第六話 フードの君 ――後編――
夕景の庭園に吹く風がエレナの心を赤い花散らしとなって強く揺れ動かす。 ラグナは、「立ってみて、多分治ってると思うから」とエレナへ手を差し出す。 その手に反射的に握り返し促されるままその場に立つと、エレナの足元からは痛みがもうすっかりなくなっていた。
「痛くない……」
「良かった!」
小さく声がもれる。 エレナは色々なないまぜの気持ちを問いかけるように、ラグナへと顔を上げ見つめる。
「そういえば、名前、言ってなかったよね。 僕の名前はラグナっていうんだ、よろしくね。 君の名前、教えてくれたら嬉しいな」
屈託のない笑みでそういうラグナに、涙がまた溢れそうになりながら答える。
「エレ、エレナです」
名前を言い切るとともに、涙が溢れ出る。 初めてあったはずなのにとてもあたたかく居心地がいいラグナに無意識に心からよりかかり、よく分からない気持ちが嗚咽混じりに涙となって漏れ出る。
ラグナは、その理由を聞かず優しく手で体を包み込む。
すると遠くから、数名が走ってくるのが見えた。
「エレナ! あんた何をやってるの!」
「その子……ラグナ様じゃないの!? あんたみたいな子が、神子様に近づくんじゃないの!」
「神子様は、あんたみたいな気持ち悪い半端者じゃなくて、立派な救世主様なんだから。 早く離れなさい!」
侍女数名が、エレナへと大声で罵倒を浴びせる。 その声がエレナの体をまた小刻みに震わせる。 ラグナも侍女の言葉に一度顔を曇らせるも、少女の震えに気づき「エレナ?」と顔を覗こうとすると、エレナはすぐさまフードを深く被り、「すみません」とラグナから離れようとするが、ラグナは彼女の腕をしっかり掴み話さなかった。
「ラグナ様……! すみません。 ラグナ様は知らないかもしれないんですがね。 その子捨てられた子なんですよ。 噂では、エルフと人の間に産まれできた子らしいんですけど、どうせその辺の売春婦と客との間にできた異型の子なんですよ。 あ、そういえば、ラグナ様見ました? この子の変な目と耳。 どうせ気味悪がって捨てた子なんですよ」
「ちがう!」
「違くないでしょ! じゃあ、あんたのお父さんとお母さんどこにいんのさ。 どこにもいないじゃないのさ。 もし噂がホントだったとしても、捨てられたのには変わりがないじゃない」
「ちが……」
「あんたは捨てられたの!」
「あ……っ……!」
エレナは、過呼吸になり足元へと座り込む。 ラグナはその背をさすりながら寄り添っていた。
「精霊が見えるかどうかでこの庭の管理任されてるか知んないけどね。 まあどうせ見えるってのもうそなんでしょ。 かまってほしいだけで」
「やだあ〜、可哀想〜」
「ほらあんた、仕事残ってんだから早く行くよ」
聞く耳を持たない侍女の発言たちに、これまで優しく手を差し伸べてくれたラグナが自身の出自や精霊のことで幻滅されたかもしれないと、不安でにラグナへと目を向ける。
すると、先程まで優しげだった顔、怒りを含んだ顔つきへと代わり、侍女たちを見据えている。
「謝ってもらってもいいですか」
「ラグナ様? どうされましたか? 謝るって、あー、こちらこそエレナがすいません」
「違う!」
先程までとは違い怒気を含んだ荒々しい声、響き渡る。
「僕はエレナの友達です。 まだ先程友だちになったばかりですけど、僕にとってはかけがえのない友達なんです。 その友達に罵詈雑言浴びせるのは許せません。 僕の友達に、エレナに、謝ってください!」
その声には、たしかに怒気を含んでいたがその中には確かにラグナらしい優しさが感じれた。 侍女たちは予想外のラグナの態度にたじろぐと、しどろもどろに言葉を紡いだ。
「ラグナ様はきっと、あの子の気持ちの悪い変な精霊の力に惑わされてるんだわ」
「そうだわ。 可哀想にラグナ様。 その子が悪さをしたんですね」
侍女たちの醜い言い訳に、ラグナはより苛立ちをつのらせた。
「いい加減にしてください! 僕は僕の意志で友だちになりたいと思い、僕から頼みました。 それに、僕は彼女の目を見た時からとてもきれいな目だと感じました。
