第24話:宴
斬られたウェイブは自身の身体から流れ出てくる血液を触り、理解出来ないという表情を浮かべる。
「……は? 俺は、俺は……不問。不問のウェイブだ、ぞ?」
切先に血がついた氷剣を放り投げて、彼に背を向ける。
「そうか。まぁ、強かったよ。俺が今まで戦った奴の中で……ああ、そうだな。上位百人には入る」
さて、と、俺が海賊達に目を向けると海賊達は俺と同時に海の向こうにいる船に怯えていることに気がつく。
やっときたか。もう少し早く来てくれたら楽だったんだが。
慌ててアジトも親玉も捨てて逃げていく海賊達の中、商人だけはゆっくりと歩いているのが見えた。
「……ふてぶてしいにもほどがあるだろ、お前。全部作戦通りか」
「ははっ、いや、まさか僕もウェイブさんが負けるとは思ってもいませんでしたよ。大規模な争いで数十人、数百人に囲まれてならまだしも、一対一ではありえないかと」
どうだか、と、息を吐く。
「いや、ありえないというほどではないですか。そうですね……。天と神を喰らう邪竜を従える【龍姫】、巨大な森林そのものを従える長命種の呪術師【樹根】」
「……そのレベルの化け物はもはや個体じゃなくて国みたいなものだろ」
「そして大国の革命を成した戦士【城砦】ジオルド・エイロー」
思わず息を呑む。
まさかその名前が出てくるとは思っていなかったせいで表情を取り繕えない。
「まさかとは思いましたが、そのまさからしいですね。ジオルド・エイローの息子ですか」
「……いや」
思わずホッと息を吐く。
いや、まぁそりゃそうだな。関係者だとは思ってもまさか本人だとは思わないだろう。
「まぁ、なんでも構いませんよ。ただ、貴方はとても話が分かる人らしい。……そうですね、三つ子岩の真ん中、その日が沈む方を探してください」
「……」
ゆっくりと逃げていく商人を見送る。
「何のつもりだ」
「僕の命の代金ですよ」
……不問よりもよほど厄介な男だ。
似た強さを持っているのは、俺の親友のニクスかあるいは叔父の大放蕩か。……いや、そのふたりとも毛色が違うか。
その場所を調べると、命の値段というには少額の金品が残されていた。
本気で自分の命の価値をそうだと思っているのか、それとも商人なりの自己紹介のつもりか。
チャリ、と小銭を拾って、海賊船に軽く追い討ちをかけて追い払っている船を見る。
しばらくするとその船が戻ってきて、ジークが降りてくる。
「お疲れ、ジオ」
「遅いぞ。結局ほとんどひとりでやる羽目になった」
ジークはヘラヘラと笑って小さく頭を下げる。
「悪い悪い。あー、報酬とかどうする? とりあえず船の中で話すか」
「報酬なんかいるか。傭兵じゃないんだぞ」
ジークが早く来ていたらもっと楽だったんだが、まぁ仕方ないか。
船に乗り込むと街の衛兵が恐れるような目を俺に向けていたが、ジークがバシバシと俺の背中を叩いてじゃれているのを見て安心したような表情を浮かべる。
それから代表なのか、一人の兵士がやってきて俺に頭を下げる。
「ありがとうございます。我々だけでは力及ばず」
「ああ、別に構わない」
「それで、お名前を……」
余計なことを言うなよと視線でジークを見たあと、兵士に向き合う。
「ジオルド。英雄の名前にあやかって付けられたんだ。で、そこのジークの友人であるジオルド・エイローの弟子でもある」
「おお、あのジオルド・エイロー様の!」
先程まで不気味なほど強い子供だと怯えを孕んでいたのに、ジオルド・エイローの弟子なら納得だとばかりに頷いて顔を明るくする。
口々に「なるほど」「そういうことか」と言って安堵を見せる。
俺の過剰評価がすぎるだろうと思いながら、ジークが俺の背を叩く。
「報酬、なんかもらっとけよ。こういうのはお礼の意味合いもあるんだからな。昔とは違って多少の余裕はあるんだ」
「そうは言ってもな……。あー、じゃあ、塩、買いに来たから」
「お前なぁ、塩って……。しゃーないな、報酬の案があるやつ挙手」
ジークが声をかけると、熊のように大柄で毛深い兵士が手を挙げる。
「俺の娘の紹介とかどうだ? 年も近いし、可愛いぞ」
「いや……シル……あー、その、村で慕ってくれている子がいるからそういうのは」
「でも俺に似て可愛いぞ?」
「熊みたいなおっさんに似ているのはアピールポイントにならないんだ」
「でも俺に似てるぞ?」
「自信を持つな、おっさんが、己の可愛さに」
おっさんは落ち込む。
やめてほしい、俺が悪いみたいな表情で落ち込むのはやめてほしい。
「ったく、しゃーねぇな、ジオは」
ジークは兵士に向かって叫ぶ!
