動機の解明

「何かわかったか?」


 セイムから聴取を終えたシェールにシャイアが飛びついた。


「いえ、現状で有益なことは何も。それより、ひとつ尋ねたいことがあるんですけどよろしいですか?」

「答えられることなら何でも」

「エディアの災禍のことです。あれは本当に事故なんですか?」


 災禍と聞いて、シャイアの顔が固くなった。


「それを聞いて、君は何を知りたいんだ?」

「おかしいと思いませんか? この炎上騒ぎ、明らかに悪意ある放火じゃないですか」


 今回の炎上騒ぎで死傷者はかなりの数に上っていた。未明の出火ということもあり逃げ遅れた者も多く、中央の出入り口に外から鍵がかけられていてそこが激しく燃えた跡があった。逃げようと出入り口にやってきても逃げられず、しかもそこに激しく燃える何かがあったようだった。更に建物内にところどころ激しく燃えた跡があり、明らかに何者かが作為的に炎上させようとした跡が見られた。更に本部以外の建物にも延焼するよう燃料のようなものがかけられた跡も見つかった。


「それは皆が思っている。それと……災禍が関係あるのか!?」

「例のティロ・キアンなんですが、彼は自分を災禍孤児だと言っていました」


 エディアで災禍を経験しているはずのシャイアは、シェールの質問の意図を理解した。リィア軍は災禍の原因をエディア軍の火薬庫での不始末と断定していた。これを信じないのであれば、誰かが何らかの意図を持って港に爆発物を設置して港を壊滅させたということが推測された。


「奴が災禍孤児、か……しかし、これほどの放火をいつどうやって仕組んだんだ?」

「それはとっ捕まえてから吐かせましょう。ただ、この放火も奴の仕業だとするならどうします?」

「そうだな、少なくとも仕出かした事の次第の最低限の責任は取ってもらわないとな」


 シャイアもティロの心情に思い当たったのか、悔しそうな顔をした。災禍孤児であるティロがエディアの災禍の仕返しにリィア軍本部を燃やすということは動機として自然であった。しかし、いくら動機があったとしても故意に火を放って大勢の死者を出したことを不問にはできなかった。


「やっぱりそうなりますよね……」


 ふとシェールは「海に捨てて欲しい」と言った真意に思い当たった。彼は最初からリィアと心中する気で、後始末が望めそうなシェールに心境を零したのではないかという気がした。しかし、それを確認できるかどうかはコールへ向かったリクとシャスタ次第であった。


***


 おそらく逃げたと思われるティロを追いかけて、リクとシャスタはオルド領の関所までたどり着いていた。リィア国内の他領との関所は万が一リィア軍の抵抗が激しく本格的な戦争状態になったときに備えて全て解放されていた。もしティロがコールへ向かっていたなら、反乱と聞いてオルド領へ避難する人々の波に乗ってオルド領へ潜り込むことは容易だったことが推測された。


「俺やあいつだけならともかく、王子様を連れて難所の山道を簡単に登れるとは思えない。おそらくここでかなりの時間足止めされているはずだ。追いつくならそこの隙を突くしかない」


 第二王子の失踪は深夜の代表者会議の出席者以外には厳重に伏せられていた。失踪を手助けしたのがリィアの元上級騎士で直前に反リィア勢力に寝返ったというのも事の次第をややこしていくしている原因であり、それを公にできないという全員の意見は一致した。


「奴らが出奔したのが一昨日の夜中だとすると、丸一日の時間の差がある。馬を乗り捨てているだろうと思うが、果たして追いつくのか?」

「追いつけるかじゃない、追いつくんです」


 もしコール村で取り逃がした場合、それ以降の更に険しい山道を追いかけるなら大規模な捜索隊を出す必要があった。隣国へ捜索隊を派遣するということは第二王子の失踪を公表すると言うことに等しく、その事態だけは絶対に避けなければいけないことだった。


 行けるところまではリィアから軍用車を使い、オルド領から先は何頭か馬を乗り捨てることになる。コール村へ続く道は途中から非常に険しい山道になり、そこは馬を使えないために徒歩で山を登るしかない。


 コールに急行する中で、リクはサフィロを名乗っていたシャスタ・キアンという男について更に掘り下げようとしていた。長時間の早馬で疲れ切った二人は宿場で次の馬に乗る前に一息ついていた。


「実は、反リィアとして入ってきたお前を最初から疑っていた。お前の語る反リィア思想は実に立派なものだった。しかし、当のお前が反リィア思想を体現していなかった。どこかで革命思想にかぶれた勘違い野郎だと思っていたが……まさかリィアの特務だとはな」

「……どうせ俺は根っからの革命思想です。他人を信じるなんて甘いことを言っていたらぶん殴られるだけですから」

「いや、根本の革命思想の名誉を守るなら、それは聖獅子騎士団を中心にした過激派の言い分だ。聖名だって、子供を支配するための方便でしかない」

「それはわかってますよ。今なら、身に染みて」


 シャスタは昔の話をしようとしなかった。それどころか「聖獅子騎士団」の名前を聞くだけで辛そうな顔をした。リクもその過激派のやってきたことを噂程度の概要しか知らなかったが、その噂が本当であれば思い出すだけで辛いものがあることが察せられた。彼はそれ以上の過去を今は追求しないことにした。


「それで、本名はシャスタなのか?」

「多分、そうです。別の組織に潜入した時に別の名前を名乗ろうとしたけど、運悪く俺のことを知ってる奴がいた。俺のこと覚えていて、サフィロって呼ばれて……それで久しぶりに俺はサフィロになったんです」


 リクはそこまで聞くと、本題に入った。


「それで、俺の娘とはどういう関係なんだ?」


 シャスタの過去なんかよりもリクにとっては大事なことであった。


「リノンは俺のそばに一生いたいと言ってくれました」

「ふざけるな! なんで俺の娘をおいそれと、しかもリィアの特務にくれてやらなきゃならないんだ!」

「リノンは、多分父の許しは貰えないと言っていました。だから俺と一緒に全部を捨てて、どこかで一緒に暮らせればって、そう……」


 シャスタはやましいことでもあるのか、リクの目を見ることがなかった。


「またお前のデタラメなんじゃないだろうな!?」

「信じてください! 帰ったら、リノンから直接聞いてください!」


 俯いたままシャスタは叫んだ。


「リノンはとてもいい娘です! 発起人ライラも一緒にいたけど、俺は彼女しか目に入らなかった! いや、ライラもいい女ですよ!? でも、リノンは! こんな鼠みたいな奴でも優しくしてくれて、俺の話をしてもちゃんと受け止めてくれた!」

「発起人ライラとうちの娘を比べるな! うちの娘の方が……その……かわいいだろう!!」


 リクも負けじと大声を出す。


「だから初めてなんです、ちゃんと誰かと向き合いたいってこんなに思っているのは! 今まで女なんて嘘つくだけの生き物だって思ってました! でも、リノンは! リノンは……俺が聖名持ちだってわかっても、その、嫌な顔をしないって言うか、リィアの特務ってことも、その……」


 まるで要領を得ないシャスタにリクは呆れ返った。


「まあいい、この話は終わりそうにないな。とりあえず後回しにしよう」


 リノンの件への追求に区切りがついたことでシャスタは安堵した表情を見せた。


「それとな、そう言う話はちゃんと相手の顔を見て話せ」


 シャスタは一度だけリクの方を向いて、それからまた下を向いてしまった。

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