8話 銀狼の誓い

「はぁ…」


稽古が終わり、水で濡らした手拭いで身体を拭く。


「どうした福沢。溜息が最近多くないか?」


「…そうか?」


福地桜痴。本名源一郎。

剣の道を共に歩んできた者だ。

やけに明るいお調子者である。


「嗚呼、3ヶ月前から少しずつ様子が変わっている。」


「…。」


「任務で何かあったのか?」


3ヶ月前。忘れる訳が無い。

其処から可笑しくなっているだと?

自分はどうかしてるんじゃあ無いか…?


否、源一郎だからこそ判ったのか。

苦笑する。


「よく判ったな。」


「そりゃあ判るわ!」


「そうか。」


「それで、何があったんだ?」


彼になら、話して良いのだろうか。

自分が任務に背いて元凶となっていた者を生かした事。

命令に従わず、彼女をこれからも庇い続けようとしている事。

云って良いのか。


「…そんなに云いづらい事なのか。」


「嗚呼」


「ぬぅ。そんな秘密を持つとは思っても居なかったな。」


「…俺自身も驚いている。」


「ふむ…まぁいつか話す気にでもなったら教えてくれ。」


「嗚呼。わかった。」


「あ、そこまで云えないという事は、真逆貴様愛人でも出来たのかぁ⁉︎」


ニヤニヤしながら肩を組んでくる。


「そんなわけ無いだろう。俺に愛人が出来るなぞ、有り得ん。」


「何だ、詰まらんな。」


「事実だ。」


想像もしなかった。


誰かの為を思い、隠して、

誰かの為を思い、行動し、

誰かの為を思い、慕う。


自分がこんな人間らしく生きるなんて。


稽古を再開しようと竹刀を取りに行く。


「ぬ…?」


竹刀に違和感を感じた。重心が低い。

他人の竹刀かと疑ったが、柄に福沢諭吉と書いてある。間違えようが無い。


「中に何か入っているのか…?」


竹刀を解体する。

其処には重りをつけた一枚の紙片があった。

書かれている内容を読む。

そのメモにはこう書かれていた。


“彼女が1人で起立した

          森“


「本当か…⁉︎」


3ヶ月。

1人で何も出来なかった彼女が、起立ができるようになった。

こんなに嬉しいとは自分でも思わなかった。


僅かな、小さな事に必死に取り組む信夫。

そして何かできるたびに小さく笑う姿が愛しかった。彼女と話していると、自分が普通の人で居れるようで、心地良かった。


自然と笑みが浮かぶ。


紙片を懐に入れ竹刀を元に戻し、稽古を始める。


彼女を何時も自分が守れる様に。

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