え、あの?……あなたのお名前は?…っていうか、事件について何か知りません?なんか結構被害者多いみたいなんですよね?」



 次々と流れ出る和希の言葉を振り払い、男は黙って洞窟の外へと歩き出した。



「……え?いやあの?あなた村の人ですか?村の人ですよね?……ちょちょちょ…ちょっと待って!」



 しかし、和希が声をかけても、腕をつかんでも、単純に引っ張っても男は止まってくれない。



「ちょ………はぁはぁ…あんたどんだけ力強いの?」



 朝から何十キロかを走って来た和希だが、大男をちょっと引っ張っただけで膝に手をつき、大きく息を荒げてしまった。



「貴様、しつこいぞ。」


「いやいやいや、ちょっと立ち止まって話すだけでええねんて!!」



 二人でなんかわちゃわちゃしていたとき、遠くから誰かの声がした。



「おーい!オードルぅうー、…と、誰だそいつ?」



 和希の方を見ながら近寄ってきた者は、男性か女性か、分かりにくい声に、顔に、小柄な背格好だった。



「……と、それより…」 と和希がつぶやく。



「あんた、オードルぅうー…って、いうんですね?」



 ニマニマと笑顔になった和希が、ため息をつく大男を覗いた。


 和希はひたすらにうざったく言う。



「ねぇねぇ、オードルぅうー?ぅうー?」



 先ほどまでとは比にならないほどの大きくて長いため息をついた男は、声をかけてきた小柄の者の方へと行き、こちらに振り向いた。



「ああー…なんかあったの?」



 小柄が尋ねても、相変わらず大男は、沈黙を好んでいた。



「あ、えっと、俺の名前はカズキです。ここの周辺で魔物による事件が起きてるらしいので、それについて調べるために、シガレス村に来ました!」



 和希が自己紹介をして、場を和ませようとした。



「………ああ、その事件ね、旅人が何人か巻き込まれてるやつでしょ?よく知らないけど、ちょっと怖いよね。」



 和希の目を見て答えるその人は、どこか気まずそうであった。



「…っと、オレの名前がまだだったね。オレはラン。こんなデカブツと一緒に暮らしてるけど、コイツみたいに失礼じゃないから。よろしくね!カズキ。」



―――大男を指差し、臆することなくコイツ、なんて言っている。相当仲が良いのだろう。



「(オレ、ということは、この人は男なのかな?…んー、でも、世はファンタスティックな異世界ファンタジーなんだから、それだけで男っていうのは、証拠不十分で釈放からの再逮捕かな?いや、また捕まるんかい。)」



―――……………は?






