第12話 凄腕の剣士だろ!…だけどな(ジール)

「どうした、グリュー。なんか景気の悪い顔しているな」


 グリューがアシアナちゃんと一緒に呑んでるから、俺もそこに邪魔してやることにした。

 まだ店は混んでるし、独り者がカウンターに並ぶのはよくあることだ。

 アシアナちゃんの隣でもいいんだが、なんとなく気後れしてグリューの右隣に座った。


「ジールさん、こんばんは」

「おう、アシアナちゃん、相変わらず綺麗だな」

「はいはい。ジールさんのお世辞は聞き飽きましたよ」

「女の人に会って綺麗だなって思ったら綺麗だと誉めるのが男の義務だと教育されたんでね」


 教育したのは俺の親父だ。

 なんか親父が近所の小母様方に評判が良くて、子供の頃から俺は散歩するだけでお菓子やら果物やらを「持っていきな!」「お父さんによろしくね!」という言葉とともに頂戴していた。

 まぁ、子供の俺が言うのもなんだが、親父は渋い背の高いかっこいい親父だったからな。とはいえ村には(俺の目線で)かっこいい親父はいっぱいいたんだが、親父だけが妙に小母様方の受けがいい。


『なんで、お父さんはそんなにいろんな人に好かれてるの?』


 何気なく聞いた子供の頃の俺に親父が教えたのが先の一言だ。

 綺麗と思ったら綺麗という。それだけで世界は平和になるんだそうだ。実際、綺麗と思うときは「綺麗だな」といい、疲れてそうなときは「大丈夫か」と声をかけ、また元気になったら「美人が元気にしていると華やぐな」と誉める。これだけで人生はずいぶん楽になった気がする。

 その代わりに本当に好きになった子になかなか本気にしてもらえなかったのは苦い思い出だ。


「で、グリューは何でそんな苦虫をかみつぶしたような顔をしてるんだ?」

「いや、カイが来たときのこと思い出してたら、翌日の筋肉痛と二日酔いがひどかったなと」

「ああ、あのときのことか。カイが来たときは一種のお祭り騒ぎみたいになったからな。肉祭りだったし」

「そうね。お祭りみたいになったわね」


 なるほどな。あの日のことを酒のつまみにしながら呑んでいたのか。そりゃ、あの二日酔いを思い出したら、酒もまずくなるな。

 カイが来た日はもうみんなくたくたになるまで働いて、普段ならただ塩とかタレをかけただけの肉は許せなさそうなダンダさんも祭りの時に使うようなでかい網とかでかい鉄板とかあと塩と何種類かのタレを出してきて、好きに焼け!とか行って、料理作るの放棄してたからな。

 あの日は商隊とか旅人とかもいなかったし、宿は休業状態だったから、そんなことも出来たんだろう。そう言いつつも、村になれていないカイの分だけはダンダさんが焼いて野菜も用意して食わせてたみたいだけどな。

 みんな狩人組合からその場で肉を買って、肉を焼いてたし、アシアナちゃんも肉がだめになる前に、って言って激安でたたき売ってたからな。それでも俺とグリューの報酬はめちゃめちゃ良かったし、俺らが二割ってことはカイはその四倍儲けたんだろう。あまりのお祭り騒ぎに目を白黒させながらも、村に来たばかりの挨拶代わりと言って、タル一杯分みんなに奢ってたし。あれで一気にカイのことをみんなが認識したんだよな。大したもんだ。


「カイが酒樽一つ分振る舞ってくれたし、あれはうまかったな」

「そうだな。人の金で呑む酒はうめえ」

「あきれた」


 グリューはちょっと本音で話しすぎだな。もう酔ってるのか?

