第108話 来客

 ケイトと計画を練った翌日、その日は特に出かける用事も無くいつもの訓練だけをしてのんびりと過ごしていた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 今はサーシャとケイトと俺の3人でまったりお茶を愉しんでいる。

 リンは自室として借りている部屋で読書、ソフィアとアンナは実家に戻っている。


「勇者様方はどうなりましたかね……」

「どうだろうね、もうかれこれ時間も経ってるしやっぱりそろそろ様子だけでも見に行きたいよな」


 明日の会議で話を上手く進められるようにと下準備だ。


 これだけ時間が空いたんだからそろそろ偵察くらいは行かせて欲しい。

 却下するなら本当に実行するぞ。


「私もそろそろなにかしら動くべきだとは思うのですが……」

「せめて迷宮くらい行きたいよね。クリードくん明日会議で頼んでみてよ」

「そうだな……提案偵察断られたら聞いてみるよ」


 迷宮に行くって口実で街の外に出てそのままってのもいいな、街を抜け出す手間が省ける。


「ご歓談中失礼します。お客様が参られました」


 明日の予定を想像しているとメイドが部屋に入ってきてサーシャにそう伝えた。


「お客様ですか? そんな予定は無かったと思いますが……」


 サーシャも心当たりがないのか首を傾げている。

 誰だろ? ソフィアやアンナならそのまま来るだろうし聖都の知り合いかな?


「それが……勇者と名乗っておりまして……お嬢様とクリード様にお話があると」

「は?」

「勇者……様?」


 俺たちの口から揃って間抜けな声が出た。


「それでどちらに?」

「応接室にてお待ち頂いております」

「分かりました。会いましょう。リンさんを呼んできて頂けますか?」

「かしこまりました」


 サーシャはメイドにリンを呼んでくるように指示を出してこちらを振り向いた。


「クリード様、ケイトさん、よろしいですか?」

「うん、勇者は俺のことも呼んでるんだろ?」

「僕も構わないけど、一体なんの話かな?」


 まさか勇者の方からお出ましとは思わなかった。

 期間的に考えると……魔王領に踏み込んですぐに撤退、俺たちが聖都にいると知って急いで来た感じか?

 少しするとリンも合流したので4人で応接室へと移動する。


 礼儀として一応ノックしてから入室。

 中には4人の男女……男2人はソファに腰掛けてなにやら話している。

 女2人は1人は調度品を、もう1人は窓から外を眺めていた。


「お待たせ致しました」

「あぁ、どうも。とりあえず座ってください」


 入室してサーシャが代表して声をかけるが勇者くんは立ち上がりもせずそう答えた。


 礼儀も知らないのかな?


 若干イラッとしたけどまぁまだガキだし……と堪えて対面に座る。


「それで?」

「少し待ってください。香織」


 要件を聞こうと切り出したのだが少し待てと。

 勇者くんに名前を呼ばれた香織という女の子は窓際から扉の前まで移動して控えていたメイドに何か言っている。


「大切な話があるから出ていて欲しい」

「あの……」


 メイドは困ったようにサーシャを見た、


「構いません。外で待っていてください」

「かしこまりました」


 メイドは一度頭を下げてから退室して行った。

 女の子はメイドが退室して離れていくのを確認してから窓際に戻った。定位置かな。


 さて、これで話してもらえるのかな?


「じゃあお話しますね。久里井戸さん」


 ん? 俺?


「サーシャじゃなくて俺か、なに?」

「日本に戻りたくないですか?」


 え? なに? 日本?


「いや別に?」

「え?」

「え?」


 俺は戻る気無いからなぁ。


「もしかして遠回しに魔王討伐に協力してくれって頼みたかったのか?」

「いや、あの……違くて……」


 テンパってるな、まずは落ち着け。


「違うのか?」


 それ以外無いだろ? 違うなら何しに来たんだよ。


「あの……魔王……様が服従するなら俺たちの命は保証するって……世界征服が終われば元の世界に返してやるからって……」

「は?」


 コイツ……何言ってるんだ?


「久里井戸さんは戻らないんですね? なら……」


 勇者は一瞬だけ俺から視線を外した。


「うぐっ……」

「あっ……」


 すぐ近くで呻き声が聞こえた。

 勇者から視線を外してそちらを見るとリンとケイトが驚愕と苦悶に満ちた表情を浮かべて固まっていた。

 その奥では先程まで窓際に居たはずの女がサーシャの背後に立っている。


「サ――」


 サーシャ、と叫ぼうとしたが言葉は出なかった。

 体の右側に強烈な熱、いや痛み。


 立ち上がろうとしていた俺の体はテーブルに向かって倒れていく。

 踏ん張ろうとするが……右足は無かった。慌てて右手で体を支えようと伸ばすが俺の目に映ったのは肘の先から大量の血液が吹き出している光景だった。


「ぐっ……!」


 思わず叫びそうになるのを奥歯をグッと噛み締めて堪える。


「クリード様! 大――」


 サーシャの絶叫が不自然に止まる。

 痛みをこらえてそちらを見ると気を失っているようで背後にいた女に抱えられている。


「英雄、撤退! 聖女は確保したし2人には麻痺毒を打ち込んだ」

「よし、早く――」


 させるかよ!


「ウル――」

「させません!」

「あがっ!」


 賢者の手から稲妻が放たれ俺を貫く。

 体が一瞬大きく跳ねて【トラック召喚】を使用するために集めた魔力が霧散してしまう。


 くそ、こんな時にイヤホンを外してるなんて……!


「クリードくん! サーシャさん!」


 麻痺毒を打ち込まれているはずのケイトが立ち上がりこちらに一歩踏み出してくる。

 そうか、ケイトには【毒耐性】のスキルがあるから……


「ちっ! 行かせるわけ無いでしょ!」


 ケイトの前には調度品を眺めていた女が立ちはだかる。

 手には黒い刀身の禍々しい剣を握っている……いつの間に?


「強欲の剣!」


 ケイトが喚ぶと手元にすぐに強欲の剣が現れる。


「くそ、面倒ね!」


 女、おそらく剣聖は手に持った剣を振り上げてケイトに斬り掛かる。

 ケイトもそれを強欲の剣で受け止め一瞬の間に3合、4合と剣をぶつけ合う。

 腕は互角――


「愛子さん!」


 俺に稲妻を放った賢者はその手をケイトに向け再び稲妻を放つ。


「あぅっ……」

「隙ありよ!」


 雷撃を受け一瞬動きが硬直したケイトの腹に剣聖の持つ剣が深々と刺さった……


「ケイトッ!」


 思わず叫んでしまった。

 ケイトはそのまま崩れ落ち……ず、腹に突き刺さった剣を握る剣聖の腕を掴んだ。


「な!? なんで毒の攻撃を受けてまだ動けるのよ!?」


 剣聖はケイトの腕を振りほどこうともがくがケイトは離さない。


「【乾坤……一擲】」


 ケイトは剣聖の腕を掴んだままスキルを発動、そのまま剣聖の脇腹から肩口にかけて逆袈裟に斬り裂いた。

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