「ランさんって、男性?女性?どっちですか?」



 首をかしげ、考えようによってはかなり無礼なことを言い出した和希の質問に対し、ランはこう答えた。



「…ふふふっ……どっちでしょうか?」


「ええー、教えてくださいよー!」



 ランは一度、大男に向き直り、話し出した。



「あんたちゃんと自己紹介したの?」



 長時間無言だった大男がやっと一言声を発する。



「いいや。」


「もう!あんたちゃんと自己紹介しないとでしょっ!ただでさえ、威圧感ある図体してるのに。あんたがいるだけでご飯の減りが10年早くなるのよ!」


「(いや、言い過ぎですよ!)」



 早口なランに、心の中で反応する和希の目の前で、男はゆっくりと口を開いた。



「……………オードル………だ。」


「…いや、あんた。それだけ?もっとこう、なんかないの?」


「ない。帰るぞ。」


「なんなの!その態度は!」



    無口とおしゃべり。

     漢と性別不詳。

 大きな背中と小さな体つき。


 正反対な二人は、和希の前で仲良く会話しながら歩みを進める。


 そこで、和希は声を出した。



「あ、待って!」



 和希の前にいる二人が振り向く。



「その…村までついて行っても良いですか?」



 少し不安気に和希が問う。



「もちろん!って言ってもそんなに遠くないけど。仲良くしようね!」



 と、ランの優しい返事に対して、和希はこう言った。



「では、改めて!オードル、ランさん、よろしくお願いします!」











「―――大変だぁああアアーーー!!!」



―――三人が仲良く森の中を歩いていると、村の方向から恐怖に満ちた騒ぎ声が聞こえた。



「ッ!!」


「あ!オードル、待ちなさい!」



 一目散に走り出したオードルを追って、ランと和希も木々の間を走り抜けた。











「う う゛ぅ………クッ…」



―――シガレス村の入り口付近、傷だらけの女性が吹かれたように飛ばされた。



「お姉ちゃん!!もう無理だよ!動いちゃだめ!!」



 小さな男の子がその女性に必死に語りかけた。



「……大…丈夫ッ!…君はボクが守るから!!」



 女性は、どんなケガを負っても立ち上がろうとしている。



「でもお姉ちゃんが死んじゃうよ!!」


「…ボクは、……せめて、根性くらいは…見せないといけないんだ…!」



 彼女はまっすぐな目で、倒すべき敵を見つめた。目の前にいる強大な敵を。



「別に僕は君たちを痛め付けようってわけじゃないのだよ」



 その敵は、バサバサと大きな翼を動かし、空中から地上にいるもの達へと話している。


 その中の一人である大ケガの女性は、その痛みを気にも留めず声を上げた。



「おまえは!!…何を望んでここに来た!言っておくが、ボク達はおまえに負けるほど弱くないぞ!!!」


「……!…おやおや。そうなんだね。」



 敵はやけに青白い顔をさらに不気味にニヤつかせる。



「そうだな。僕の望みか。しいて言うなら、ある女の子を見つけることだね。」


「…ある女の子?その子が何だっていうんだ!」



 翼を下げたその敵は、ゆっくりと天を見上げた。



「その子はね、不思議な力で夜を作れるのだよ。空が永遠の闇に包まれたら、素晴らしいと思わないかい?」



 顔の形が変わるほどつりあがったその口角は、不気味以外の何者でもなかった。



「…と、もうあまり時間がないようだね。じゃあ、手短に済まそうか。」



 何かに気づいたように、敵は翼を大きく広げ、手のひらを空に掲げた。


 その手には、青黒いエネルギーがみるみる溜まっていき、その色は今から起きようとする出来事の悲惨さを物語るようだった。




――――そのとき、敵の背後から大きな拳が現れた。


 すでに真下へと放たれた攻撃は、倒すべき敵の頭をまっすぐとらえ、そのまま地面に打ち付けた。



「………ふん。」



 その攻撃は、オードルの拳によるものである。



「ちょっと、オードル!!先走りすぎ!もっとよく考えて動きなさいよ。」



 そう言うランと、それについてきた和希が村の入り口付近に集まる。



「オ、オードル!!!よく来てくれたね!」



 傷だらけの女性が、彼の到着に喜びを示す。



「ラニアノ!!あんたそんなに傷だらけで!!」



 ランはすぐに駆け寄り、その女性を腕に抱えこんだ。



「あ…はは…ボクもちょっとは皆の役にたてたかな…」



 ふっと体の力が抜けるようにラニアノと呼ばれた女性が話した。



「あんたはまた!あんたが傷ついてもどうしようもないでしょう!」


「でも、みんなほとんど無傷で済んだんだよ…!」



 会話する二人のすぐ横で、女性が傷だらけになってでも守った男の子が、不安気に二人を見ている。



「もう、あんたは…」



 ランは呆れつつ、その女性を楽な姿勢で座らせた。


―――オードルの拳が巻き上がらせた砂ぼこりを割って、青黒いエネルギーがオードルの立っている方向に飛んで来た。


 しかし、その攻撃の軌道がうねり、エネルギーの弾は、和希がいる方向へ飛んでいった。



「―――ッ!」



 とっさに身構える和希の正面をエネルギーが襲う……


 しかし、和希に攻撃が当たることはなかった。



「…オ、オードル…!?」



 反射的にかたく閉ざしていた目を薄く開けた和希は、その大きな背中でとっさに攻撃をかばったのであろう、大男、オードルの顔を見上げた。



「オードル!!大丈夫か!?」



 和希を見つめたオードルは、今度はエネルギーを飛ばしてきた敵を睨み付けた。



 オードルは、たった一言、「大丈夫だ。」と言って、和希の前をのしのしと歩いた。



「あ、オードル!…その、………ありがと。」



 和希が、守ってくれたお礼をオードルに伝えると、オードルは、少し振り向く。



「正直に礼が言えるやつは、嫌いではない。」



 初めて微笑むオードルを見て、和希もぱあっとした喜びが顔に出る。


 そしてオードルは、すぐに薄い砂ぼこりの中にいる敵へ走っていった。右手をかたく握りしめ、目で捉えた敵の正面を大きな拳が襲う。


 しかし、その攻撃を、翼を閉じた敵は、片手を広げて受け止めた。



「…はあ、なんだい君は?…なんて聞いても仕方がないけれどね。」


「この村から今すぐ離れろ。」


「おやおや、おかしなことを言うじゃないか。僕から争いを始めたわけではないのだよ。」



―敵が言う通り、この争いを始めたのは、なんとラニアノが守っていた子供である。と言うのも、敵が目的のために村に近寄ったところを、敵の襲来だと勘違いしたことがきっかけだった。―




