第11話 凄腕の弓士だろ!(グリュー)

「アシアナ、注文は何にするんだ?」

「あ、ごめんなさい。ワインある?」

「おぉ、ちょっと待ってな」

「えぇ」


 考え事をしていたギルドのアシアナちゃん、おやっさんに声をかけられてようやく気づいたみたいだ。

「樹木と暖炉亭」はかき入れ時の夕食時間。

 この時間帯は家族連れもやってくるから、一人で食べに来てる面々はカウンターに移動するのが暗黙のルールみたいなもんだ。

 ワインを受け取ったアシアナちゃんは金を払うとワイングラスを持ってカウンターの方にやってきた。


「よお、なんかえらい考え込んでたな!」

「グリューさん」


 声をかけたら隣に座ってきた。今日の俺はついてるな。仕事も早く終わったし、若いお嬢さんと一緒に呑めるとは。


「何考え込んでたんだ?」

「んー、ちょっとね。カイくんが来たときのことを思い出しちゃって」

「ああ、なるほど。確かにあれは衝撃だったな」

「えぇ」


 あの日俺はギルドでおいしい依頼が来るのを待ちながらジールとゲームをしてお茶を飲んでた。本当は酒でも飲みたいところだったが、依頼によっては酔っ払っていたら受けられないような依頼もあるしな。

 そしたらコウの奴が見たことのない坊主を連れてきたんだ。

 アシアナちゃんが受付していたから冒険者か狩人だろうと思ったが、見た目はまだ成人するかしないかのガキだ。

 背中に大きな弓を背負って、左の腰に長剣、右の腰に短剣、背中には背負い袋かなにかを着けて、その上からマントか。ガキのくせに背はやや高め、ひょろっとしているようだけど、このギルドに来るだけあってちょっとは鍛えているような歩き方。髪は赤くて、肌はやや茶色い。南の方のロイヴァルあたりの住人かとも思ったが、あいつらはもうちょっと暗い肌の色だな。この坊主の場合はちょっと日焼けしたような感じか?元々白い肌じゃなさそうだ。

 というか、こいつ、弓持ってるのに矢筒もってないんじゃねぇか?ここまで来るのに使っちまったのか??


「矢筒ねぇな」

「そうだな」


 ジールも気になったみたいだ。弓持ってて矢筒持ってないとかなんだそりゃ?ってな。

 どうも気になって俺もジールも様子をうかがっていると、どうやら狩人でこれから狩りに行くとか言ってやがる。


 おいおい。今のイケーブスの状態知らねぇのかよ。どこの田舎もんだ?

 このところのイケーブスの周辺はかなり厄介なことになってやがる。俺らだってジールとドリンと一緒じゃねぇと草原に行くのを躊躇するぐらいなのに。しかも一人で行くとか行ってやがるのか?アシアナちゃんが見るからに困ってるみたいだな。ここはちょっと手を貸して恩を売っておくべきか?アシアナちゃんを助けておくと、うまい依頼を回してくれるかもしれねぇし。


 そんなことを考えながら、俺はそのガキに、カイに声をかけたんだ。


 魔法の台車にカイを登録して、カイが歩くと台車が後ろをついていく。最初はその後ろを歩いていたが、台車が順調そうなので、前を行くカイの横に並んだ。ジールはまだ後ろで台車の見張りだ。


「坊主、どっからきたんだ?」

「俺、カイって言います」

「そうか。で、どっから来たんだ?坊主」


 重ねて坊主扱いすると一瞬だけ表情が変わったな。

 こいつ、ちょっとわかりやすいかもしれない。


「…イケーブラの東の開拓地から」

「そりゃずいぶん田舎から出てきたんだな。なんでイケーブスに来たんだ?」


 イケーブラの東と言ったら、もう名も無き村というか集落というか、そんなもんしかないはずだ。

 ケーブより東のイケーブ地域。

 イケーブスは割とケーブに近い方だがそれでも四日はかかる。イケーブラとなるとケーブからかなり離れた村のはずだ。ケーブから十日ぐらいはかかるはずで、それより外れるとイケーブ地域ともいわない。だいたいケーブから十日ぐらいまでしか公式な村の名前もついてないはずだ。

 そんなところから、どうしてイケーブスへ?


