第23話:鏡

 商人のような海賊とは反対に、まるで童話の世界から出てきたような分かりやすい海賊らしい海賊。


 熊のような巨体と不衛生な容貌、力強い足音と手入れ不足の巨大な剣。

 そして何より荒っぽい言葉使い。


 マトモに話せる相手ではないことは明白であり、それ故の厄介さがあった。


「──【不問】のウェイブ」

「ああん? クソガキが」


 度重なる犯罪行為や軍規違反、それら全てを不問とされた怪物。

 罪に問われずとも海賊に身をやつした理由は見れば分かった。


 ただただ横暴で傲慢。マトモな場所で生きることは不可能なほどに。

 だから力だけで生きていける海賊の方が楽なのだろう。


 不問不答、罪も罰も持たない獣が如き存在。

 自問自答を繰り返して、己の罪を何度も直視させられている俺にとって唾棄すべき相手なのか、それとも羨むべきなのか。


 脚を微かに動かした一瞬で距離を詰められて、技も何もあったものではない腕力で大剣が振られる。


 武器を振るう大熊とでも言うべき怪物。

 けれども十分な余裕を持って氷の剣でそれを逸らす。


 腕力では劣っているが、技量では勝っている。

 連続して振られる大剣を氷の剣で逸らし、逸らし、逸らし、逸らし……完璧に見切り防ぎ続けているが……止まらない!


 大剣というマトモな人間だと一振りで疲労するような馬鹿げた武器が、無限とも思える時間振るわれ続ける。


 技も何もないデカい武器の連撃を最小限の動きで防いでいるはずが、俺の息だけが上がってウェイブは気にした様子もなく俺に大剣をぶつけ続ける。


 本当に『技量』がない。

 俺の氷剣を避けて脚を狙うとか、歩法を織り交ぜるとかもなく、目の前にただ大剣を振り続ける。


 だが、その何も考えないバカな動きは馬鹿げた筋力と無尽蔵のスタミナで必殺の剣技として成り立たせていた、


 相手を上回るリーチで一方的に攻撃し続け、相手よりも多いスタミナでスタミナを削り切る。


 言ってしまえば簡単な話だが、それが出来ないから技があるのだ。


 より長い武器で、より速く、より長い時間攻撃し続ける……なんて、出来ないから技がある。

 そのはずだった、だが、途切れない。


 逸らし続けていた剣をあえて逸らさずに氷剣で受けて、氷剣が砕かれながらもその勢いで後ろに跳ねて距離を取る。


 直後にウェイブの周りを漂っていた水の塊が俺の方に放たれ、俺はそれを転がって躱わす。

 水魔法は本来なら攻撃性が低いはずだが、ウェイブの魔法は大岩を貫き砕いていた。


 馬鹿げた腕力、馬鹿げたスタミナ、馬鹿げた魔力。


 技量に関して特別なことは何もない、だが、ただひたすらに能力が高い。


 俺は肩で息をしながら折れた氷の剣の刃を新たに生み出す。


 ……異常な筋力を誇る王族の体でよかった。普通の子供の身体なら逸らすことすら難しかっただろう。


 連続して放たれる水の弾丸を避ける。

 いち、に、さん、と数えるが、こちらも何発撃っても止まるどころか加速していく。


 異常な威力の水弾、おそらくあの遠距離からの炎の矢と同系統の魔法。収束することで威力と精度を引き上げているのだろうし、規模が小さい分だけ消費する魔力も少ないはずだ。