 大きな拳と敵の手のひらがギリギリと音を立てる。その場に居るすべての者に、その力強さが直に伝わったとき、オードルが敵に問いただす。



「貴様は何者だ。…いや、貴様はまさか、“吸血鬼”か」


「…まあ、隠す必要はないからね。そうだよ、僕は吸血鬼だ。そういう君たちは…、ふむ。相手に背後を取られてしまったのか」



 冷ややかな目でオードルの拳をはらう吸血鬼、彼の言う格下であるオードル、互いに距離を取り、静寂が訪れる。



「貴様が誰であろうと、ここから先へ通す訳にはいかない。」



 村の入り口と吸血鬼の間に立ち、オードルは再び拳を構える。



「危害を加えたい訳ではないけれど、不意を突かれたことに関してはお返ししておこう。」



 オードルは走りだした、敵はゆっくりと歩きだした。


 オードルは大きく拳を振り上げた、敵は力を入れず自然体を保った。



「……ああ、言い忘れていたけれど…」



 衝突寸前、敵はゆっくりと、それでいてはっきりと声を発した。



「君たちが僕にかなう訳がないよね。」



 吸血鬼は青黒いオーラを拳にまとい、それをオードルの腹部にめり込ませた。



「クッ…」



 それでもなお、倒れることのないオードル。しかし、敵の攻撃は止まってくれない。ひたすらに繰り返される敵からの追撃により、ついにオードルは後方へ吹き飛んでしまった。



「オードルッ!!」



 服が弾け、身体中が傷つき倒れているオードルのもとへ、和希が駆け寄った。吹き飛んだオードルは、和希のことを気にせず、敵を強かに見つめた。



「…オードル、無理するな。これ以上はおまえが危ない」


「黙れ」



 その一言を残し、オードルは再び立ち上がった。その目は少し遠くの吸血鬼を見据えている。吸血鬼もまた、暗黒の瞳をオードルに向けている。


 二つの力が今にもぶつかり合いそうなとき、和希は細く息を吐き、つぶやいた。



「………【身体強化】」



 力を増幅させる魔法を身体中にまとい、和希はオードルの手を引いた。



「…なんだ。」



 オードルは、吸血鬼から和希へと視線を移し物々しくそう言った。和希とオードル、互いに真剣な面持ちである。


 和希は、丁寧に深呼吸して言う。



「俺に任せてくれ。」



 オードルの返事は待たない。強化した身体からは、守るべき者を守るという絶対的な気迫が表れていた。


 敵に歩み寄りつつ、和希は言う。



「聞いてた限りだと、おまえ吸血鬼らしいな。でも、あれ?俺の地元じゃ吸血鬼は日の光が苦手って言われてるけど、そこんところどうなの?」


「ん?まあね。」



 今現在、日の光にさらされている吸血鬼は、手を胸の辺りに当て、「正直キツいかもね」と付け足す。



「早めにお母さんのところに帰りな?君の青白い肌が卓球部の顧問くらい日焼けしちゃうよ?」


「ご心配いただきありがとう。もうすぐ帰る予定だよ?この村にはきっと目的の子はいないだろうからね。」



 後方の木に体をあずけ、吸血鬼は木陰で涼しい顔をしている。太陽はちょうど真上から顔を覗かせる位置にあった。



―――瞬間、強く地を蹴り、敵の首に掴みかかろうと和希は右手を伸ばす。


 しかし、彼の手が敵を掴むことはなく、逆にその手を敵に捕らえられた。



「おやおや、見送りはしてくれなくて良いのだよ?」



 怪しげかつわざとらしく顔をにっこりとさせる敵、和希の手を左手でしっかりと掴んでおり、和希に痛みをひしひしと感じさせる。



「…ああ、そう?俺たち人間はらしいから、失礼のないようにお見送りしてみたんだけど…?」



 痛みを気にせず、和希も怪しげかつわざとらしく眉をひそめる。それによって、敵は不思議そうな表情を浮かべた。



「…ふむ?……なるほど。覚えておくよ、“人間”は、礼儀正しい種族だってこと。」



 そう言った敵は、和希を握った左手と、右の拳の両方に力を入れた。



「あと、が礼儀だってこともね。」



―――吸血鬼の拳が和希の頬に強く食い込む。


 そのまま吹き飛んでしまいそうな威力の攻撃だが、吸血鬼に手を掴まれていることにより、それはかなわない。だからと言って殴られた威力が弱まることはなく、和希は頭部でもろに衝撃を受け取った。



「―――ック、ぁああ、くそッ!!!」



 敵は、痛みにもだえる和希の手を握り変えて、握手の形をとった。



「……なに?この期に及んで俺のファンになったの?サインの練習なんてしてないけど…?」



 和希は、頬を殴られ、口の動きに若干の痛みが伴うのを無視し、空中に名前を書く素振りをする。



「いやいや。君ほど殴るのが楽しい相手は初めてかもね?これはね、また会えたときもよろしくという意味を込めた握手だよ。」


「はっ会いたくもないし、よろしくしたくもないっつーの。…っていうか、それってまた会えたときも楽しく殴らせてもらうよってことじゃ…」


「あははっ☆」


「ウインクすんな!腹立たしい。」



 再び奇妙な笑みを見せる敵は、さようならと言わんばかりに和希との力ずくの握手状態を解き、手をひらひらと振って立ち去ろうと和希に背中を向けた。


 和希は、その背中を追おうとしたが、これ以上やっても力量の差は明白であるがためにその気持ちを断念した。



―――…と思うやん?



