第109話 絶望

 そのまま体を2つに別れさせながら剣聖は後ろに倒れる。

 ケイトも力を使い果たしたのかその場で膝を付いた……

 早く、早く治療しないと……


「ぐ……」


 全力で【自己再生】を発動させながらなんとかケイトに向けて這って移動する。


「愛子! お前ぇぇええ!」


 勇者の激昂。

 俺の右腕と右足を斬り落とした剣を振り上げケイトに斬り掛かる。

 ケイトは動けない……リンは?

 リンもまだ動けない、麻痺毒を解毒魔法で解毒しているのは見えるがまだ時間はかかりそうだ。


 目を見開いて口を小さく動かしている。まだ声も出せないのだろう。


 俺も間に合わない。

【瞬間加速】を使おうにもこの足では踏み込めない。

 ウルトを【トラック召喚】で呼び出しても一瞬のタイムラグがあるし出現するのは俺の目の前、それじゃ間に合わない……


 なら魔法……残った左腕を勇者に向ける時間は無い。慌てて向けたとしても外してしまうだろう。


 なら腕を向けなくても使える魔法を使うしかない。


 瞬時に体内の魔力を操り喉に集める。


「止まれぇぇええ!!」


 喉が焼けそうになるのを堪えて全力で『音』属性の魔法を起動、勇者に向けて叩きつける。


 ビクッと勇者の体が一瞬硬直する、しかし動きは完全には止まらずそのままケイトに向けて剣を振り下ろした。


「ああああああああぁぁぁ!」


 しかし一瞬硬直してくれたおかげでリンの解毒が間に合ったようだ。

 リンの手から放たれた爆炎は勇者を吹き飛ばしその身を焼く。


「ギャアアアアア!!」

「英雄くん!」


 体を焼く炎を消そうとゴロゴロと転げ回る勇者に賢者が駆け寄っていく。

 サーシャを抱えた女、忍者もそこに合流しようと俺たちから視線が外れた。

 今しかない……


「ウルト!!」


【トラック召喚】を発動、俺の目の前に魔法陣のようなものが浮き上がりそこからウルトが姿を現した。


『マスター!』

「ウルト、あいつらを!」


 ウルトが向きを変え勇者たちにそのフロントガラスを向ける。


「賢人! 早く!」

「でも……くそっ!」


 ウルトが疾走、勇者たちに向けて加速する。


「ちっ!」


 誰かの舌打ちが聞こえた瞬間ウルトは壁に激突、凄まじい轟音とともに屋敷全体が大きく揺れた。


「ウルト、どうだ!?」

『衝突の直前に姿が掻き消えました。現在やつらの反応は屋敷の外にあります。おそらく転移魔法かと』


 転移魔法!? 転移の魔法陣があったのだからそれも警戒すべきだったか……


「追え! 逃がすな!」

『かしこまりました』


 そのまま激突した壁を破りウルトは勇者たちを追いかけていく。


「ケイト!!」


 リンの悲痛な叫び、俺も行かないと……


【自己再生】の効果で少しずつ生えてきている腕と足に鞭打ってなんとかケイトの下まで移動する。

 そこではリンが必死にケイトの名前を呼びながら回復魔法を掛け続けている。

 俺も……


「ケイト……」

「クリ……ド……くん……」


 なんとかたどり着いた俺に向かってケイトは倒れ込んでくる。

 残った左腕でなんとか抱き止めて全力で回復魔法を発動するが……


「なんで……!」


 リンと2人掛りで回復魔法を使っているのにケイトの腹の傷は一向に治る様子を見せない。


「クリード……くん」

「喋るな! なんで……なんでだよ!」


 体に残る魔力を全て使い切る勢いで回復魔法に魔力を注ぐが何も変わらない。


「リン、このままじゃ……」

「分かってる! 分かってるわよ!」


 リンも顔を青くしながら回復魔法を使い続けている。

 このままじゃ……俺たちの魔力が足りずに……


 嫌な想像を振り払うように頭を振ってさらに魔力を込める。

 自分に使っている【自己再生】に回している魔力も無理やり引き剥がして回復魔法に注いでいく。


「無理……だよ……」


 ケイトの蚊の鳴くような声が聞こえた。


「あの黒い剣には……【不治】の呪いが……」


【不治】? なんだよそれ……


「クリード……」


 リンの顔には諦めの色が、目には涙が溜まっていく……


「だから……もう……いいんだ……」

「良くない! 何も良くないだろ!」


 諦められるわけがない。

 湯水の如く魔力を流し込んでいくがケイトの傷は……治らない。


「うう……」


 グラっときた……俺の魔力が一気に減ったことで体が魔力を使おうとするのを止めようとする。


 歯を食いしばってそれに耐えさらに魔力を込めようとした俺の手をケイトが掴んだ。


「だめ……これ以上は……」

「でも……このままじゃ……」


 体の震えが止まらない。

 いくら止めようとしても最悪の想像が頭から離れない。


「きい……て……」

「クリード……聞いてあげて……」


 リンの目からは大量に涙が零れている。


「ケイトの……最後の言葉よ」


 それを聞いて体がカッと熱くなる。

 涙が溢れそうになるのをなんとか堪える。


「クリードくん……」

「ケイト……」


 先程よりさらに小さな声、聞き逃さないように顔を近づける。


 ふと、唇に小さな感触。


「へへ……クリードくん……ずっと……ずっと好きだったよ……」


 青い顔だが本当に嬉しそうな顔をしているケイトの顔が目に入った。


「ケイト……俺も……俺だってケイトの事が……!」


 言葉が出ない、息が苦しい。


「続きは……聞きたく……ない、かな? へへ……後はサーシャと、リン……と仲良く、して……ね?」


 途切れ途切れだがハッキリと自分の気持ちを言葉にするケイトに俺は何も言い返せない。


 サーシャとリンと仲良くって……俺はケイトが……


「ふぅ……僕の……最後のお願い……ちゃんと、聞いてね?」

「ケイト……俺は……」


 ダメだ、涙が止まらない。


「ごめん……ね」

「ケイト! 分かったから! 聞くから、ちゃんと聞くから! だから……死なないで……!」


「強欲の剣……」

「え?」


 ケイトの呟いた言葉に意味がわからず間抜けにも聞き返してしまう。


「お願い……強欲の剣……僕の願いを……最後の欲を……叶えて……」


 ケイトの呟きが終わるとふわりと強欲の剣が浮き上がった。


「僕の……ぼくのすべ……を……クリ、どくん……に……」


 その切っ先はケイトの心臓へと向いている。


「ケイト……何を……」

「さよなら……ら」


 ふっと笑顔になる。

 全てを受け入れたような、儚く美しい笑顔だ。


 ゆっくりと強欲の剣が降ってくる。

 その切っ先はブレずにケイトの心臓に向けて。


「な!? やめ!」


 思わず手を伸ばす。

 その剣先からケイトを守るように。


 だがその思いも虚しく、強欲の剣は……


















 俺の腕ごとケイトの心臓を貫いた――

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