最後の任務

 逃げたと思われるティロと第二王子を追いかけてリクとシャスタはコール村へ急行していた。何かと要領を得ないシャスタを前に、リクは話の方向性を変えることにした。


「それで俺たちが追っている第二王子っていうのはどんな奴なんだ?」


 リクは第二王子の特徴をシャスタに尋ねた。


「リィア国第二王子フォルス・リィア・ラコス。歳は12歳で熱心に親衛隊たちから剣技を習っていたそうです。第二王子以降だと軍事関係に興味が行きがちなんで、彼もそんなところだと思います。見た目はダイア・ラコスと同じ金髪です」


 第二王子が剣技を習っていた、という事実を思い出してシャスタは嫌な想像をした。


「あの剣技バカと変に意気投合なんかしなきゃいいんだけど……」

「ところで、お前がその逃げた男に執着する理由はなんだ?」


 リクが聞きそびれていたことを聞く。


「何でしょうね。俺自身もよくわからないんですけど、ただ一緒に育ってきたとかそういうものだけじゃない何かがあるんですよ」

「だからそれは何だって聞いているんじゃないか?」


 シャスタは考えながら話し始めた。


「さっきも言いましたけど、俺は聖名持ちです。だからうまく人と関われなくて、それで最終的に予備隊にぶち込まれたんです。もう何も信じられなくて、どうやって逃げ出すかしか考えていませんでした」


 リクも聖名持ちと呼ばれる者に出会ったことはあった。過激な革命思想に縛られているものもいたが、多くは過去に囚われた洗脳に近い革命思想から抜け出そうと必死になっていた。


「そんなとき、実力は俺より強いのに俺以上に何かに怯えているあいつに会ったんです。何だかそれを見て、他人事じゃないっていうか、初めて他人のことなのに自分のことみたいに考えることができたんです。だから、あいつが何か良くないことをするっていうなら、それは俺がよくないことをしているのと一緒なんです。流石に俺も、王子を誘拐なんてしたくない……」


 相変わらずシャスタの言うことはリクにはよくわからなかった。しかし、彼なりにこの現状を何とかしようとしていることだけはわかった。


「今でもどうしても人を信じられなくて咄嗟に嘘をつくほうが多いです。でも、リノンのことは本当なんです! 信じてください!」


 はっきりとリクの顔を見てシャスタは言ったが、またすぐ顔を伏せてしまった。


「よく考えると、こんな男と一緒になったらリノンが気の毒ですよね。彼女を不幸にする道しか見えない。やっとわかりました。夢見てたんです。俺もあいつと同じ、ろくでもない奴なんですよ」


 シャスタは自嘲気味に呟いた。


「普通に生きてみたかった……」


 そう零したシャスタを見て、リクは何とも言えぬ気持ちになった。


「まあ、何だ。世の中生きていれば取り返しがつかないこともあるが、取り返そうと努力することはできるからな。努力することのほうが大事だ」


 リクは思わずすっかり肩を落としているシャスタを慰めてしまったが、改めてこの男を娘の夫に、そして義理の息子として接することができるのかを考え込んでしまった。


「しょげている時間はないぞ、次の馬でおそらく山道まで行ける。そこから先は山登りだ」

「山登りなら任せてください、散々やらされたもので」

「予備隊でか?」

「それ以前から」


 リクは再びシャスタの境遇を想像し、心に寒風が吹いたような気分になった。


「それなら安心して任せられるな、奴の説得は頼んだぞ」


 シャスタは無言で次の馬の用意に行ってしまった。リクは反乱後のビスキ領のことよりも大きな課題を抱えてしまったと内心頭を抱えていた。


***


 コール村へ続く山道はかなり過酷であった。登っても登っても村は見えず、昼前に登り続けたが次第に辺りは暗くなり、険しい山道が余計二人を焦らせた。なんとかコール村にたどり着いた頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。山の夜道を駆け上がってきた二人は人影のない村に入った。


 慣れない山道を駆け上ってきたリクが村の入り口で倒れ込んだ。シャスタはそのまま

気持ちだけで一目散に関所を目掛けて村の中を走り抜けた。関所には一応夜番がいて、ランプの光の下でぼんやりしていたが息を切らせて走ってきたシャスタに驚いたようだった。


「すまないが、最近ここを男と子供の二人組が通らなかったか?」

「何だいこんな夜分に?」

「悪いが、急を要する話だ。二人組に限らないんだが、何か変わったことはなかったか?」

「変わったこと? 特に思い浮かばないな……」


 シャスタは内心で拳を握りしめた。まだティロがコール関所にたどり着いていないという希望が少しでも見えたが、別の関所へ向かっているという可能性も考えるとあまりいい情報でも無かった。


「ところで、あんたはどこから来たんだい?」

「リィアの首都からだ」


 この村までリィアが陥落したという情報はまだ伝わっていないはずだった。


「リィアからか……そう言えば」

「そう言えば?」

「昨日の夜、変な夢を見たな。前にリィアからここに来ていた奴なんだが……そいつが夢に出てきてな」

「夢だって?」


 シャスタの背中を嫌な予感が駆け抜けた。


「確か上級騎士になるってまたリィアに帰って行ったはずなんだが……昨日の夜急に目の前に現れたんだ。何しに来たんだって聞いたら、用事があるからここに立ち寄ったなんて言って、いい酒を持ってきたんだ。俺は勤務中だからいいって言ったんだが、夜番なら朝まで変わってやるって言うんで遠慮なく貰って……朝になったらそいつはいなくなってて。よく考えたら上級騎士がこんな山の中に戻ってくるはずないよなあって。酒もなくなってたから、随分変な夢を見たなあと思って……大丈夫かい?」


 夜番の兵士の話を聞きながら、シャスタの顔色はどんどん悪くなっていった。


「いや、大丈夫だ……急に悪かったな」

「本当に大丈夫か? 朝まで休んでいった方がいいんじゃないか?」

「こっちも急ぎなんでね……すぐに発たなきゃならない。引き続きの警戒よろしく頼む」

「ああ……あんた、もしかしてティロの知り合いかい?」


 兵士が背を向けたシャスタに尋ねると、力のない返事が返ってきた。


「知らないね、そんな奴……」


 肩を落としたシャスタは何とか立ち上がったリクと合流した。一刻も早くこの事態を報告しなければならないことと、この事実を報告したくない気持ちがせめぎ合っていた。リクもシャスタの顔を見て、最悪の事態を察した。


「顔見知りに酒に睡眠薬……あいつの考えそうなことではあるが、俺の知ってるあいつはそんなことをするような奴じゃなかった。一般兵になってから、あいつに一体何があったって言うんだ? あいつが生きていたってだけでも俺は嬉しいのに……一体どうしてこんなことを仕出かしたんだ?」


 何もかもがわからなかった。王子を誘拐する動機も、親衛隊を斬り捨てたことも、そもそも反乱軍へ入るために亡命した理由も、その反乱軍から一人離れて軍本部を燃やしたことも、シャスタには理解できなかった。そもそもシャスタにはティロが反リィアに傾く動機がわからなかった。


「畜生……畜生……」


 シャスタの肩は震えていた。しばらく黙って山道を下っていたが、急に力が抜けたのかシャスタは座り込んでしまった。


「友に裏切られたか。それがお前の報いだ。今まで他人を欺き続けてきたのなら、いつかはこうなる運命だったのだろうな」


 リクはシャスタの肩に手を置いた。


「さあ、帰るぞ。まずはリノンと話をしなければならない」


 リノンの名前を聞き、シャスタは声をあげて泣いた。その後すぐ立ち上がり、リクに支えられながら山道をひたすら下った。


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