「俺の里は十五で成人するんだが、成人したら里に残るか里を出るか決めないといけなくて、里を出ると決めたらしばらく戻れないしきたりがあるんだ。それで出入りする商人にどこかで働けないか聞いていたら、イケーブスで狩人募集しているから行かないかって言われたんだ」

「へぇ、商人って誰だい?」

「イメルダさん」

「あぁ、あの姐さんか。あの姐さんなら自分でも戦えるし、力量読みもできるはずだな。じゃあ、お前そこそこ使える奴ってことか」

「使えるかどうかはわからないけど、狩りで困ったことはここ数年無いよ」


 この辺りを行商しているイメルダと言ったら元は有名なダンジョンダイバーだったはずだ。それなりに蓄えを増やして、それなりにダンジョンも潜って、商売に役立つ道具とかも集めて、ダイバーを引退してからも楽しくやってそうな商人だ。

 あの姐さんが目をつけたなら、それなりの腕ってことだろうな。


「俺からも聞いてもいいか?」

「おう、なんだ?」

「この村で泊まれる場所ってどこかありますか?イメルダさんには狩人だと家が用意されているって聞いていたんだけど、さっき組合で何も言われなかったから」

「うお?まじか!アシアナちゃん、何やってんだよ。まあ、どうしようもなかったら今日はうちに泊めてやるよ」

「いいんですか?」

「おう、任せとけ!まあ、そんなきれいな家じゃないけどな。たまにジールが泊まっていくから、人一人泊まれる程度には片付いてるぞ」

「助かります」


 なんかにっこり笑うとかわいいな。まだ十五か。わっかいなあ。

 狩人は最初のうち自分の村とか里とかで訓練してから出てくるから、十五で知らないところにきて狩人やるってのも珍しいんだけどな。


 その後もお勧めの武具屋とかうまい飯屋とかこの村で大事にした方がいい重要な奥さん方とか、この村のことをいろいろ話しながら西門までやってきた。今日の西門の担当はダンだな。


「ダン」

「おう、グリュー、狩りか?そっちは見ない奴だな」

「おうよ。俺らは手伝いだけどな。この坊主が新しい狩人で一人で狩れるらしい」

「へえ」

「ついでに魔法の台車も借りてきたから、門の開閉頼むな」

「おう、昼間は何もなければ門は閉じないからな。台車も普通に通るだろ」


 気をつけていけよー、という声を受けて西門から出て、イケーブエに向かう街道の途中で北にそれて草原に入る。

 元々は平原って感じだったんだが、狩りに入る人が少なくなって、どんどん草が伸び始めてる。五月からまた伸び始めて、今じゃ人の視界を遮るぐらいの背丈になってる。この草の陰からオオカミが飛び出てくるから危なくてとてもじゃないけど入れないようになってしまった。

 多分少し前までは狩人のハルとノアが歩き回っていたし、時々草刈りもしてたし、薬草取りに行く連中だって雑草を取ってた。だから森までは草原じゃなくて平原だったんだがな。


「このあたりで狩れるはずだ。いけるか?」

「ああ」

「…お前矢筒どっから出した?」


 カイの方を向いたら、いつの間にか矢がいっぱいの矢筒を背中に背負っていた。ジールも驚いた顔をしている。


「秘密…です!」

「うお!」


 秘密といった瞬間に一気に矢を何本打ったんだ、こいつ!

 しかも、鳴き声上がったぞ!草で隠れてよく見えないが、グリグリ鳥か?


「うわあ、便利ですね。びっくりです」


 その声とともにうさぎが3匹と鳥が2羽台車の方に飛んで来やがった。魔法の台車の効果だ。


「もう一回…行きます!」

「まじかよ!」


 また目で追えないぐらい矢が飛んでいった。そしてうさぎとグリグリ鳥とあれは鴨か?それにコッコ鳥もいるんじゃないか?

 さっきより明らかに多いぞ?


