第19話:冬と夜に燻る火種
俺は絵から目を背けながら、ごほんと一度咳払いをする。
「というか、都に行くってなんのためだ? その生まれ変わり? のあとに他のやつとあまり会ってないってことは何か理由があって隠れてるのか」
「あー、そうだな。まぁ、それなりに影響力があったから今更出てきたら厄介だろうし、今世は生まれもな……。都に行くのは……」
少し、言い淀む。
魔法を学びたいからだが、言ってしまえばそんなものは趣味でしかない。
俺の表情を見たジークはヘラリと笑う。
「良かった。好きなことをしにいくんだな」
「……なんで分かったんだ」
「そりゃ、友達だからな。何するんだ? 聞かせてくれよ、お前の夢を」
ジークはどかりと部屋に座って、酔い覚ましにか水を飲む。
酒を飲んでいた時よりも酔っ払ったみたいな単純な笑顔。
俺はその正面に座って、シルリシラは邪魔にならないようにか俺の斜め後ろに座る。
少し照れながら、昔を思い出して口を開く。
「まずな、ほら、今って土魔法で道を作ってるだろ? それで治水も出来そうだと思ってな。なんか昔聞いたんだけど、乾いた地方だと地下に横向きに井戸を掘るそうでさ、そうすると水を汲まずに流れていくから地下水も使い放題になるし、井戸から汲むのより楽だろ?」
「はー、なるほど? ……それ、めちゃくちゃ大掛かりなんじゃないか?」
「まぁ、ざっと百年ぐらいはかかると思うが、やる価値はあるだろう。で、そういうのを含めて、少人数がすごい魔法を使えるのではなく、誰もが簡単に魔法を覚えられるといいと思うんだ」
「誰もが簡単に……か、ジオルド、お前らしいな」
「そうか? とりあえず、魔法の編纂とかでもっと理論的にして大衆に分かりやすくして……」
と、俺が語っていると二人がニヤニヤと俺を見ていることに気がつく。
「……なんだよ」
不貞腐れながらそう言うと、ジークは「いんやー」と首を横に張ってなんでもないと話す。
「……まぁいい。それで、ジーク、塩……というか、それ以外も含めて物が値上がりしてる理由はなんだ? 屋敷や酒程度じゃないだろ」
「あー、それか。……そうだな。よし、ジオルドも手伝ってくれ」
「俺が手伝い? となると、俺の得意分野……やっぱり魔物か」
「いや、もっと得意なやつだ」
俺がジークを見ると、ジークは立ち上がって、大剣を手に取る。
「ならずもの退治」
「そりゃ、専門分野だ」
◇◆◇◆◇◆◇
それから少し話を聞くと、俺の生前から……というか、何十年も前からいた海の厄介者である海賊に悩まされているらしい。
海を挟んでの隣国が海軍の軍拡と軍縮を何度も繰り返して、その際に海軍をクビになった奴が食いっぱぐれて賊に身をやつしたという話だ。
同情出来るところはあるが、まさか対応しないわけにもいかないだろう。
そんな話を聞いたあと、シルリシラと街の宿屋に向かう。子供二人だがまぁなんとかなるだろう。
暗い夜道の中、シルリシラが俺に言う。
「よかったね」
「何がだ?」
「勘違いで、ジークさんのこと」
ふにゃふにゃとした笑みを浮かべるシルリシラを見て首を横に振る。
「いや、勘違いでもないだろ。無駄に豪華な建物作ってるのも、酒に溺れていたのも事実だった。……どっちも、昔のジークはしなかったよ」
夜の道。
灯はなくて足元が少し見えるだけだ。
足元の感覚を頼りにしなければこけてしまうほど前は見えない。
「俺のせいだろうな」
「そうなの?」
「元々、革命を起こしても内政が出来る奴は少なかった。本来ジークも腕っ節自慢で町を納めるなんてことが出来る奴じゃないのにさせていて負担をかけているから、まぁ酒に逃げたんだろう」
今日は月が出ておらず、本当に前が見えにくい。