 吸血鬼は自らの翼を大きく広げ、今にも大空へと羽ばたきそうだった。

 "だった"というと、もちろん羽ばたけなかったということである。和希の身体は、未だに魔法による強化を途切れさせておらず、少し離れた位置にいる吸血鬼の近くへと移動するには、一度の踏ん張りで事足りた。



「俺はまだ1発も殴れてないんだよ!!」



 力強く、吸血鬼の頭上から真下へと和希が拳を振るう。



「―――!……おーっと、危ない。」



 吸血鬼は両手を自身の頭上でクロスさせ、和希からの攻撃を芯で防いだ。その衝撃は、吸血鬼の足を通り、地面に大きなくぼみができるほど強力であった。



「……。何のつもりかな?」



 和希の拳の向こうで、吸血鬼の瞳が鋭い光を放っている。


 和希は吸血鬼の目の前で着地し、防がれたかと冷や汗をにじませる。




 が、和希自身は防がれることを予想していなかったため、この後の行動について特に何か考えているわけではなかった。



「…あー、久しぶり、また会えたね。」


「そうだね。10秒ぶり。また殴られに来たのかい?」


「ふっ、ばかめっ。俺はおまえと別れてから、たくさんの修行をこなしてき―――ッ!!!」



 案の定拳が飛んできたが、刹那で和希は下にかわす。



「…こんにゃろぉーっっ!!!物理的にツッコミしてどうすんだっ!!」



 しゃがんで避けた先、和希は吸血鬼に対して下から怒鳴りあげる。それを冷ややかな眼で見下す吸血鬼は、和希を蹴り飛ばそうと足の甲を勢い良く叩きつけた。防御を取る和希だが、しゃがんだ体勢では耐えきれず、すぐ後方にある一筋の木に背中を打ち付けた。



「クッ!!!…いてて、やめてよ父さん。母さんとケンカしたからってぼくにあたらないでよ。」



 ぶつかった木に手をかけ、わざとらしい痛みのアピールをしながら、和希は立ち上がった。



「…あのね。僕は本来、白昼堂々動き回らないし、動き回るとしても、膨大なエネルギーが必要になるんだ。今ですら、刻一刻とエネルギーを余分に消費しているのだよ。」


「おん、温室効果ガスとか、出さないでくれるんだったら

オールOKだけど?地熱発電でリサイクルして無性生殖で男女共同参画社会基本法が比例して増えたら坂上田村麻呂!あれ、俺何言ってんだろ……。いきます」



 和希は気の抜けるようなかけ声で前方へと駆け出した。



「「っ!!!」」



 吸血鬼をめがけてがむしゃらに走っているように見えた和希だったが、吸血鬼が警戒したタイミングで方向転換をした。

 右の幹へ飛び、左の枝へ移りと、吸血鬼を囲むように和希は辺りを高速で飛び跳ねた。



「ふふっどうだ!俺の素敵なドラテクは!!」


「ふむ。面倒なことを…」



 吸血鬼は自分の周りをぐるぐると不規則に跳び回る和希の行動を苦手だというように振る舞う。ただ単に苦手意識があるわけではなく、冷静に分析した結果、現在の自分にとっては分が悪いと考えたのだ。


 吸血鬼は今すぐにでも日の当たらない場所へと避難したい。そもそも、和希に邪魔されなければ、今ほどのころには暗くて日の当たらない場所で優雅にくつろげていただろう。しかし実際は、いま現在まで、その男1人に四方八方を塞がれているのだ。