 しかし、カイが来た日か。あの日はあの日でお祭り騒ぎだったけど…。


「俺としてはカイが来た日の翌日の方が印象深いな」

「ジールその話何回目だ?」

「そうよ、そうよ。でもそれだけジールさんには印象深かったってことよね。印象深いと言えばこの前ノンナさんがね…」


 グリューとアシアナちゃんに話をぶった切られてしまった。確かにこの話を俺から二人に何度もしたからな。

 二人は別の話で盛り上がり始めたけど、俺にはあまり関係の無い話だった。

 カイが来た翌日は本当にすごかったんだけどな。


 カイが来た翌日グリューは二日酔いと筋肉痛で動けないと言っていた。グリューも三十路になってから少しだけ体力が落ちたと言っていたからな。ただ、長年冒険者をやっているだけあって、ちょっとした作業のこつなんかをつかんでいるから、イケーブスの冒険者の中では凄腕の評判を維持している。

 ドリンは前日に引き続き畑の水門の修理手伝いだ。この時期急な雨が降ることがあるので、水門のチェックの依頼がこまめに発生する。一昨日、ドリンが動きが渋いところを見つけて、昨日も今日も修理をしている。幸いここ数日晴れているからいいが、明日にでも雨が降ってもおかしくない。だから水門の修理は緊急依頼になって、ドリンはそれをせっせとこなしている。早く修理が上がると特別報酬も出るみたいで、うまいことやれてるみたいだ。

 いつも一緒の二人がいないとなると、俺も暇になっちまう。とりあえず、冒険者ギルドに行って、いつものようにおいしい依頼を探すか…


 そんな風に思って冒険者ギルドに行くと、狩人組合側の受付の方にカイが来ていた。ちょっと気になって昨日と同じように耳を傾けていると、家の話をしているらしい。

 狩人を募集するのに当たって、村長が狩人用の家を考えているのは俺も知っている。ただ、村長が見極めてから家を引き渡すことになっていて、村長は明日までイケーブエの村長に会いに行っているはずだ。街道の平原が草原になりつつあるので、イケーブエ方面はイケーブエに協力をもらえないかを確認に行っているはず。ケーブの領主からの協力依頼もあるので、村と村の中間地点まではイケーブエの方で面倒見てくれるはず。その先も場合によっては手伝ってもらえるかもしれないし。大事な交渉だ。

 まあ、カイには気の毒だが、もう一晩、樹木と暖炉亭に宿泊してもらうしかないな。


「あと、組合への納品のことなんですが」

「あ、カイさんは緑ランクなので月に一回ぐらいポツポツ納品してくれれば大丈夫ですよ」

「え?」

「あの大量納品で本当は赤ランクにしてあげたいぐらいなんですけどね。一応規則で一年間見ることになってるんですよ。特に冬もちゃんと狩れるかどうかがポイントですね」


 ま、そりゃそうだろうな。

 狩人だって毎日狩りに出られるわけじゃない。雨の日もあるし、狩りに行っても何も獲物が獲れない日だってある。だから狩人組合の初心者の納品ノルマは鳥やうさぎだとして月に1匹ぐらい獲物が納品できればいいはず。それを一年続ければいいだけだが、昨日は桁違いの納品しているし、熊はもう緑ランクの狩人の成果じゃないはずだ。

 なお、狩人のノルマは役立つ動物に対してなので、オオカミは狩人組合では精算してくれない。獲物を横取りするオオカミの駆除は金にならないけど必要という認識で実施される。農家が麦や野菜を納品できるけど、その麦や野菜を育てるための病害虫対策とか肥料とかは必要経費。オオカミも似たような扱いになる。

 ただ、あまりにも数が多くて危険になると狩人組合ではなくて冒険者ギルドから安全確保のために討伐依頼が出て、その場合は冒険者ギルドから報酬が出る。昨日の案件も俺らが絡んでいたから冒険者ギルド案件にしてくれているはずだ。俺たちの協力者扱いだな。