「一人でも人手がほしいときに、俺が死んだせいでそうなった。精神的なところもあったろうしな。俺のせいだ」
ため息を吐いて、それから前を向く。
完璧なんてあるはずもないけど、それでも後悔はある。
「シルリシラ様。……やっぱり、俺は大したことない奴ですよ。神に見初められるような人物ではないと思い知らされました」
シルリシラはぴょこっと前に出て、幼い笑みを俺に見せる。
「ん……僕はシルリシラだよ。人に色々好みがあるみたいに、神にも色々好みがあるんだ。「神様は」じゃなくて、「冬と夜のシルリシラは」君がめっぽう大好きなんだ」
ニコニコとあどけない表情。
冬と夜。戦士たちの休息を司る神であるシルリシラ。その女神は……。
「……悪かった」
「変な事を言ったこと? それとも、戦ってほしくないって説得を二回続けて無視したこと?」
「どっちもだけど。……ああ、いや、一番は……【シルリシラの加護】。あれ、痛み止めとか安眠とか、たぶんそういうのに使うもので、戦闘には使ってほしくないんだろ」
俺の言葉にシルリシラは目を開いて、それから苦笑する。
「うん。アレは休息のための魔法だよ。……けど、うん、どう使うかは君の自由だよ。まさか戦いに使うとは思ってなかったけど」
シルリシラは俺の前に出てきて、白くてサラサラと綺麗な髪を揺らす。
夜の暗い道を照らす彼女は、その正体の通り女神様のように美しい。
そんな彼女が、少し寂しそうに、悲しそうに。
「てっきり、僕が神なのが疑われていると思ってた。……違うんだね、違ったんだ。君が信じられないのは、僕が君のことを好きなこと。いや、自分が人から愛されていることかな」
シルリシラは俺をぎゅっと抱きしめて、ニコリと微笑む。
「怒ってないよ。嫌いにもならない。……止めたのに喧嘩しに行ったこととか、海賊と戦うとか。「しょうがないなぁ」って、思ってるよ」
俺にとってシルリシラという存在は、神というには卑近で……よく分からない理由で俺を好いてくれている不思議な女の子という感覚だ。
だから、俺が言い寄られてる方なのにそんな風に慰められるのは不思議で、けれども少し安心を覚えている自分がいる。
「……ああ」
絆されているのだろう。
たぶん、今抱いているこの安心感はシルリシラの狙った通りの感情であろう。でも、まぁ、いいか。
……俺が本当なら人から好かれるような人間でないと自覚していることも、シルリシラに真正面から好意を向けられて安心感を覚えているのも事実だ。
「……死んだ日、冬の夜だったな。祭囃子の音をまだ覚えている」
「うん」
「アイツの泣き顔、初めて見たよ。……泣き慣れてないんだろうな。下手くそな表情だった」
そう言って、夜の空気に息を吐く。
「あの日それを見て後悔したけど、たぶん、同じ状況になったら同じことをすると思う。それが戦争だ。血を流し、傷つけ、傷つけられて、大切なものも憎いものも全部ごちゃ混ぜにして──それが戦争で、戦争が俺だ」
少しだけ肌寒い。
「だから、まぁ、あんまり人に好かれないと思うんだよな。嫌だろ、止めても止めても話を聞かない奴なんて。……けど、そうだな、シルリシラのことは、シルリシラが俺を好きだというのは、信じるよ」
寂しそうな嬉しそうな彼女は、愛おしそうに割れ物を触る手つきで俺の頬を撫でて、そこに唇をつける。
「うん。……そうだよ。僕は君のことが好きだよ」
頬に当たる夜風がやたらと冷たい。
明日はジークと共に海賊退治か。……母国に逃げ帰らせるぐらいで済めばいいが、難しいかもしれないな。
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