「やはり、慣れない日中の行動は極力避けるべきだったね。これでもかなり力を使っているんだよ。」



 そう言う吸血鬼だが、木漏れ日に手を透かす姿に、どこか余裕があるように見えると和希は感じた。


 逃げ道は防がれている。しかし、逃げなければ結局は少しずつ日光にやられる。吸血鬼からしたら絶望的な状況だが、彼はやはり



「では、そろそろ、本当にお暇させていただくよ。」



―――直後、彼の顔は、体は、手は、足は、ボロボロと崩れさって去っていった。



 コウモリである。およそ吸血鬼らしいとでも言おうか、数多のコウモリたちに姿を変え、一斉にバサバサと飛んでいった。



「……。あ、待て!」



 一瞬の動揺の後、すぐにそれらを追いかけ、捕まえようとする和希だが、一瞬の遅れを取り戻すには時間が足りず、伸ばした手がスカッと空気を掴む虚しい音が心に響いた。



「………くっそ、逃げられたか…」



 固く握った拳と身体にかかった魔法を解き、少しだけうつむいて村の方へと和希が歩きだす。が、すぐそこに大男、オードルが立っていた。



「見ていたぞ。」


「…お、ああ、オードルか。」


「貴様はなかなかやるようだな。吸血鬼を撤退させたのだから。」



 和希は村へと再び歩きだし、こう言う。



「いやいや、運が良かっただけだって。結局倒せなかった、そもそも向こうも本気だったかどうかは分からな―――」



 何が起こったか和希には一瞬理解出来なかった。


 ただ、体が木に打ち付けられ、オードルの大きな手が背後にある木ごと自分の首もとを掴んでがっちりと固定されている。



「クッ……グッ…ぅえ………、何すんだ!」


「答えろ。貴様はこの村に危険を運んでくる者か。」


「はあ?何言って」


「答えろ。」




「……違うよ。この村の周りで人がたくさん死んでるから、それをなんとかしに来たんだよ。だから、村に対して危険とか、大丈夫だから」




「…何があっても村の者に手を出さないと誓えるか。」




「……?…ああ、もちろん。普通に攻撃しないよ…」






「………ならばよい。俺の早とちりだ。すまなかった。」



 オードルは和希の首を絞めていた手をゆっくりと解放する。



「………。(なんだよコイツ)」



 などと思いつつ、和希はケホッコホッと呼吸を整え、オードルを追って歩みを進めた。











 オードルは、先程の戦いで服が破けていた。かなり分かりやすくビリビリに。その隙間、オードルの体は戦闘での傷以外に、縫われたような針のあとや、ツギハギされたらしい色の違う皮膚があり、それらは和希に何か壮絶なオードルの過去を想像させていた。



「…な、なあオードル。聞いていいのか分かんないけど、その体って―――」


「おーい!オードル!カズキ!」



 ランがこちらに向かって大きく手を振っている。合わせて和希も手を振った。先程の呼びかけが聞こえていないのか、あえて無視したのか、オードルがそのまま歩き出したため、和希は呼び止めることなく後に続いた。










 その後、ランの紹介により、和希は、シガレス村にいるたくさんの村人の様子を見て回っていた。



「……わぁー、元気に子供たちが遊んでるぅー。俺、小さいときからアウトドアに対する積極性皆無だったからなぁー。うらやまぁー。元気に育てよ少年少女。」


「うわっ、空気が暗すぎてここだけお日さまの光が死んでる。」


「…どーせ俺の少年時代なんて……」



 日光殺しの陰キャラ度を発揮する和希に対し、ランが肩をぽんぽんと叩くことで慰める。



「……それにしても…、」



 村の子供たちを横目に歩きながら、和希は思う。



―――さっきから子供の叫ぶ声はすごく聞こえるけど、普通に話してる声は聞こえないなぁ。どういうことだ?


 もしかして、学習水準が高くないとか?いや、でもランさんとかオードルとはちゃんと話せてたし…、うーむ、分からぬ。



「カズキ?ちゃんと前見て歩かないと転ぶよ?」



 頭を働かせている和希にランが声をかけたが、集中している和希の思考は止まらない。目の前に階段があったとしても。



「おっ、どぁ!!」



 ランが先にのぼっていた階段に足をとられ、和希は盛大に前方へ倒れこんでしまった。



「くぁ~、いてててて」


「ちょっと大丈夫!?もう、ドジなのはラニアノだけで間に合ってるんだから。しっかりしてよね!」


「はーい。すんません。」



 ランの手を借り、よいしょと和希は立ち上がる。傍からすると、すでに馴染んだように見えるだろう。


 和希は、たったいま会話に出てきた人物の話題を掘り下げる。



「その、ラニアノさん…は、どんな感じのお方なんですか?」


「んー?そうね…。あの子はスゴい子よ。たくさん努力してて、自分に出来ることは何でもやります!…って言って毎日大変な子。」



 ランは思い出すように続ける。



「最初は、出来ないことだらけで、何かとオレたちがカバーしてたけれど、今じゃすっかり立派になって……。それなのに、自分はまだまだダメダメだって努力することをやめない。とってもスゴい子なのよ。ときどき頑固に自分の正義感を貫こうとして失敗することもあるんだけど、そこも含めてあの子のスゴさなの。」



 その瞳にオレンジの光が射し込む。



「あら?話しすぎちゃったかしら?」


「いえいえ。ラニアノさん、とてもなんですね!」



 途端に今まで和希とあっていた視線をランが反らす。当然、和希はランの仕草を不思議に感じたが、当の本人、ラニアノがこちらに駆け寄ってきたため、とりあえず深くは考えないことにした。



「おーい!ラン…と旅人君?」


「あら、どうしたの?」


「いやぁ、ランを出迎えにと思ったんだけど、旅人君も居たんだね?ボクの名前はラニアノだよ。ランから聞いたかな?」


「あ!えっと、和希です。よろしくお願いしみゃす。(やっべ、噛んだ)」



 和希はいきなり自己紹介をするという緊張で、少し身をこわばらせた。



「あ!そうだわラニアノ、和希をウチに泊めない?もうこんな時間だし、和希も帰り道が不安でしょ?」



 ランは良い案を思い付いたというように、ラニアノと和希を交互に見る。言い方からしてランとラニアノは同じ家に住んでいることが分かる。



「え!?いや悪いですよ。大丈夫です!俺、素早さにはちょっとした自信があるので、帰り道はちょっと長いですけど、真っ暗になる前には、なんとか家に着いてると思います。」


「ああ、そう?それなら気をつけて―――」


「いやいや、この辺結構危ないよ?ずっと森だし、もしも迷ったら大変だし、泊まりな?大丈夫、オレらは歓迎するよ!」



 ラニアノに覆い被さったランの口上が和希を考えさせる。



―――ウチのギルドの皆には1日も経たずに戻ってくるって言っちゃったから心配かけたくないけど、確かに森で迷うのはキツいかもしれないなぁ…。そういえばクエストでも魔物に注意って言われてるけど。う~~~ん。