「来ます!オオカミです。うさぎを追ってきてる。射ます!」


 そういった瞬間、ジールの横からオオカミが5頭飛び出てきたけど、そいつらも全部脳天打ち抜かれた!


「マジかよ!どんな強弓だよ!」


 ジールも声をあげてびびってやがる。俺はもう声も出ない。


「オオカミ、まだ来ます。下がってください」


 そう言って矢をガンガン放ちやがる。なんか周りでドサッて音がしているから草に隠れてるけど何か打たれたんだろう。それが台車に飛んでこないってことはオオカミか?魔法の台車にはうさぎ、野ねずみ、鳥、イノシシ、シカ、熊、きつねあたりの売れそうな奴は収納設定してあるが、オオカミは飛んでこないようにしてある。


「まじか、このペースでオオカミ殲滅するのかよ!処理が追いつかねえぞ!」

「すみません。なんかまだまだ来そうなので、ある程度片付いたら手伝いますから」


 そう言いながらもずっと矢を打ち続けてやがる。オオカミの倒れる音も途切れないが、うさぎとか鳥がバンバン飛んでくる。これオオカミ20頭ぐらいの群れだったんじゃないか?

 やべえ。このペースだとあっという間に台車がいっぱいになるぞ。


「ジール!お前ギルド行って緊急依頼出してこい!やべえ!解体が追いつかなくなるぞ!この調子で行ったら、すぐに台車がいっぱいになる!手の空いてる奴かき集めるようにアシアナちゃんに伝えろ!」

「わかった!」


 ジールは急いで駆けていった。

 あいつの方が俺より足が速い。気配読みにも強いから一人で行動しても大丈夫だ。だが、獲物がいっぱいになったときの台車の速度はかなり速い。このペースだとあいつと同時ぐらいにギルドに着くかもな。


「大物来ます。下がって!」

「うお!」


 いつの間にか腰の剣に手を置いて坊主が前に走る。

 そして草原から出てきたのはシカか!シカが森から出てこんな草原にいるのか?

 だが、坊主が横をすり抜けながら一気にシカを落とす。そのままシカを追ってきたオオカミを一気に切り刻んだ!何頭だ?五頭か??


「グリューさん!」


 俺は身動き一つ出来なかった。

 それが幸いした。

 坊主がものすごい数の矢を打って、そして俺の背後と左手からオオカミが倒れた気配が。


「シカを追ってきた群れがまだいます!台車の方に行ってください!」


 そう言いながら弓に持ち替えて今まで以上の速度で矢を放つ。

 いったい、何頭の群れだ。


「多分18頭だとおもいます。でも、倒しきりましたよ」


 何でもなさそうな顔をしてしゃらっと言いながらもまだ矢を打ち続けている。

 というか矢が多くないか?


 うさぎや鳥がバンバン飛んできて、さっきのシカと一緒になって一台目の台車が飛んでいった。


「この辺りは一通り討ったので、オオカミを回収…いやなんか来た。この平原獲物多すぎじゃないですか?」


 鳥にうさぎに野ねずみ、それに時々きつねとか混ざり始めた。きつねはオオカミの血のにおいにつられたんだと思うが、うさぎとか鳥とか、なんでこんな血のにおいがする場所に来てるんだよ。

 おまけに、大物いるので行ってきますとか言いながら坊主は背の高い草原の中に入っていった。

 そのあと台車にうさぎとイノシシが飛んで来やがった。なんて坊主だよ。


 俺も仕事しねぇと、とおもってオオカミを集め始めたが、これがものすごい重労働でなかなか運べない。それにちょっと草を払ったらそこにもオオカミ。ちょっと歩けばオオカミの死体に出くわすようなってやがる。なんだこりゃ。

