剣を持つ理由

「あー、連日で本気出すと疲れるな。ここまで強い奴と撃ち合いするのも久しぶりだ」


 予備隊の話をして気分が重くなったセラスを慰めるためか、ティロはセラスの知らない型を多用してきた。その全てに対応するセラスをティロはますます気に入ったようだった。


「でも、リィアにはもっと強い人がいるのでは?」

「少なくとも上級騎士にはいないね。その上に行けばもうちょっと強い奴がゴロゴロいるのかもしれないけど」

「何故そう言い切れるんですか?」

「これは俺の持論なんだがな……剣技を極めたいと思ったときに一番大事なものって何だかわかるか?」


 いきなり始まったティロの謎かけにセラスは途端に笑顔になった。


「剣に命を預けること、ですよね?」

「……何で即答するんだよ」


 自説を語ろうとしたティロが肩透かしを食らったのをセラスは見抜いていた。


「『世界の剣豪列伝』デイノ・カランの章ですよ。『剣を極める者、まず己の命を剣に預けるべし』と」

「何でそんなの覚えてるんだよ」


 当然とばかりにセラスがまくし立てる。


「剣士の必読書じゃないですか。読んでないんですか?『世界の剣豪列伝』」

「そんな昔の爺さんたちの言葉なんか知ったって仕方ないだろ」


 ティロの気のない返答にセラスの語調が強くなった。


「何ですか!? 剣士の端くれとしてデイノ・カランを知らないんですか!? 災禍孤児ということは確かエディア出身ですよね!?」


 ティロはセラスから顔を反らし、何かを一生懸命思い出そうとしているようだった。


「えーと―……そう言えばいたかもしれないな」

「全くこれだから……いいですか、疾風の剣撃、カロル・バレット! 古の剣神、ロカ・シーカ! そして非業の剣聖、デイノ・カラン! 剣技を極める者として知らないといけない名前ばかりです!」


 スラスラと元気に伝説の剣豪の名前を述べだしたセラスを前に、ティロは呆れたように呟いた。


「……わかった、お前剣豪小説とか好きだろ」

「好きで何か不都合があるんですか! 剣豪小説、特に伝記小説は尊い歴史の結晶なんですよ! バカにしないでください!」

「バカにしてるつもりはないんだけどな……ところで、俺の持論の答えなんだが」


 何かを長く語りそうな勢いのセラスに、ティロは話の発端を思い出させる。


「そう言えばそんな話でしたね」

「俺の言いたいこともその爺さんたちの言いたいことと大体一緒だ。剣を持ったからにはその剣で死ぬ覚悟があるということ……そして同時にその剣で人を殺す覚悟があるということ。お前の剣にはいい覚悟がある」

「それは、褒めているんですか?」


 ティロが言いたいことをセラスはすぐには理解できなかった。


「いやな、俺もいろんな奴と手合わせしてきたけどお前くらいのいい覚悟した奴は滅多にいないと思った。技術とか経験なんて鍛錬次第で後からどうにでもついてくる。しかしこの覚悟って奴だけは鍛錬だけでどうにかなるものでもない……」


 ティロは話の続きを気まずそうに切り出した。


「オルドの件については、その……悪かったな。6年前だ、ここまで逃げてくるのも大変だったろう?」

「あなたにに何がわかるんですか!」

「簡単にわかるって言ってはいけないんだろうけど……俺だってエディアから逃げてきたんだ。少しくらい同情させてくれよ」


 セラスはティロがオルドを敗北に追いやった「死神」であったことを思い出したが、それと同時に災禍孤児として敗戦国の惨めさも痛いほど理解していることも思い出した。


「それは、そう、でしたね……ここに来れば何とかなると言われて、私は兄様と二人で逃げてきました」

「そうか……よく無事にここまで来れたな」

「無事なものですか。本当は、姉様も連れてきたかった」

「お前、兄しかいないんじゃなかったか?」


 ティロはセラスが5人兄妹の末っ子長女で、上が兄4人であったと語ったのを思い出した。


「姉様は私の二番目の兄の妻……つまり義姉です。そしてその義姉様の実の兄がシェール様」

「へぇ……つまり親戚ってわけか」

「そうですね、大方戦死か処刑されましたから残っている身内は本国に残してきた母様とセイフ兄様、後は一番上の兄様の奥様とシェール義兄様です。そして私は義姉様からあの人を守るよう言われて、ここまで来たんです。だから、この剣に預けている命は誰よりも重いんです」


 ティロはシェールとアルゲイオ兄妹の繋がり、そしてセラスの剣に込める覚悟を理解した気がした。そして「シェールは国王の隠し子」という背景があるのもただの噂ではないと察した。


「すごいな……本当に凄い騎士様じゃないか。リィアの連中に見せてやりたいぜ」


 セラスはこの話の発端が「リィアには強い剣士がいるか」という話だったのを思い出した。つまり、ティロは「セラスにはリィアの剣士が及ばないほどの覚悟を剣に込めている」と言いたいようだった。


「そんな大したものでもないと思うんですが。何かを守るために剣を持っているのが私たちの役目であるべきでしょう?」

「そうだな、そうあるべきなんだよな、本来はな……」


 急にティロが遠い目でセラスを見つめた。


「どうしたんですか、疲れたんですか?」

「いや、いいなあと思って……」

「何がです?」

「お前自身」


 表情を変えずに言い放ったティロに、セラスは硬直した。


「は?」


 セラスの様子を気にせず、ティロはその先を続ける。


「守るものがあるってやっぱり強いんだよな……って、どうしたんだ? もう終わりか?」

「終わりです! 終わり! もうおしまい!」


 何故か怒った様子で模擬刀を持って、セラスは屋敷へ戻ってしまった。


「何だよ……せっかくだからもっとやりたかったのにな……」


 ティロは夜空を見上げた。そして思い立ったように立ち上がると、屋敷とは反対方向に歩き出した。

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