「それなら、ボクも君に頼みたい事あるなぁ…」



 駆け寄って来た疲れからか、紅潮しているラニアノのあどけない目がじっと和希を見つめる。



―――よし泊まろう。


 和希の心は案外簡単に決まったようだ。











 日も暮れろうそくの灯りが映えるとある家のなか、ラニアノの意気揚々とした声が響く。



「ボクの料理はどう!?」


「う、ゲハッ!!おグええオオァーー!!!」



 食事中に聞こえてはいけない声も、和希から響いた。



「ごめんなさいね、ラニアノは料理の努力だけはどうしても実らないの。」


「そ、それを早く言ってくださいよ!結構食べちゃったじゃないですか!あ、また吐きそう。」


「ボクも頑張ってるんだよ?やっと見た目だけは食べられそうな感じに仕上がってきたんだ!」


「余計に質悪いですよ!!おえっオロロロヴェエエ」



 ランとラニアノは楽しげに和希と会話する。



「はあはあ…、そしてなぜいる!?」



 和希が指差すその先には、先ほど微妙な別れをした大男オードルが堂々と座っていた。



「 ……… 」


「いや、なんか言ってよ。」



 ランは和希がジトっと大男を見つめる姿を気にし、大男の脇腹を殴りつつ問う。



「ああー、コイツまたなんかやったの?ごめんねー、から。許してやってね。」


「…あ、はい。……それにしても、スゴい信頼ですね。って言い切れるなんて…」



 和希は、ランの発言から信頼関係が普通の人以上に強固であることを感じ取る。



「あははは、まあね!子供の頃からオレとオードルとラニアノの3人で仲良くやってきたから!お互いを信じられてるのかもね!」


「へえー、いいですね!皆さんのその感じ。上手く言えないけど俺、好きですよ!そういうアツい信頼とか…」



 そう言った後にしばしの沈黙があった。言われた3人は照れくさそうだったが、和希も少し自分の発言を恥ずかしく思ったのだ。和希は頬が熱くなるのを感じ、コホンと咳払いをする。



「…ぁーそう言えば、結局オードルはなんであんなことを俺に聞いたんだよ。」


「ん?あんなことって?」



 和希の質問をランが途中でキャッチする。



「ああえーと、お昼くらいに吸血鬼が村から出てったあとで、オードルが俺に聞いてきたんです。


『貴様はこの村に危険を運んでくる者か』


 って怖い顔して」


「顔は普通だっただろう。」



 和希の声にオードルがやっと反応した。



「いやいや俺からしたら恐怖だよ!何がなんだか分からなかったからね?」


「ふふっ!ボクもときどきオードルの顔が怖く見えるときあるからなぁー。」



 ラニアノが乗ってきたので和希は声の調子を上げて続けた。



「やっぱりそうですよね!あんな顔で貴様は危険人物かなんて聞かれても、おまえの方が危険そうだよって思いますよ!まあもちろん俺は村が危険になることはしませんし、むしろ村周辺に居るらしい魔物を討伐しようかな、とか思ってますから安心してください!」




「………はは…うん…、そうだね…。」



 ランはを押し殺すように声を絞り出す。和希が見渡すと、どうやらラニアノやオードルもどこか様子が


 しかし、和希にはそれを問いつめる勇気がなかった。もしかすると、その魔物に何かを奪われてしまったのかもしれない。そんな思考が和希をこれ以上しゃべらせることを許さなかった。











「じゃあ、おやすみなさい。」



 用意された部屋で和希は眠ることにした。




 寝転がり、和希は思い悩む。



―――やっぱり悪いことを聞いたのかな?


 んーむ、地雷とかそういうことか?魔物の話をした辺りでみんなの顔が曇ったから、それ関係だとして…


 もしかして魔物に家族とかが襲われて話も聞きたくないレベルとか?そう言えば、強い魔物が出るかもって聞いたけどここに来る道で一匹も見かけなかった。吸血鬼はいたけど今日初めて来た感じだったし、問題の敵じゃなさそうだな…


 じゃあ………



      どん……な………




   まもの…が……………






 和希が眠りにつきかけたところで、ラニアノの声がした。寝ぼけている和希には詳しい内容が分からないが、何か深刻そうだと思ったところで和希は完全に眠った。






 ……おれは…あの人たちを……すくえるのか…


























 和希の胸にナイフが突き刺さる。



「―――ッ!!?」



 幸い、胸に投げられたナイフが体を深く貫くことはなかったが、眠っている無防備な状態からいきなり痛みが走ったため、和希は飛び起きる。



「ッ、痛ッ!!!」


「あははは。手元が狂っちゃった…」



 少し遠くから話すその者は、周りの暗闇に相応しくないほど明るい黄色に覆われ、目元は真っ黒だった。まるで人間ではないものの見た目をしているが、流暢に人語を話すから、とても奇妙である。