「あと、昨日も言いましたけど、今日と明日、狩りはお休みでお願いしますね」

「あの、俺、武器をそろえたりしたいので、何か仕事したいんですけど、今日と明日何か出来ることはありませんか?」

「そうね。ちょっと待ってね。薬草採取なんてどう?狩人の人も狩りのついでに取ってくるので狩人組合でも購入額が決まっていて買い取れるのよ」

「あ、そういえばそうでしたね。草刈りもしたかったので、ついでに探してきます」


 お、これは意外といい話してるんじゃないか?カイが一緒ならオオカミが出ても退治してもらえるし。狩りは駄目でも、身を守るために倒すのは良いはずだからな。


「すまん。その薬草取り、俺も参加していいか?」

「ジールさん?でも、俺先に資料室で調べてから行きたいんですけど」

「何が取れるか調べるってか?そんなん、俺が教えてやるって。アシアナちゃん、薬草取ってる最中にオオカミに襲われそうになったら、それは倒してもいいんだろ?狩りは駄目って言っても」

「はい。もちろんです。きつねとかオオカミとか噛みついてきそうな動物や危険性の高い熊やイノシシに対して、身を守るのは当たり前なので」

「了解。しかし、アシアナちゃんは今日も綺麗だね。今日も輝いてるな」

「はいはい」


 いつものやりとりを済ませつつ、念のために魔法の台車を1台だけ貸してもらう。対象は熊、イノシシ、オオカミ、きつねにして、襲われたときのみ退治することで合意。昨日みたいにオオカミの群れの始末をせっせとするのはもうごめんだ。昨日の感じだと出てくるとしたらオオカミだと思うし。


「じゃあ、行ってくらー」

「行ってきます」

「はい。お二人とも気をつけてくださいね」


 アシアナちゃんに手を振って、いざ、昨日の草原へ。

 今日は弓は持ってないらしい。遠くの獲物を狩るんじゃなくて近くに寄ってきた危険な動物だけを討つから、剣の方が使いやすいそうだ。

 そういえば矢筒の謎聞けてねぇ。


「なあ、カイ」

「はい?」

「なんかお前の矢筒変じゃね?」

「変ですか?」

「お前、狩人組合に来たときに矢筒背負ってなかったよな。で、そのまま、俺たちと狩りに行ったじゃん?で、ふと見たら矢筒持っててさ。あれどっから出した?」

「…」


 なんかうつむいてるけど、汗かいてないか?

 あーなんか内緒なんだな。隠さないといけない何かなんだな。本当は内緒なんだけどうっかり見せちゃったんだな。そうかあ。やらかしたのか。

 思わずニヤニヤしてしまった。


「マントの下に隠してたんですよ」

「そうか。マントの下に持ってたんだな。そうか、そうか」


 これ、どこかで警告してあげるべきか?

 東の開拓地と言えば、有名な霧に包まれた隠れ里があって、そこの住人は一癖も二癖もあるって聞いたことがある。中には魔法が使える奴もいるらしいって噂で聞いたことがあるが、魔法が使える奴はすぐに町とか迷宮都市に連れて行かれて働かされるらしいし、隠してる奴も多いって聞いてる。

 多分、収納魔法なんだろうな。本人が使えるのか、背負い袋についている機能なのかわからないが、迷宮都市産の収納機能付きの背負い袋なんてあったら、誰かに狙われて奪われてもおかしくないし、収納魔法持ちなら本人が狙われる。

 危ういな、こいつ。イメルダの姐さんももうちょっと常識を教えてやりゃあいいのに。

 あれか?イメルダと村長のダリルさんはダンジョン仲間だって聞いたことがあるから、ダリルさんにしつけをお願いしてるんだろうか。

 これはこの村に来る前にイケーブフとかでもやらかしているんじゃなかろうか。


「カイ、イメルダに一年ぐらい一緒の隊商で暮らさないかって言われなかったか?」


 そういうとカイは驚いたような顔をして


「すごいですね。言われました。どうしてわかったんですか?」


 と聞き返してきた。

 いや、こんな危うい坊主を一人で旅させるにはイメルダは人情がありすぎるから、というかこんな坊主、一人にさせるの危なすぎるだろう。

 あとでアシアナちゃんに確認するか。手紙になんか書いてあったんじゃないか?


