第5話 仲間
ライラ帰還
自称リィアで一番の剣士ティロの指導の下、若き精鋭たちは日々剣技を上達させていた。
「しかし、一体何者なんだあいつは……」
早朝、セイフとセラスは修練場の整備をしていた。
「リィア打倒の意志は明確らしいんですけどね」
セラスは連日の特訓で思ったことを兄に述べた。
「なんだ、もう不審者扱いはやめるのか……確かに、ここまでされると本当にリィアに敵対したいんだろうというのは感じるな」
「ここまでされると?」
セイフは率直にティロに対しての評価を語り始めた。
「本人の技量がすごいのは勿論なんだが、批評眼というか指導法もかなりすごいんだ。オルドの型も何故かある程度理解していたし、その上でかなり的確な助言をくれる。何だかんだでクライオの型もすぐに覚えてるし、みんな驚いているよ。剣技にだけは本当に真面目だな、あいつは」
それはセラスも個人特訓で感じていることだった。そして本人の技量と驚異的な批評眼を突きつけられる度に「何故少女を誘拐して亡命をする必要があったのか」が気になってしまう。
「あとは、ライラさんに聞くしかなさそうだね。あの人なら何か知ってるんだろうし」
「そうですけど……」
セラスは正直なところ、発起人ライラが苦手であった。その理由は様々あったが、生真面目なセラスからすると「自由奔放」という言葉が似合う彼女が何を考えているのかよくわからないところが一番相性が合わないというところであった。
(そういう意味でライラさんとあの人すごく似てるんだよな……)
捉えどころがなく何を言ってもふわふわとした返事しかしない、それでいてその後ろに何か重大なものがありそうという点でセラスの中のティロとライラは一致していた。それが何かと結びつきそうで結びつかないモヤモヤが日々セラスの中に溜まっていた。
(それにしても、あの人とライラさんって一体どうやって知り合ったんだろう……)
疑問は挙げればきりがないが、セラスがひとつ気になっていたのはティロとライラの接点であった。本来であれば首都防衛の任を授かった上級騎士などが反リィア勢力と接触するなど言語道断であった。しかもこの亡命自体、ティロとライラのかなり個人的な思惑によって実行されたものだとシェールから聞いていた。
(個人的な思惑って、やっぱりそういうことなんですかね……?)
最初こそ少女を誘拐してきた不審者という印象しかなかったが、真面目に稽古を続ければ続けるほどセラスのティロに関する評価は変わっていった。特に最初は剣の腕以外は下水の澱みのような後ろ暗い雰囲気のせいで気がつかなかったが、よく見ると誰もが振り返るような端正な顔立ちをしていた。
(ああどうしよう、早くあの人に勝たないと……)
これ以上知りたいような、何も知らないままでいたいようなもどかしい気分が一体何なのか、セラスは気にしないことにしていた。
***
その日の昼前、一台の大きな馬車が屋敷に到着した。中から現れたのはトライト家の女中セドナを名乗っていた赤い髪の女性であった。同行者と荷物を降ろしているところにセラスは駆けていった。
「ライラさん、一体どこに行ってたんですか?」
「ん? ちょっとビスキまで羽休めよ。お土産も買ってきたの」
赤い髪の女性――発起人ライラはセラスを見て微笑んだ。
「それよりあいつ大丈夫? 逃げてない?」
「なんで亡命してきた人が更に逃げるんですか……って、もしかして」
「どうしたの?」
セラスは焦りを隠さず打ち明けた。
「今朝からどこにも見当たらないんですよ。稽古にも来ないし……」
「ふぅん……そうね、あいつここに来てから1週間と少しだっけ? それなら、そろそろ頃合いかもね」
「頃合い?」
意味深なことを言うライラにセラスは不安になった。
「多分亡命してきてからは大はしゃぎだったと思うんだけど……見当はついてるから、着いてきて」
ライラはセラスを連れて屋敷の裏へ向かった。そこは裏庭と呼ぶには狭く、雑草が深く生い茂る場所であった。
「どうしてこんなところに?」
疑問に思うセラスを横に、その辺で拾った長い棒でライラは草むらを探った。手応えのあった場所の草をかき分けると、中に正体を失ったティロが倒れていた。セラスはぎくりとしたが、ライラは驚かずにティロの頭を雑に叩いた。数度頭を叩かれて、やっとティロは目を開けた。
「……なんだ、ライラか」
「何だじゃないでしょ、リィアを出たらちゃんと部屋で寝るって言ってたでしょ!」
草むらに座り直すと、ティロはライラから顔を反らした。
「だって俺の部屋レリミアいたし」
「変な言い訳しない! そうやって外で寝る口実作ってるだけでしょ!」
「どこで寝たって俺の勝手だろ」
「だけどほら、セラスちゃんびっくりしてるでしょ。いい加減人間の暮らしに戻りなさいよ」
「あーもう、うるさいな」
二人の言い合いの外で、セラスが目を丸くする。10人の精鋭たちを軽々と倒し、夜に本気で稽古をつけてくれたティロと目の前で土まみれになって子供のように拗ねてライラに口答えしているティロが一致しなかった。
「あの、ライラさん……これは」
「見ての通りよ。見てくれと剣技の腕以外は犬っころのゴミクズ以下なのよ、こいつ」
ライラの評にティロは猛然と立ち上がった。
「誰が犬っころだ! 犬はかわいいだろ!」
「ゴミクズの方は否定しないんですね……」
論点のずれた反論にセラスが呆れていると、ライラがティロを宥めに入った。
「それよりもあんたにもいいお土産持ってきたから、さっさとそのきったない服を着替えてきなさい」
「何だよ、別にいらねえよ土産なんて」
「まあまあそう言わずに」
ライラはティロの背中の土を払ってやり、建物の裏から連れ出した。ティロは何かぶつぶつ言いながら自室へ戻っていった。
「あの、ライラさん。あの人何なんですか?」
セラスはライラにここしばらくの疑問をぶつけた。
「ごめんねセラスちゃん、私もよくわからない」
意外な答えにセラスは面食らった。
「わからないのに、どうして亡命なんかさせたんですか? それにあの女の子は一体何なんですか?」
「それには本当に深い訳があるんだけど……私の口からは何とも言えないわね。ただひとつだけ言えるなら、あいつが可哀想だから、かな?」
ふとセラスは災禍孤児だと語ったティロを思い出した。いろんな話を整理すると、おそらくエディアで災禍にあった後から何かのショックで不眠症になったのだろうと推測ができた。その後何の因果か敵国であるリィア軍で剣を握っていた彼を思うと、「可哀想」とライラが評するのもわからなくもなかった。
「もしかしてリィア軍で何か問題を起こして逃げてきたとかそういうことなんですか?」
「ふふ、あながち間違ってないかもね。あいつ自身が問題だらけだから」
ライラは意味深なことを呟くと、セラスの元から立ち去った。
「何だ……やっぱりただの不審者じゃないの……」
セラスは誰にともなく呟いた。始まりはなくとも、終わりというのは来るのだと何故かセラスはしみじみと感じ入っていた。
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