「ごめんね。すぐに殺してあげられなくて…。


   あははは。

すぐに殺すから動かないでね。


―――!!!」



 和希は胸に刺さったままのナイフを抜き落とし、上手く敵をかわして逃げだした。



「(なんだなんだなんだどういうことだどうして俺は殺される?肌が黄色いアレはなんなんだ!なんで俺の名前を知っている?!)」



 なりふり構わず体を投げ出し、狭い通路を駆け抜ける。胸の出血が熱くて寒くて、恐怖混じりに激しく震える。



 まだ知らない建物で、どこまで来たのか分からない。和希はひたすらに走り、何かと強くぶつかった。





 ぶつかったのは血にまみれたラニアノである。





「わあっ!!?ラニアノさん!!しっかりしてください、何があったんですか?!!まさか…、あの黄色のヤツにやられたんですか!?」



 和希は弱々しく息をするラニアノを抱き上げ、落ち着きなく声をかける。ラニアノからの返答はない。もう声を出すこともできないほど生命が尽きかけているのだ。



―――まさかがクエストの危険な魔物か?夜になるまで身を潜めていたから今まで見かけなかったのか…



 和希が逃げて来た後方の闇から、コツッ。コツッ。と黄色の敵が近づく音がする。



「カズキ!!殺してやるから戻ってこい!!!」



 がらがらの声が響いて、和希の身の毛がよだち震えが大きくなる。



「ら、ラニアノさん逃げましょう!痛いかもしれませんが我慢してください!!!【身体強化】!!」



 和希は強化した力で、抱えているラニアノをできるだけ丁寧に持ち上げて走り出した。



―――どうする、どうする…!!すぐに手当てしないときっとラニアノさんは死んでしまう。何か頼れるものはないか…?!


 そうだ…。オードルとランさん、もし敵に襲われてたら助けないとダメだ!そして協力して安全を確保しないと…!!



「―――あ、あれは!!」



 暗い夜の建物内で、月明かりに照らされた大きな男のシルエットがうっすらと目に入る。そこに立っていたのは、オードルだ。



「オードル!!!無事だったかおまえ!!…説明してる暇はない!とにかく急いで安全なところに行こう…!」



 和希は安心したとばかりに立ち止まって、腕の中にいる血まみれのラニアノを気にしつつオードルに話し掛けた。しかし、それに答えたのはラニアノの震える声だった。



「カ…ズキ……くん…、早く逃げて……。」


「っ!!?…ラニアノさん!」



「君は……、狙われているんだ……」


「狙われてる?!どういうことですか?!………いいや、それはいいから、今はとにかく逃げましょう!」



 ラニアノの言葉に驚きつつも、和希は自分達の置かれた状況から抜け出すことが最優先と判断した。


 和希は一瞬の思考の内に、自分の胸の痛みが酷くなってきていることや息も絶え絶えに倒れ込んでいるラニアノ、未だに見つかる気のないランのことなど多くの現状に気を配った。




―――そのとき、和希の脳裏に悪寒が走る。



 和希が振り返るとそこには黄色の敵がナイフを振りかぶる姿があった。



「―――ッ!!!」



 和希は反射的に腕の中のラニアノごとナイフを避けようと体をねじるが、とっさの判断では正確な行動を取ることができず左腕に深い傷を負ってしまう。



「グッ!!痛ッてぇ……」


「あーあ、せっかくキレイに殺そうとしたのに……、カズキが避けるからそうなるんだよ。」



 和希は腕を刺された拍子にラニアノを手離してしまう。すでに血にまみれたラニアノは、和希の腕からの出血が大量に跳ねさらに惨めな姿へと変貌した。


 和希は腕を刺された痛みをひしひしと感じるも、黄色の敵に隙ができていることに気づき、その足下を蹴り倒す。そうして十分な時間を作った和希は、腕の痛みをまるで気にも留めていないと言うようにオードルに向けこう言った。



「オードル!!!ラニアノさんを頼む!!……ッ、すぐに治療できる場所に連れて行ってくれ!」



 その言葉を聞き、オードルは動き出した。和希とともに倒れ込んでいるラニアノに近づき、やさしく腕に包み込む。




 しかし、オードルはそのまま遠くへ行こうとする素振りを見せなかった。




 オードルは、もうほとんど動かなくなってしまったラニアノを壁に寄りかからせると、ラニアノを見つめたまま軽く屈んで語る。



「もうすぐラニアノは死ぬ。だからこのまま放っておく。」


「…えっ?……な、なに言ってんだ…」



 オードルは和希から表情が見えない位置で屈んでいる。



「……オードル、おまえ…、ラニアノさんを救いたいと思ってないのか…?確かにもう助かるかは分からないけど、…それでも、それでもなんとかして助けよ―――」


「こいつを瀕死に追いやったのは俺だ。」



 和希に背を向けたまま、オードルは続ける。



「ラニアノは貴様を殺すことに反対し続けた。それを黙らせるためにラニアノを傷つけた。」





 (…俺を……殺す…?)