 だが、だとしても──。


「無尽蔵だな」


 息切れ一つもなく、無限とも思える量を乱射するなど馬鹿げている。


 岩場が全て崩れ去るほどの魔法の乱射、避け続けることは出来るがキリがない。


 筋力にせよ、スタミナにせよ、魔力にせよ。

 本来ならそれひとつで英雄と呼ばれるであろう才覚が、その身ひとつに納まっているという奇跡。


 才能がなかった前世の俺と比べると悲しくなるぐらいの才能の塊だ。


「チッ! 雑魚が! ちょこまかとよお!」

「雑魚……か。まぁ、それだけの才能があれば誰でもそう見えるか」


 遠距離もどうしようもないと考えて再び近寄り、その瞬間に大剣が振られる。

 氷剣が砕かれて空に舞い、ウェイブがニヤリと笑みを浮かべる。


「急いだなッ! ガキ!」

「いや、そうでもない」


 俺に向けて大剣を振ろうとするが、その大剣が止まる。


 大剣には氷の鎖が巻き付かれていて、その鎖の先には巨大な岩があった。


「なっ!?」


 魔法を避けている時間、剣で逸らし続けている時間、小細工をする時間は幾らでもあった。


「実戦不足だな。不問、お前、格上との戦闘経験はないだろ」


 怪我の一つもせずに防戦一方の相手なんて、明らかに何かの策があるに決まっている。

 それに考えが及んでいないところを見るに、本当に才能のみでやってきたのだろう。


 氷の剣を新たに生み出して斬り裂こうとしたその瞬間、大剣が動く。


 氷の鎖に繋がれた大岩ごと動かして大剣で俺の氷剣を受け止める。


「うガァ!」

「……化け物かよ」


 そのまま俺の剣を弾き、片手でいくつもの水の弾を浮かして俺へと放つ。


 俺はそれをかわしながらも冷や汗を流す。

 才能のみ、ただただ強いだけ。


 けれどもそれが厄介……まるで狂ったドラゴンを相手にしているかのような威圧だ。


「うーん、ウェイブさんが勝ちそうですかね? じゃあ、さっきのお話はなしということになりそうですね」


 商人のような男はそう言う。

 俺はウェイブの魔法による猛攻を凌ぎながら、商人のその様子のおかしさに気がつく。


 煽っている、というか、楽しんでいる? 

 もちろん自分達の仲間が押しているならその反応はおかしくないが、実態としては俺がウェイブを抑えている間に街の衛兵が来たら逃げるしかないという絶体絶命の状況だ。


 決して楽しめる状況ではないはず……。


 周りのバカな下っ端海賊とは違ってそれが分からないはずがないだろう。

 煽る言葉……もしかして、俺がウェイブを倒すことを期待しているのか?


 ふと、気がつく。

 掠奪品の管理、誰がしている。


 奪う量の調整をしているのは誰だ。おそらくはこの商人のような男──。


 意識が逸れている間にウェイブが巨大な水球を頭上に生み出していた。


「氷系統魔術──【旗が立つべき場所】」


 巨大な水球を巨大な氷壁によって受け止める。

 巨大な魔法のぶつかり合いの中、思考に決着をつける。


 あの商人、略奪品を横領してやがる。


 掠奪する量を管理できる立場であればいくらでもチョロまかし放題で、尚且つこちらからしても倒しにくい存在。


 横領した私財をたっぷり貯め込めて、身の安全も確保している。


 問題は溜め込んでも海賊達から離れることが難しい状況であること、海賊辞めますと言って辞めさせてくれる相手ではないだろう。


 ……だが、ここでウェイブが負けたら話は別だ。

 俺たちはこの男を逃さなければ街に被害が行く可能性があり、逃されたこの男はそのまま横領した財宝を持ち逃げ……。


 だから、俺が勝つことを期待している。


 それに気がつき、一瞬反応が遅れる。

 俺の氷壁とウェイブの水球の余波が終わる前に、氷壁の横からウェイブが突っ込んできた。


 鎖に繋がれた大剣は諦めたのか素手で俺に迫り、拳を振るう。

 氷剣により受け止めるがそれごと砕かれて吹き飛ばされる。


 俺は地面に転がり、ずぶ濡れになりながら同じく濡れたウェイブを見て笑う。


「ははっ!」

「何笑ってる、クソガキ。死ぬのが怖くておかしくなったか」

「いや、そうじゃない。俺とお前は似ていると思ってな」


 流石の不問にも消耗が見え始める。

 ジークと互角ならば、もうこの状況は詰んでいるだろう。


 なのに商人は何も言わない……つまり、商人は始末するつもりだ。【不問】のウェイブを。


「好き勝手振る舞ってりゃ、そりゃ邪魔にもなって殺されちまうよなって、鏡を見てるみたいだ!」


 ウェイブは理解出来ないのか怪訝そうに俺を見る。


「みっともないことこの上ないな。俺もお前も。もう見たくねえよ、終わらせよう。──【シルリシラの加護】」


 自身の心を凍らせる闇と氷の混合魔法。


 それにより無駄な思考と五感情報が制限されて、体感時間が急激に引き延ばされる。


 まるで時が凍りついたように、遅く、遅く。


 決着は呆気なく、俺が振った氷剣をウェイブが何の抵抗も出来ずに斬り裂かれるという、つまらないものだった。

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