「いや、イメルダの姐さんは人情に厚い人だから、成人したばかりの青年を一人で旅立たせるなんてしなさそうだからさ」

「そうですね。イメルダさんは世話好きのいい人だと思います。だから、一年ぐらい一緒に隊商で過ごさないかって言われました。俺、田舎育ちだから世間を知らなすぎるって」

「…そうかあ」


 だよなああああ。

 イメルダさん!なんでこんな素直で世間知らずな坊主を一人で旅立たせたんだ!!

 そりゃ狩人としての腕は大したもんだと思うよ。

 今イケーブスに一番欲しい人材だよ。そこは間違いない。

 間違いないからって、こんな坊主、危なっかすぎて目が離せないぞ!

 いや、隊商にふん縛っておけよ!まじで!


 決めた!今日一日でぼろ出させる。それで、ちょっと思い知らせる!

 まずは収納魔法だか、収納袋だか知らんが、もっていることをばらさせて説教だ!



 いつものように元平原という名の草っ原にやってくる。

 まずは街道に大きな布を引く。


「この辺りは元々平原で、生えている草はほぼ雑草だ。特にこの背の高いキツネノセノビはこのふさふさしたところから種がばらまかれてはびこりやすいので、すぐ抜いて燃やす。あと、そっちの緑の葉っぱの草、ムシノヤドリバって俺たちは呼んでいるが、それも雑草。まずはこの二種類を抜いて視界を確保する。刈るとすぐに生えてくるから、草刈りじゃなくて、草抜き。種が街道に落ちると厄介だからこの布の上の置くこと。この布は迷宮産の魔法布で草を置いたら勝手に燃やしてくれる。だからまずはこの二種類をせっせと抜いてここに。それ以外の草が出てきたら声かけて。教えるから」

「わかりました」


 最初は街道沿いから二人でせっせと抜いては街道側の布の上に置いていく。

 雑草は根を張りやすいけど、この二種類は比較的抜きやすい。根が広がるときに土を軟らかくしてくれるから、未開地だと最初にこの草をばらまいて土を軟らかくすることもあるらしい。


「そういえば、カイはどっから来たんだ?」

「イケーブラの東開拓地ですよ」

「じゃあ、この草はよく見るんじゃないか?土を軟らかくしてくれるから、開拓地で最初に植えることもあるってきいたが」

「いえ、うちの里では使ってなかったですね」

「そうなんか?」

「はい。こちらの村では使ってるんですか?」

「畑を拡張するときとかは使ってるらしいな。今度農家の手伝いとか行ってみたらどうだ?」

「…俺、冒険者じゃなくて狩人なんですけど」

「おう、そうか。そうだったな」


 そんな雑談をしながらひたすら草を抜いていく。

 この雑草があるところでは栄養を雑草に取られてほとんど薬草が育たないんだよな。薬師ももうちょっと雑草抜けばいいのに。


「ジールさん、この赤い草なんでしょう?」

「お!コナニ草じゃん。ラッキー。それ虫除けだぞ。とりあえず葉っぱを一枚むしって腰につけとけ。あと俺にも一枚くれ。残りは袋に入れておくと次回使えるぞ。今日は一枚で大丈夫だ」

「わかりました」


 カイはコナニ草を抜いて一枚葉っぱをむしって腰のベルトに差し込んだ後、俺に一枚くれた。そしてコナニ草を大事そうに袋に入れていた。


「コナニ草はよく見かけるからそんなに大事にしなくてもいいぞ。大事にした方がいい草は教えてやるからな」

「はい」


 その後は黙々と黙々と草を抜いていく。

 時々野ねずみが足下を走って行くが、今日は狩りをしない日なので我慢我慢。


 徐々に草を抜いた範囲が広がってきて、街道まで戻るのが大変になってきたので、一度街道の上で草が燃え尽きるまで待って、魔法の布を草原から平原になってきた地面の上に置く。これでまた少し効率が上がった。