何が気味が悪いですか! 自分とちがうというだけで、僕の友達をいじめないでください!」
言葉はより怒気が増す。 そんな中一人の侍女がこの空気に耐えられず、「あんたのせいで怒られたじゃない。 早くこっちに来なさい」と空いた腕を掴み無理矢理に引っ張る。
すると、いつの間にか二人の手を離す、3人目の手が現れた。
「ストップ」
そこには、見慣れた赤髪の男、ロイがそこにいた。
そう言い、侍女の手を背中側に回すと、口角は上がっているが笑っていないその顔で侍女たちを見る。
「副団長様……!」
「ラグナの友達は俺の友達でもあるんだ。 あんたらの性根腐った縄張り意識かしらないが、一人の女の子寄ってたかっていじめるクソ野郎は俺だいっきらいなんだわ。 自分の当たり前をこの子に押し付けて、傷つけて、空いた心埋めようとすんじゃねぇ」
ロイは腰に携えた剣をいつの間にか手に持ち、彼女たちに向けていた。
「副団長様……そ、その、あたしたち」
「あ”ぁ”?」
「す、すいませんでした」
ロイの怒気に一人が謝り残りの二人も続くように謝る。
「もうこんな事するんじゃねぇぞ。 次やってるところ見かけたらただじゃ置かないからな」
「ロイは音もなく窓からでもどこからでも神出鬼没に出てくるから、気をつけたほうが良いよ。 ね、ロイ」
ロイの言葉に、いたずらな顔で追随するラグナ。 そこ言葉にロイが肯定すると、3人は震え上がり、教会の中へと逃げていった。
その姿を見て「逃げ足だけははえーな」と逃げていった方向を見ながら笑うロイ。 ラグナも「そうだね」と笑って返す。
そんな笑い合ってる二人の光景を、見つめ勢いよく頭を下げるエレナ。
「ラグナ様、ロイ様。 今日は本当にありがとうございました! 私いつもこの顔のことで気味悪がられてて、いつもここにきて一人泣いてばかりいました。 でも、今日ラグナ様が優しく私に声をかけてくれて、私と友だちになりたいっていってくれて、私、ほんとに、ほんとに……ありがとうございました!」
涙を地面に滴らせながら、力強く頭を下げる。 二人はエレナの姿を見つめ、二人見つめ合い微笑む。
そして、ラグナは彼女の肩に手を添える。
「顔を上げて」
エレナは顔を上げラグナを見つめる。 その目はしっかりとラグナを見据えていた。
「これから、よろしくね。 あとこれ」
そういうと、さっきマヤからもらった『お熱まもりのすけ1.5』を手渡す。
「これは?」
「僕の先生が作った。 えっと、『お熱まもりのすけ1.5』っていうの」
「『お熱まもりのすけ1.5』?」
何を言ってるのかわからず、首を傾げるエレナ
「変な名前だよね。 これ、僕の先生が今日くれたんだけど。 授業が急遽できなくなったお詫びにって。 その道具、冷たいものでも温かいものでもをそのまま温度を保ってくれるんだって。 僕いつも部屋にいるから使い道なくてよかったら使ってよ」
「え、いいんですか」
「うん。 エレナに使ってほしい。 それに」
そう言うと、ラグナは階段を登り、手を大きく広げた。
「僕この庭が大好きなんだ。 いつも綺麗で澄んでて、こんなに綺麗に手入れしてくれる人はきっととてもきれいな人なんだろなって思ってたんだ。 そしたら、案の定、とても綺麗で素敵な人だった。 いつもありがとね」
その言葉に、『お熱まもりのすけ1.5』を握りしめながら「良かった。 本当に良かった」と涙していた。
(本当に私、今日泣いてばかりだな)
と、そんな自分に少し笑いそうになった。
「じゃあ、俺は仕事があるんでこれで。 エレナちゃん、またね」
「あ、はい、また……!」
ロイはエレナに小さな紙を渡すと、手を振りながら、教会とは反対方向へと歩いていく。
「ロイ、ありがとね」
ラグナのその言葉を背中で受けながら、右手を上げ答えた。 その姿に微笑を浮かべながら、頭を深々と下げるエレナのもとに向かう。
「そろそろ肌寒くなるし僕らもいこっか」
「はい!」
ラグナの言葉に、屈託のない満面の笑みでエレナは答えた。
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