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「まあ、そう思うよね。銀一さんとうちの祖父母が仲良しだったのもあるとは思うけど、さすがに俺も両親も、親切すぎだって断ろうとしたんだけどさ、条件付きだって言うから」
沙代子の知らない父の交友関係がまた一つ出てきた。近いうちに、天草農園にも顔を出した方が良さそうだ。
いくつ引っ越しのごあいさつを用意しなきゃいけないんだろうと、頭の中で算段しながら、沙代子は興味深く尋ねる。
「条件ってなんだったの?」
「古本をカフェに置くこと。葵さんも見てたよね、本棚の古本。あれ、全部銀一さんのだよ。本棚に入りきらない分は俺の実家に置いてある」
「迷惑じゃない?」
「資金援助してもらったからね。それを考えたら、お安い御用だよ」
天草さんのご家族も優しすぎないだろうか。沙代子が想像する以上に、父と天草さんは家族ぐるみで親密な関係だったのだ。少しだけ、沙代子はさみしい気がした。
「そういうことなら、私の店に置きたいって言ってくれてもよかったのに」
すねるように言ってしまう。
「パティスリーに古本? それもおもしろそうだね。でもさ、銀一さんは葵さんを束縛したくなかったんじゃないかな? 俺はずっとこの町で生きていくって決めてるけど、葵さんはそうじゃないだろう?」
「それは……」
図星だった。独立したいと言い出したときは、まろう堂を切り盛りする天草さんからしたら、お遊びみたいに漠然としたものだっただろう。
「父がまほろば書房を閉めたのは、いつ?」
「まろう堂をオープンしたときだから、1年前だよ」
「それ、私が独立したいって言い出したころ」
父はどうなってもいいように、まほろば書房を閉める決意をしたのだろう。どこまでも娘思いの優しい父なのだ。
「まほろば書房の跡地もさ、なかなかいい物件だよね。最近の二十日通りはずいぶん若い子向けのショップがオープンしてるから、あそこにパティスリーをオープンさせるのも悪くないし、あそこを売ってほかの場所にオープンさせるのもありだよね」
「って、父が言ったのね」
沙代子はくすりと笑ってそう言ったが、天草さんは意外にも大真面目な表情でうなずく。
「夢を叶えるためには、妥協しなくていいと思う」
「父の夢を奪ってまでほしい夢なんかじゃない」
「奪ってなんかないよ、きっと」
「そんなの気休め」
むきになる沙代子に、彼はそっと首を横に振ってみせる。
「違うよ。古本はまろう堂にあるんだから。銀一さんの思いは、まろう堂でちゃんと生きてるよ」
「生きてる……?」
「まほろば書房を閉めたとは言ったけど、ある意味、まほろば書房も移転したんだ。長く古本屋を続けるには、後継者がいるしね」
「じゃあ、父は天草さんに跡を継いでもらうつもりで?」
「跡を継ぐなんて立派なものじゃないけど、責任もって、大切な本はお預かりしてるよ」
穏やかな中に力強さを持った声音で、彼はそう言う。
天草さんがどんな人なのかまだよく知らないけれど、父の思いを裏切らない人なのだろうと、沙代子は思う。
「父の本……見せてもらってもいい?」
だめというわけないとわかっていながら、おずおずと申し込む。
「もちろん」
案の定、天草さんはうれしげにうなずいた。
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