 時々、ルドラ草とココナ草が見つかったが、これはカイも知っていたらしく、何も聞かずに収納袋に入れていた。十本セットなこともイメルダに聞いていたらしい。器用に束を作っている。


 街道沿いの草をかなり抜いて、草原からオオカミが飛び出てきてもとっさに手持ちの荷物なんかで受けられるんじゃないかと思う程度に奥まで進んだら、今後は少しずつ森の方へ向かって行く道に沿って草原を入っていく。以前あった森への道が草で覆われているので、今度はその道を確保だ。こっちの道もオオカミが飛び出してきたときに視界が確保できる程度には幅広にしておきたい。

 そうやって作業をしていると、カイが手を止めた。


「どうした?」

「いや、あのあたりにうさぎが集まってきたなと思って」

「今日は駄目だぞ」


 そう言いつつ俺も気配を探る。


「いえ、あれだけいると、あそこにオオカミが来そうだなと思って」


 なるほど。確かにうさぎ密集地域が出来ているな。

 村から出た道の右手の草原の草を刈り続けて、ある程度刈ったところで、右手の森の方に向かっていく道を綺麗にしていたから、その二つの道に囲まれたエリアでうさぎが固まっている場所がある。

 そのそばにオオカミの気配もあるな。風下からうさぎを追い立てようとしているのか?

 ん?この風向きだと…


「オオカミが風下からうさぎを追い立てたら、うさぎこっちに来そうですよね。そしたら、オオカミこっちに来そうな気がしませんか?」

「そうだな」

「もうちょっとこの辺りの草抜きますか…」


 そう言ってカイは急いで自分の前の草を抜いて空間を広げ始めた。


「ジールさん、後ろ側お願いしてもいいですか?」

「お、おう」


 俺も距離を稼ぐのをやめて、この周辺を丸く広げるように草を抜いていく。

 そうして、道も含めて少し広めのエリアが確保できたとき


「来た」


 とカイが言った途端にカイのほうからうさぎが跳びだしてきた。

 カイは剣の柄を握って、俺の方に少し下がってくる。


「ジールさん、オオカミは幸い一頭みたいです。ただ、うさぎが気づくのが早くて、うさぎの方が早く抜けそうで、ここまで来ます」


 そう言っている間もうさぎが二頭、三頭、四頭、…と俺たちの横を駆けて後ろの草原に突っ込んでいく。

 もうオオカミはすぐそこ。


 と思った瞬間、光が走って、キン、という音がした。そしてドサッという音とともに、草原から姿を見せると同時に倒れたオオカミがそこにいた。

 一撃だった。

 何も見えない早業だった。

 いつ構えたのかすらわからなかった。カイはゆったりと剣の柄に手を置いているだけだったのに。

 そして、オオカミが魔法の台車の方にふわふわと飛んでいくのを見て、カイはゆっくりと構えを解いた。


「うん。一頭だけですね」


 マジかよ、こいつ。と思った瞬間に手が出て、思いっきりカイの背中を叩いてた。


 バシッ

「いた!」

「お前、すげえな!!なんだ今の!どうやったんだ!まったく見えなかったぞ!剣か?剣だよな?」

「剣ですよ。というか、背中めっちゃ痛いんですけど!」

「なんだよ!すげえのに筋肉少ないんじゃねぇか?ちゃんと食ってるか?」

「ちゃんと食ってますよ!」

「いやあ、お前たいしたもんだ。イメルダさんが推薦してくるのわかったわ。昨日、熊とやってたときよりすごかったんじゃないか?」

「俺、抜剣のときが一番剣速早いので」

「すげえなあ、まだ若いのに。いやあ、大したもんだ。参った、参った」

「わかりました。わかりましたから、もうバシバシ叩くのやめてください」

「おう、すまんな!いや、まったく大したもんだ。昨日の弓もとんでもなかったけど、まだ矢は見えたからな。今の剣はまったく見えなかったぞ。ハルさんだってこんなに剣は使えなかったと思う」


