第7話 養護施設と典型核家族の最大の相違点とは?! 3
「君は一体、何がそんなに恐ろしさのようなものを感じたのか?」
森川氏、いささか理解がついていけないかのような雰囲気の問いを発した。
「これはやはり、恐ろしさを感じないわけにはいきませんよ。ところで森川さんは御存知でしょうか、「法は家庭に入らない」という法諺(ほうげん)を」
「存じておるよ。あなたの先輩の大宮哲郎さんが、若い頃何度か述べておった。もっともその前から、論語などを通じて、その趣旨は存じておる」
「まさにこの方言、儒学の精神を体現したものであると思料します」
「それは同意する。その価値判断はさておき。おそらく君が、その手の視点で述べる者らに対して、概して批判的になろうこともわかっておる」
ここまで来て、米河氏はいよいよ核心に迫る問いを発した。
「さて、これこそが本質的な問いかけになりますが、養護施設は、家族、あるいは家庭といえるものであるのか?」
「わし個人の思いとしては、そこにいる子らと職員各位の過ごす「家庭」、言うなら大きな家族のようなものにしようとして、よつ葉園を運営してきた。東航先生にしてもそうだが、大槻和男君なんかも、そこは、変わらなかったと思っておる」
森川氏は、自ら築いた地への思いを吐露した。
それに対して、米河氏がさらに見解を論じていく。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
森川先生の思いは、もちろん尊いものであることはわかっております。
それこそが、先駆的な養護施設を築けた要因であることも。
しかしながら、私はそんな視点で論じておるのではありません。日本国の法令というものを通して、そう言い切れるのかという問いをしておるのです。
「法は家庭に入らない」 この法諺を、真の命題とします。
さて、典型核家族というのは、まさに、家庭の体(てい)をなしております。
そこの子の一人が、父親の金を持ち出しても、窃盗罪にはならない。
正確には、「刑を免除」という扱いですが、それはまあ、いいでしょう。
このような状況を、かの法諺は述べておるのです。
さすがに、殺人などになってくれば、話は別ですけどね。
それはともあれ、養護施設という場所において、法がそのような規定をしているかということになりますと、どうでしょうか。
養護施設は、個人経営である場合もありましょうが、社会福祉法人という法人格を持ってしまえば、これはまさに、「法人」となります。
そもそも法人というものは、法で規定された種類のもの以外は設立できない。
一方、家庭なんてものは、男女がくっつけば、婚姻届を出すのが筋とは思いますけれども、そうでなくても、事実婚ともなれば、その状態は自然状態として保護さえされます。養護施設のような法人に、そんなことはあり得ませんよね。
養護施設は所詮その点において、「家庭」足りえない場所なのです。
少なくとも、法的な観点においては。
それを言うならむしろ、法によって完全に支配されている場所でさえある。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
論戦が進むにつれ、夜が明けてきた。
「それでは米河さん、この話は、少し時間をおいて、次回論じようではないか」
「そうですね。次回日程はいかがいたしましょう」
「来週、月曜未明でよろしかろう。おおむね、1週間のペースで開いていけばよいのではないか。毎週月曜未明で、あとは状況に応じて調整するということでどうか?」
「特に差し障りは現段階ではありませんので、それでお受けいたします」
かくして、第1回目の論争は終わった。
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