<20・発見>

『どうするんですか、この状況。……おまじないやらなくても、おまじないをやった人の関係者は神隠しされるって方向に噂が変化してるんですけど』


 閃からメールでひとしきり情報を聴いた焔にできたことは、ありきたりな助言だけだった。


『わかってると思うが、この噂の“変化”でお前は一気に危険な立場になった。迎えに来るというのがお前の妹であっても、妹の姿をしたベツモノであっても関係ない。とにかく、攫われないように注意を払うしかないだろう。鏡、水面、硝子。とにかく、映りそうなものには万全の注意を払え。恐らく学校にいる時が一番危険だ』

『田中眞音ってひとは、学校じゃない場所で消えたって話でしたけど』

『そうだ、学校以外も安全ではなくなったということ。俺は、一刻も早く儀式を壊す方法と、黒幕の正体を突き止めることに全力を尽くす。危ないと思ったら即座に早退しろ、わかったな』


 今すぐ早退しろと言わなかったのは、学校の外も安全とは言い切れないからだった。何より、学校に行かなければ閃の方の調査が進まない。本人も、家に閉じこもって一人怯えているなんてまっぴらごめんだと言っていたから尚更だ。


『黒幕の正体は既にかなり絞り込めている。十年前の段階でこの学校に在籍していたということは、どう考えても生徒ではない。現在、教員として在籍している人間。それでいて、この学校に十年間、どこかしらで出入りしていた人間だ』

『十年前から勤務している先生か、職員の可能性が高いのか』

『もしくは、十年前の段階で生徒をしていて、今教員や職員をしているという人物だな。卒業後も、頻繁に部活のOBやOGとして出入りしていたというのなら繋がりは消えない。裏掲示板のアドレスも知っているだろうし、部活の後輩を通じて噂を流すことは可能だっただろう。いずれにせよ、教職員の中に黒幕がいる可能性は極めて高い、が』


 文字で名前を見るか、顔写真を見れば、犯人の手がかりが分かるかもしれない。そこで即座に閃に頼んで、教職員名簿を引っ張ってきて名前をかたっぱしから打ちこみ彼にメールをし、写真がある先生の画像を送るということをしてもらったわけだが。

 結果、見事に妨害を食らった。

 送られてきた写真もメール本文も、見事に文字化け&バグを起こしていたのである。

 これはその写真やメールの文章に、即座に焔の命を脅かしかねないものが含まれていたか――あるいは、力ある存在が焔に存在を気取られないように妨害してきたことを意味している。自分が“視える”存在に絞って防壁を貼ってきた、そういう認識ができて対処ができる人間――意図的に異界の力を借りて鬼を作り出した霊能者、鬼使いしか、あり得ない。


――だが、教職員名簿で妨害してきたということはつまり、あの学校の教員と職員の中に確実に黒幕が含まれているということ。そして、相手が俺の存在に気づいた可能性が高いということ……。


 猶予はない。

 鬼使いであるなら、鬼殺しである自分の存在そのものを先んじて知っていてもおかしくはないのだから。

 ゆえに焔は、閃に指示を出した。今までの経験上、鬼使いの扱う“鬼”は地方にあった別の伝承を元にしていたり、あるいかそこに祀られた宗教や神やアヤカシの類を変質させたものであることが多かったからだ。つまり、鬼使いは元々そういった地域の出身者であることが多いのである。


『十年前も教員だったとは限らないから、年齢が高い教職員で絞ることはできない。十年前は生徒だったかもしれないからな。ただ、そいつが地方出身者である可能性は、俺の経験上極めて高いと踏んでいる。よってお前は、教職員の中で地方出身者がいるかどうか探せ。具体的には、東京、神奈川、千葉、茨城、埼玉、大阪以外の出身者で絞れ。埼玉などの奥地という可能性もなくはないが、いったんその可能性は捨てる』

『わかった』

『最悪、今日の夜がお前のタイムリミットかもしれない。お前は友達が多そうだ、クラスメートや部活の仲間、誰でもいいから話が訊けるやるからは訊け、いいな?』

『ああ』


 そこまでやり取りをしたところで、メールが途絶えた。恐らくホームルームの時間になったのだろう。真面目そうな少年だ、授業中にスマホをいじるということは可能な限り避けたいタイプと見える。

 焔もスマホをスリープにすると――それをポケットにしまって、目の前の書架を見上げた。美園にもネットで調査をするようには言ってある。ここからはスピード勝負だ。一刻も早く鬼の正体と、黒幕の正体を突き止めて対処方法を探さなければ。

 ゆえに焔は今、学校近くの大きな図書館に来ているのである。

 なんだかんだで、図書館の古い文献や資料に重要な情報が眠っていることは少なくない。地方の因習や古い祭りの情報などは、どうしてもネットに上って来ないものが少なくないからである。


――俺に、もっと広く祓う力があれば。


 本棚に並ぶ背表紙を、ゆっくりと目で追っていく。


――俺は、視ることは得意でも、祓う力は弱い。犯人を、相手の弱点をピンポイントで見つけて壊すしかできない。


 もし、もっと強い力があれば、簡単に助けられたはずだった。

 閃のことも――薫も。

 中途半端な力を何度恨んだか知れない。視えるだけ、己が強制避難されるだけ。見ているだけで何もできない己を何度呪った事だろう。

 それでも己を責めただけでは、この先を変えていくことはできないから。未来を、そしてまさに今奪われようとしている命を救えないから。


――どれだけ無力でも足掻いてやる。一人のニンゲンなりの、全力で……!


 とっかかりはある。

 そもそもこの怪異の軸である“キズニ様”は、本来の名前ではないと思われるからだ。子供達は“絆”が訛ってキズニ様になったと考えていたようだが、絆という言葉と起きている実情を考えるとあまりにも似つかわしくないと言わざるを得ない。あるいは、絆、と言う言葉と別の言葉を混ぜて、キズニ様を形成した可能性がある。家族の絆や恋人との絆と言えば聞こえはいいが、“死者との絆=縁”と言った途端一気に不穏な響きに変わってくるからだ。

 ではキズニ様、の本来の名前は何であるのか?恐らくそれこそが、キズニ様、の元となる物語や神、アヤカシの名前とイコールであるはずだ。

 真っ先に焔の頭に思い浮かんだのは、“疵”の一文字だった。

 大石からのメールに違和感を感じた時、学校に行っておまじないの場所を“視た”時に浮かび上がってきた“疵”。そう、自分はソレを、獣の爪痕のようなものだと感じながらも、“傷”や“爪跡”より“疵”だと感じたのだ。

 傷と疵は、音は同じ“きず”でも違う。

 基本的には傷というものは生き物などの負う怪我を表すことが多く、疵は無機物につく罅割れやいたみを示すことが多いからである。今回の怪異は、閃の証言通りなら床や天井にも生き物にも“きず”を刻むものだ。どちらの“きず”である可能性も等しくあったはず。しかし焔はその字を脳内で真っ先に“疵”に変換していた。恐らくこれは偶然ではない。その文字に、大きな意味があるということの表れだ。

 ゆえに探すのは、この“疵”の文字を持つ“ナニカ”。

 それを内包する鬼を示すもの。


――このあたりの本か。


 残念ながら、民俗学関連の本に、疵の字を持つものは見つからなかった。ゆえに、地方の風習や古い祭、神などを特集した本や雑誌をかたっぱしから引っ張り出す作業になる。

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