 そういうとカイがまじまじとこっちを見てきた。


「…あの矢を捕捉できたんですか?すごいですね!」

「まあな!俺、索敵得意だし」


 お互いに誉め合って、笑いながらまた草むしりに戻る。

 その後も何度かオオカミやきつねが現れたが、全部カイが一撃で仕留めていった。


 昼時になって俺は携行食を持っていたのでそれを食って、カイは樹木と暖炉亭のノンナさんにもらったというパンを食っていた。昨日の鶏肉が挟んであるらしい。ただ、うっかりして水を持ってこなかったらしいので、迂闊すぎると叱って俺の水を分けてやった。


「カイ、お前、なんでこの村に来たんだ?」


 飯を食いながら、気になっていたことを聞いてみる。


「昨日、グリューさんにも話しましたけど、里を出るときに仕事を紹介されたので」

「で、いつまでここにいるつもりだ?」

「長くて三年ですかね。三年経ったらこの村の狩人が育つって聞いているので」

「ああ、その話は聞いているのか。そうだな。まだ十三歳のちびが狩人になる修行をしているからな。ただ、師匠がいなくなって困っているみたいだが」

「あれ?元狩人のハルさんがいましたよね?昨日解体していた人でしょ?」

「ああ、ちびはもう一人の狩人のノアの弟子だったんだよ。ノアは弓と斧だったから、斧はグリューが教えられるんだが、弓を教えられる奴がいないんだよ」


 そういうと俺のいいたいことがわかったのか、カイは黙ってしまった。


「なあ、カイ、お前、ちびの弓の師匠になってくれないか?この村には教えられる奴がいないんだよ」


 そういうとカイは少し考え込んでいた。

 そんなに悩むことか?昨日の弓の感じだと斧はともかく、弓なら教えられると思ったんだが。


「俺、人に弓教えられるかがわからないんですよ。俺の師匠は独特な狙いのつけ方をしてて、その方法はなかなか真似できなくて、自己流にアレンジしたんですけど、俺、感覚でしか説明できないんで。

 矢をつがえたら、その矢の先が的に当たるように狙いをつけるみたいな。その的に当てるためにどうするかが大事なんだと思うんですが、見りゃわかるだろうみたいな…。里でも俺の教え方はわからんってみんなに言われてて、正直教えるのは自信ないです」


 しかも俺の得意って曲打ちだし…、とかブツブツ言ってやがる。


「お前、人が弓を構えたときに、矢が的に当たるかどうかは判断できるか?」

「それは、まあ、だいたいわかります」

「それを伝えてやるだけでいい。もっと上とか左とか。あとはちびが自分の感覚で理解するだろ。ちびも感覚派だから。的に向かってぐわあと構えてじっと狙うとか言っていたしな」

「…わかりました。でも、それって報酬出ますかね?」

「グリューは斧を教えるときに小銅貨五枚ぐらいもらってるみたいだぞ。まあ、ただみたいなもんだけど、一応は依頼ってことで受けているみたいだ」

「ノアさんはどこで教えていたんですか?」

「村の外の川沿いだな。それか街道を少し先に行った左手か。今度場所は教えるよ。矢を射って良い場所は限られてるから。まあ、村への奉仕活動と思ってさ。後進が育ってないのに旅立つのも後味悪いぜ」

