(幕間) 夜会の小鳥 〇二
ランキングハイで思わず書いた話の続きとなります……少し粗めですが読んでいただけますと幸いです。
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「これはこれは美しい……
「あ、ありがとうございます……それではわたくしはこれにて」
非常に多くの数……とまでは行かないが六組目くらいの夜会へと参加した貴族男性との会話に疲れたわたくしは、軽く頭を下げてその場を離れていく。
喉が渇いた……流石にお酒は飲むわけにも行かないので、果実を絞ったジュースかお茶を飲みたいところだけど……と辺りを見回すが、それに気がついたのか執事風の格好をした中年の男性が高価そうなグラスに入った飲み物を手に近付いてくる。
「どうぞ、こちらミケラの実を絞ったジュースにございます」
「感謝いたしますわ、あの……」
「わたくしコッツ子爵家に仕えておりますロランと申します、シャルロッタ様のお役に立てて光栄でございます」
「ありがとうございますロラン様、いただきますわ」
受け取ったグラスに入ったジュースは淡いオレンジ色をしており、酸味のある匂いがフルーティな味を想像させてくれ、まだ口に含んでいないのに味覚を刺激してくる。
彼はそっと頭を下げるとその場を離れていく……わたくしはそのジュースを軽く口に含むが、予想通りこれはいわゆるオレンジに近い味だな。
一息ついたところで、私が周りの様子を確認すると、私を見て声をかけたそうにしている貴族もいるにはいるが、一応私から声をかける素振りを見せなければ大人しく黙っていてくれるようだ。
『……害意は感じませんよ、別の意味で悪意を感じるものはいるにはいますが』
脳内にユルの声が響く、害意がないということは特に危険が差し迫っているわけではないのだな……多分前々世におけるライトノベルの読みすぎで、わたくしは夜会で起きる事件! とか夜会で行われる陰謀! とか起きるんじゃないかと心配してたりもするのだが、よく考えてみればここはインテリペリ辺境伯領である。
辺境伯の権力は非常に大きく、イングウェイ王国の国境付近の領土とはいえ面積は非常に大きく、一つの国家として運営されていてもおかしくないレベルの規模だ。
そこの令嬢に危害を加えようなんてとんでもないことが起きてたまるわけがない……それはそうと悪意って何?
『シャルの臀部などを良からぬ想いで眺めている男性が数名おりました、ドレスがピッタリすぎるようです』
……聞かなきゃよかった……確かに視線は感じてたけど、よりにもよってそこか、とげっそりした気分になったわたくしは黙って壁側へと移動すると、そこに置かれていた椅子へと腰を下ろして不埒者の視線を遮ることにする。
残念ながらそういう手合いはこの世界にも存在するし、わたくしの体型は一〇歳というにはそれなりに整っているから、こういうドレスを着用すればそういう輩に良からぬ想いを抱かせるように見えてしまうのだろうなとは思う。
しかしたった一〇歳の少女だぞ? いくらなんでもねえ……? いやいやまさかイングウェイ王国の貴族がそんな趣味なんか……そこまで考えて薄寒くなる。
『……お仕置きはしますか?』
やめておこう……夜会、しかもインテリペリ辺境伯領の傘下貴族の邸宅で何か起こしてしまったらケチがつく可能性もあるわけだし、わたくしとしても下手な噂話を立てて欲しくない、と思っているのだから。
そんなことを考えながら会場をぼうっと眺めてみる……貴族社会というのは実に窮屈だ、前世の勇者ラインであった頃平民出身だったわたくしは貴族社会に生まれていればもっと恵まれた生活が送れるのではないか……とやっかみに近い感情を抱いたことがある。
『そんな楽な生活じゃないよ、面倒なことも多いのさ』
旅の仲間だった女騎士は貴族……とはいえ男爵家だとかで、戦場や冒険者になって生計を立てるしかないんだ、と話していたっけ。
焚き火を見ながら少し寂しそうな表情を浮かべる彼女にかける言葉が思い当たらず、そのまま黙ってしまったのだけど今のわたくしであればその言葉に対する答えが出せたのではないだろうか?