 和希は、狙われているから早く逃げろとラニアノに言われたことを思い出した。それはオードルから逃げろという意味だったのだ。


 気にしないふりをしていても、腕や胸の痛みが増していることを和希は切に感じている。和希は、みすぼらしく倒れ伏したままで尚も情けなく声を上げる。



「痛ッ、オードルッッッ!!!ランさんはどうしたんだ……。ずっと探してるのに居ないのは何故だ!」






「オレはずっと居ただろう…?なあ、…!!」



 その声とともに、転ばされた黄色の敵が和希のもとへ寄ってくる。



「……は?どういう…ことだ…、おまえはなんなんだよ…」



 和希は黄色の敵をおそれ、地を這って後ずさる。しかし腕が十分に使えない彼は、いとも簡単に敵に追いつかれた。


 敵は傷のある和希の腕を鋭く踏みつけ言う。



「オレたちはお前を殺さないといけないんだ。」



 その言葉は重苦しくもにこやかに告げられた。


―――黄色の敵はそのまま和希を壁際まで蹴り飛ばす。



「う゛ぁッ!!!」



 思わず痛みを感じる声がもれる。体の出血も激しくなっていた。



「なんで……。おまえが、ランさん……なのか…?!」



 小柄な体躯にほんのり柔らかさのある話し方、体色が黄色であること以外は薄気味悪いほどランと特徴が一致している。



「どうして2人が俺を殺そうとするんだよ……」



 和希はオードルを見た。ほんの少しの差ではあるが、彼がいちばん最初に会った村人はオードルである。その分、信頼を置いていたのだ。



「どう…して……」



 もう体のどこが痛いのかも分からない。和希の全身はただただ痛みに覆われ、倒れ込んでいた。


 荒くなる息にあわせて地面を這う。オードルの足に手を伸ばし、ひとつ、またひとつと距離を縮めていく。やっとの思いでオードルの足首を力なくつかんだ。和希は体の痛みで今にも気を失ってしまいそうだが、目を細くしてこらえる。震える上体を持ち上げ、涙ぐむようにオードルの顔を見つめた。






オードルの顔に大きくヒビが入る。

キレイだった顔が2つに別れた。

顔のヒビの奥からゴツゴツとした両手が現れる。

その手は自身の顔の皮を掴んだ。

そのまま皮膚をみしみしと破いていく。


オードルの全身の皮は、左右にパックリと引き裂かれた。


 オードルの、オードル体の中から出て来たのは、真っ赤な血でも、赤黒い臓物でもなく、憎いほど明るい緑色の体だった。




 和希の視界に広がるのは、あたたかい絆で結ばれた先程までの3人ではなく、赤色の血に染まったラニアノ、黄色の体で襲い来るラン、たった今緑色の姿を現したオードルだった。


 オードルは足下の和希の首を片手で絞めながら、目線の高さまでゆっくりと持ち上げる。



「あ゛あ゛っ…なん…で、本当に……おまえも、敵なのか…」



 途切れながらも声を上げる和希に対し、オードルは声もなく首を絞める力を強める。それは確かに、昼間一度首を絞められたときより鋭い殺意があった。

 

 今まで確保されていた呼吸の通り道が急激に狭められ、和希の視界がチカチカと回り出す。もうすべてが終わったあとであるかのように、ランはそっぽを向いている。






くるしい       くるしい

る     く る し い     し

し     く  る  し  い  る

い  く   る   し   い  く

   く    る    し    い

く     る     し     い

く    る    し    い

い  く   る   し   い  く

し  く  る  し  い     る

る     く る し い     し

くるしい  くるしい     くるしい






 人間とは明らかに異なる奇妙な全身像、人間を簡単に襲える思考と力、それはまるで、




―――魔物のようだった。 



 和希はこの村に訪れた目的を思い出した。


『シガレス村周辺・対象の魔物群の情報収集及び討伐』



  彼らは魔物だったのだ。



 和希がそれに気づき睨みをきかせる。しかし、もう体の感覚はない。脳に酸素が廻らない。


 








い き が で き な い






いきができない




いきができない



いきができない


いきができない

いきができない























 クエストの話をしたとき、オードルもランもどこか気まずげだった。

 オードルのだったときの体は、ツギハギだらけだった。

 村で遊ぶ子供たちは、人語を話していなかった。




この村にはあと何人の人間が残っているんだろう。











「なあ、おまえらは深い絆があったはずだろ。なんでラニアノさんを殺したんだよ。」



 和希は力を振り絞り、瞳の奥にオードルを映す。


 その眼の先には、もう人間はいなかった。



してんだよ…、おまえは!!」



 和希は、オードルの大きな手を覆い尽くすほどのどす黒い噴気を放つ。その表情は紛れもない怒りを押し出していた。


 オードルに一任し、油断していたランは、激しい怒りの気配を脳裏で感じ取り、構えを取る。


 和希はオードルの手首を強く握り返し、怒りに狂ったまま歯をむき出して言った。






   「【身体強化】」

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