「そうですね。わかりました」


 よっしゃ。これでカッツの師匠ゲット。

 俺とグリューとドリンに弓を見れないかって打診があったけど、弓はさすがに無理だったからな。

 俺的に有意義な昼食を終えて、午後の雑草抜きを始める。

 相変わらず、野ねずみがいっぱい出てくるし、うさぎも多いし、ここ平原にして視界を良くするより、適度に草を残しておく方が獲物が増えるかもしれない。


 そんな風に考えていたら、風向きが変わった。

 こちらが風下、草原が風上。

 そうなると草原内の風下側に弱い動物が集まってきて、草を抜いたら小動物状態になり始めた。


「これ、無風になったらオオカミが突進してきそうな密度ですね」

「こいつら、俺らが今日は狩らないってわかってきてやがるな。逃げもしなくなってきたぞ」


 だんだん、草に隠れもせず、俺たちの足下にうさぎが集まってきて、俺たちが抜いた雑草を食べ始めた。


「餌じゃねえし、そこにいたら燃えるぞ。まじで」


 布の上に乗ろうとするうさぎの首の後ろ側をつかんで、布から遠ざける。

 何度もやっていたら学習したらしく、布にのらない部分をシャクシャク食べ始めた。


「かわいいんだけど、なんかそろそろ来そうですね」


 そうカイが言ったときに急に風がやんだ。

 気配を読みたいが、近くのうさぎが多くて、気配が読みにくい。


「少し下がっていてください。五頭来ます!」

「五頭だと!」


 そういった瞬間、カイが動いた!

 抜剣の動きはまた見えず、一気に三頭が倒れ伏し、カイの側面を二頭抜けてくる。

 一頭は俺の方に向かってきた。

 仕方ねぇ

 そう思って短剣を引き抜いたときには俺の目の前でオオカミが倒れ、もう一頭も倒れていた。

 キンッ

 と音がして、見えないうちにカイの剣は鞘に戻っていた。


 今、俺は真正面のオオカミを集中してみていた。なのに、カイの剣がまた見えなかった。

 信じられん。


 カイがすっと姿勢を戻して、周りを見渡しているが、オオカミの気配もないし、足下にいたうさぎたちも一瞬で草の中に飛び込んでいなくなっていた。

 オオカミだけが台車の方にふわふわと飛んでいった。

 半ば現実味を失った俺は、魔法の台車有能だな、と意味の無いことを考えていた。


「大丈夫ですか?」

「ああ、俺のところに来る前に倒れたからな」

「よかった。じゃあ、続きやりますか」


 そういって何もなかったような顔をして、また雑草抜きに戻っていった。

 本当にとんでもない奴だな。カッツが斧をやめて剣をやりたいって言い出すんじゃないか?こんな風に剣を使えるならって。


「カイ、お前、この村出たらどこに行くんだ?」

「できれば、迷宮都市に行きたいと思ってますけど、その前にもう少し剣と弓を磨きたいですね」

「いや、お前、もう十分強くね?」

「里を出てから、なんか調子悪いんですよ。もう少し自分の中で納得できる動きが出来るようになったら迷宮都市に行きたいと思っているので。三年ぐらい、獣を狩りながら修行しますよ」


 いや、ハルの怪我を治すポーション欲しさに迷宮都市に向かったノアはこんな腕じゃなかったぞ?

 ハルの怪我が治るぐらいのポーションというとそれなりに深い層まで潜らないといけなかったはずだが、ノアの奴、大丈夫かな?

 ノアも凄腕だと思っていたけど、世の中広い。こいつの方が絶対強い。しかもこのレベルでまだ修行が足りないだと?迷宮都市に向かうのはこのレベルなのかよ。確かに元ダンジョンダイバーのイメルダさんはハルやノアより強いと言っていたが、それでもハルとノアのレベルであればパーティ次第で二十層ぐらいは潜れると言っていたよな。

 じゃあ、こいつのレベルはどんなもんなんだよ。


「カイ、お前イメルダさんに自分の強さを測ってもらったことあるか?」

「ありますよ。何度か手合わせしてもらいましたし」

「勝敗は?」

「6:4でイメルダさんでしょうか。フェイントにやられます。俺、素直すぎるみたいで、読みやすいって」

「迷宮都市のどこまで潜れそうとか聞いたか?」

「四十層はいけるんじゃないかって言われました。ただ、ソロなら二十層止まりって。パーティ組んだら、パーティ次第で五十もいけるかもって言われました」


 ソロで二十とか、ありえなくないか?