「あっ……」
思考の海に沈み込んでいたわたくしは何かがパシャリ、とかかったことでうっかり警戒を解いていたことに今更ながら気がついた。
わざわざ本日のために用意していたドレスに何かお酒の様なものが多少ついてしまったようで、じわりと濡れた感覚を腿に伝えてくる。
うわ……と思って顔を上げると、そこには見慣れない風体の男性……くすんだ金髪に少し濁った茶色の瞳を持った男性が少し赤い顔、これは酔いで赤くなっている様だが、私を見て呆然とした表情でグラスを片手に立っていた。
「……た、大変失礼を……レディ……ええと……」
「い、いえいえ……気にしておりませんわ、ただ洗い流したいので失礼いたしますわ」
「あー、それには及びません……俺がご案内しますね」
すぐに立ち上がってその場を離れようとすると、その男性はわたくしの手を掴むとぐいっと引っ張る……ずいぶん強い力だが、私が本気を出せばすぐに振り払えるだろうが、一応か弱い淑女を演じなければいけないためわたくしは手を引かれるがままにその男性について歩いていく。
うーん、下手に振り解くとなあ……見た感じ男性は三〇代中盤くらいだろうか、ぱっと見どう見ても貴族には見えず、どことなく違う匂いを纏っている様にすら感じる。
これって……もしかして何かされる流れなのでは……会場を出てお手洗い場に向かっていく人気のない廊下まで引っ張られてからわたくしはその男性に声をかけた。
「あ、あの……大丈夫ですわ、わたくし一人で……」
「……大丈夫じゃねえんだよ、なあ?
振り返った男性の目に殺気が宿っていることに気がつき、驚きで目を見開いてしまう……違う匂いと思っていたのは、裏稼業特有の不気味な殺気か?! わたくしは咄嗟に彼の手を振り払うと、急いで後ろへと下がろうとするが……今夜はかなり高いヒールを履いていたため、バランスを崩してヨタヨタとたたらを踏んでしまう。
その隙を逃さずに、男はいつの間にか手に持った
「あ、いたっ……」
「クハハ……アンタに生きてて貰っちゃ困る人がいるんだとさ……悪いけどここでご退場願うんだぜ」
「……わ、わたくしに何かあったら我が家は許しませんよ?!」
「誰も気が付かねえさ……これだけ大騒ぎしても誰も来ねえの気がついてるか?」
た、確かに……結構なもの音を立てているにもかかわらず、こちらへと様子を見にくるような動きが全くない……結界魔法で音をかき消しているのか、この男かなりの実力者だ。
結界魔法だけじゃない、わたくしが思考の海に沈んでいる間に、周囲に認識阻害の魔法でもかけていたのだろう……この夜会の中でわたくしを簡単に連れ出すなど常人にはできるわけがないのだから。
だが、彼は一つだけ完全に勘違いをしていることがある……わたくしは怯えたような表情を浮かべながら必死に後ずさる……今は少し時間をかけたほうがいい。
「……わ、わたくしをどうするというのですか?」
「クハッ……いいねえ、コッツ子爵の夜会で事件が起きれば得をする偉い人がいるってことさ」
ああ、文官としてインテリペリ辺境伯領の財務を担っているコッツ子爵は清廉潔白な人格で知られており、彼の失点となる様な事件、事故が起きればその後任に別の貴族が担当することになるのだろう。
元々コッツ子爵と仲が悪くて財務関連を担当しており、あまり評判の良くない貴族が裏で手を引いていそうな気がするな、少し調べなきゃダメか。
わたくしはそれまでの表情から一転してにっこりと微笑むと、目の前の男性は急に表情を変えたわたくしに困惑したのか眉を顰める。
「……大体理解しましたわ……で、結界魔法をかけたのは逆に失点ですわね?」
「……は? 何を……」
「だってあなたの悲鳴が皆様に届きませんもの」
次の瞬間、男性の背後にぬるり、と黒く巨大な影が姿を表す……男性の表情が変わり慌てて背後を振り返るが、そこにはその巨体を現し腕を振り下ろそうとするユルの姿が見えたはずだ。
悲鳴をあげる間もなく、男性はドシャリと廊下に倒れ……影の中へと沈んでいく、
「良い子、直接わたくしを狙ってくるなんて度胸のある男性だったわね」
「……どうします?」
「今は何も手出しできないわ、まずは調べるだけよ」
わたくしはユルの頭をそっと撫でると、彼は黙って気持ちよさそうな表情を浮かべた後ゆっくりと影の中へと戻っていく……そう、今は何もする気はないが、直接わたくしを狙ってきた貴族家のことを調べ上げて……領内でインテリペリ辺境伯家へ害意を持つ貴族たちを炙り出さねばならない。
これから少し忙しくなるかもな……私は影の中へと消えていくユルを見ながらパチン、と指を鳴らす……途端に夜会の喧騒が廊下にも伝わってくるのが聞こえた。
わたくしは妖しく微笑むと独り言を呟いてから歩き出す……宣戦布告されて黙っているほどわたくしはお淑やかではないのだから。
「じゃ、お手洗いに行って帰りましょうかね……これから忙しくなりますわよ」
——インテリペリ辺境伯領、コッツ子爵所領アンペルの衛兵詰所の記録。
⚪︎月×日、身元不明の変死体が街の外縁部で発見された、頭は完全に潰されており魔獣による攻撃で即死したと考えられる……遺体を共同墓地へと埋葬する許可を得たい……アーウィン・コッツ子爵によりこれを承認。
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