「じゃあ、帰ったら宴だ! 祭りだ! 騒げよ野郎共!!」
「おおおおお!!」
「……町長というか、兵隊長だろ」
数隻の船が海賊を軽く追いかけるために離れていき、それを横目に見ながら街に帰る。
船酔い冷ましに人気のない詰め所の屋上でまどろんでいると、少しずつ祭りの準備の音が聞こえてくる。
そうしていると、階段を登ってくる足音がひとつ。
「こんなところで何やってんだ。ジオ」
「ああ、ジークか。……いや、何もしてないのに偉そうに飯食うのはちょっとな」
「何言ってんだ。主役だろ」
「……好き勝手戦っただけだしな。かと言って、料理の手伝いとかも出来ないから、隠れてる」
ジークは「相変わらず馬鹿だな」と笑って、酒とジュースをそこに置いて、つまみを齧ってへらりと笑う。
相変わらず……か。
そうだな、相変わらず、俺たちは祭りの音を聞きながら端っこで駄弁っている。
「実際、こんな祭りする余裕なんかあるのか?」
「まぁ、海賊さえいなけりゃなんとでもなる。それにこういうのは余裕がなければやらないってもんでもない。長年戦ってきた兵士への慰労もあるしな」
「そんなもんか。……それにしても、飯、美味いな」
「だろ? この魚が酒と合ってなぁ。季節ごとに違う魚が獲れるから、今度来るときは別の時期にしろよ。冬とかなかなかいいぞ」
酒代わりのジュースに口をつける。
脂の乗った魚の塩焼きに柑橘の果物を少し絞っただけの料理だが、ほくっとした柔らかい身を噛めば噛むほど塩味の効いた魚の脂が口に広がる。
肉の脂よりも低い温度で溶けるからだろうか、水分と共にさらりと感じる旨みが少しの甘さを伴って自然と喉の奥に向かう。
たっぷり擦りおろされた大根で一度口をさっぱりとさせてから、もう一度魚の身を口に含む。
柑橘の果物の香りがふわりと広がり、後味もどこか爽やかな酸味を感じる。
それから腑を少し食べてその苦味と旨味を味わう。
「美味そうに食ってるな。あ、あそこに俺の好きなのあるな、ちょっともらってくる」
ジークは楽しそうに屋上から飛び降りて近くの酒場に向かって行き、皿をふたつ持って戻ってくる。
「ジーク、本当に町長とか向いてないな」
「あー、そうだな。まぁ、近いうちに辞めるよ。外敵がいなくなったしな」
一瞬驚いたが、まぁ、そうか、悪くないか。
ジークの手にあるのは、新鮮な魚とスライスしたチーズ、その上に少しのオリーブオイルとハーブがかかった料理だ。
少し奇妙だなと思いながらジークの真似をして魚とチーズを共に口に運ぶと、とろりとしていながら弾力もある魚のと柔らかくコクのあるチーズが口の中で混ざってとても美味い。
オリーブオイルの味や風味もいいが、それ以上に舌の上でチーズと魚を踊らせるような舌触りがいい。
ああ、酒が飲みたくなってきたな……と、ジークを見るが「やらないぞ」とばかりにごくごくと飲み干していく。
「辞めたら何するんだ? 嫁探しか?」
「あー、そうだな。みんな結婚しててなぁ……」
「えっ、ニクスもしてんの?」
「ああ、というかお前と同い年の娘がいるぞ」
「マジか。えっ、誰と結婚したんだ?」
「普通に街の娘だな。結婚式に参加したけど、めちゃくちゃ普通の子だったぞ」
知らないうちに親友が子持ちになってた……なんかショックというか、置いていかれた気持ちだ……。
アルガもジークも独身だから、謎の安心感を覚えていたが……。みんな結婚してるのか……そうか、俺とダラダラ話すような仲良かった男だけ独り身なのか……。
「……俺も嫁探しした方がいいのか? 急に焦りが出てきた。どう思う、ジーク」
「やめろやめろ。酒飲んでるときにそういう話はやめろ。な? 楽しく飲もうや」
「いや、でも、俺たちだけ置いていかれてるのは……」
「やめろ。……やめろ」
ジークは真剣な目で俺を見る。
それは今までにないほど切実な瞳だった。
……なんで俺と仲良い奴だけ独身なんだろな。不思議である。
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