 ボスが五階層ごとってきいたことあるぞ、ボス四体目までソロでいけるのかよ。

 しかもこいつ、草抜きのペースが朝から全然落ちてないんだけど。薬草もさっさとまとめていくし。なんか手慣れてる?


「草のまとめ方、イメルダに聞いたって言ってたけど、いつ聞いたんだ?里にいたときから訓練していたのか?」

「いえ、里を出てからイケーブラに着くまでに教えてもらって、馬車の中で練習させてもらいました」

「ほう。その割に手際がいいな」

「練習で雑草も含めて、繰り返し繰り返しで六十束ぐらい…」

「なるほどな」


 あのイメルダが雑草で練習なんてさせるか?六十ね。六十。へええええ。


「便利な魔法があるんだな」

「え?」

「お前、隠す気ないだろう。イメルダ知ってる全員が嘘だって言うな。あの世話焼きのイメルダが雑草なんて使わせるかよ。草の手触りも硬さも滑りやすさも何もかも違って練習にならないだろ。まだ、イメルダが六十束持っていてそれを使って練習させてくれた、って言われる方が納得がいく。お前、迂闊すぎ」

「…」

「隠すためには常識とか相手が何をどう考えているかとかを知っておかないといけないんだよ。

 あーもう、お前しばらくこの村訪れる旅人に会わないようにしろ。この村の連中は昨日のことでお前に感謝しているから、お前に不利になることはしねえよ。でもな、旅してくる奴は黙っててくれないからな。それと矢筒もだめ。俺とグリューは弓持ってるのに矢筒持ってない変な奴だって思ってた。多分、コウも気づいてる。

 たまに田舎者でよく知らん奴が平気な顔して魔法使ったりするけど、俺らは面倒なことに巻き込まれるのが嫌だから見て見ぬふりをしてる。でもな、子供はちげえ。子供は無邪気にしゃべってしまうことがあるからな。

 お前しばらく収納も使うな!魔法の台車はいくらでも貸してもらえるだろうからな。変に拘束されたくないだろ!」

「…」

「…」


 おい、黙ってんじゃねえよ!まだ収納とかばれてないだろ?そこは、何言ってるんですか?やだなあとか誤魔化せよ!いや、どうせ誤魔化しも下手くそなんだろうけど、黙ったら肯定だろ!

 手も止めるなよ。なんで、頭真っ白になりました、みたいな顔してんだよ。


 このあと、四半刻ぐらい説教してしまった。

 ついでにしばらく収納含めて使わせないことを約束させた。


「で、お前、何が使えるんだよ」

「収納と身体強化」

「だああああああ!なんで素直に答えてるんだよ!!何が使えるかって聞かれたら剣と弓って答えろよ!もういい!お前な、あんまりしゃべるな。聞かれたら全部ごまかせ!嘘を答えて、内緒とでも言っておけ!

 いや、待てよ。お前嘘つけないだろ…答えていいのは剣と弓だけ!それ以外は黙っとけ!」


 草を抜きながら、何度も何度も注意したけど、根が素直すぎるのか、いや、多分こいつの里が全員魔法に対して鈍感なんだな。それがこいつ見てるだけでわかるってことがそもそもやばいだろう?

 あーそうか!例の東の徴税官が諦めた里か。あそこは魔法使いが絶対にいるっていわれてるもんな。あそこの出身かよ!東の開拓地ってあれかあああああ。まじでイメルダ、何やってるんだああああああ。


 そのあと俺には魔法のことがばれたと開き直ったカイが、オオカミと雑草を一瞬で焼き尽くして、またまた俺は説教することになった。

 俺とお前の索敵を上回るような、気配を消すのが超得意なやつがこの辺りに潜んでたらどうすんだ!!


 もう今日はつかれた!

 こいつはすごい剣士。超凄腕の剣士!

 だけど、あほ!がき!!まぬけ!!!こんな奴、目が離せないし、放っといたら危なすぎる!

 村長マジで早く帰ってきて!俺では無理!!

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