 オオカミを五頭ぐらい引っ張り出して集めていたら、坊主がうさぎを手に持って草から出てきやがった。


「うさぎが飛んでいかなくなったので」

「マジか!」


 振り返ってみたら二台目の台車もいっぱいになって一度村に戻ったみたいだ。


「台車が戻ってくるまでオオカミの処分手伝います」


 さすがに自分が射った場所ぐらいは憶えているらしく、しかもこの坊主以外と力があるな。オオカミ二頭引きずり出してきたときは俺もちょっとびびった。

 そうこうしているうちに、1台目の台車が戻ってきたので、坊主はうさぎを台車の上に載せると、また矢を射始めた。


「なんでこっちに狩人がいるのにどんどん出てくるかな」

「さあな。奥の方にオオカミがいっぱいいるんじゃないか?」

「そうかもしれませんね」


 こんな会話している間もうさぎやら鳥やらがどんどん台車の上に飛んでくる。この平原、こんなにいたのかよ。きりがねぇ。うお!またシカが飛んで来やがった。


「あーなんか奥の方にわからない気配があるのでちょっと行ってきます」


 そう言って草原に入っていって、またなんか大物が飛んで来た。イノシシかよ!どうなってんだ、あの坊主。今のイノシシで台車がまたいっぱいになったぞ。


 こうやって台車がいっぱいになるたびに坊主は戻ってきてオオカミの処分を手伝ってくれた。

 処分と言っても草原を刈って作った草のないエリアに集めておいて、あとで一気に焼却するんだが、とにかく数が多いので、オオカミ拾いついでに周りの草も少し刈って、置く場所を作ったりしながら、台車が来るのを待って、台車が来たらまた坊主は獲物を狩りに行って、その繰り返し。


 そうこうしているうちにジールが戻ってきた。


「グリュー、あいつは?」

「なんか大物がいるからって草っ原の中に入っていったぞ」


 ジールは台車の動きを見ながら気配を探っているみたいだ。台車も最初のうちは俺のいる比較的街道に近い側をふらふらしていたが、坊主が中に入って行ってからは坊主の少し後ろぐらいじゃないかと思う位置をふらふらしている。俺は気配読みが苦手で台車と坊主の位置関係はよくわからねえ。が、今はずいぶんと森との境目に近いところまで行ってるんじゃないか?


「いた!行ってくる。これ以上狩られると解体が追いつかん!」

「あー、まあ、そうだろうな」


 ジールがガサガサと草をかき分けて中に入っていった。

 まあ、これだけ狩ってるし、ジールは気配読みも出来るだろうから、大丈夫だろう。俺は雑草を抜いて周囲を広げて、雑草ぬいてかき分けるたびに出てくるオオカミの死骸をせっせ、せっせと集め続けた。

 台車がまもなく飛んでいって、坊主とジールがオオカミを引きずって出てきた。坊主は二頭、ジールは一頭だ。なんかジールの顔色が悪いな。


「やべぇ、グリュー、オオカミまだまだあるぞ」


 俺の目の前に積み上げられたオオカミは二十頭ぐらいか?草を刈りながらとはいえ結構回収したつもりだが、最初のうちに倒した群れの分はほとんど回収し終わってるぞ。


「坊主、どんだけやったんだ?」

「…ここの倍ぐらいかな」

「倍だと…」


 おい!お前俺の目を見てもう一回言ってみろ!と喉から出かけた声を飲み込む。


「グリュー、しかも結構な奥までいる」

「まじかよ!」


 それから、俺とジールと坊主は黙々とオオカミを集め始めた。最初に坊主が走って行って、オオカミの周囲の草をちょっとだけ刈る。その刈られた場所を目印に俺とジールでせっせと集める。

 合間に血のにおいがして寄ってきたきつねを坊主が狩って、戻ってきた台車に飛んでいったが、さすがにうさぎとか鳥は射るのをやめたみたいだ。あと、俺らのそばのオオカミにも山なりに弧を描いた矢が飛んできて始末していた。気配察知がすごすぎる!

 おまけに最後には


「血の臭いにつられて出てきたみたいだ」


 といいながら熊を狩ってきやがった。もう狩るなって言っただろう!とジールが叱っていたが、森のそばでオオカミを拾っていたら襲われかけたらしく、やむなく斬ったとか言ってるし。

 坊主がオオカミを二頭ずつ運んできたので、なんとか集め終わったが、狩りをやめてから半刻以上かかった。あの段階で狩りをやめてなかったら、夜にこんな視界の悪い草原で死骸探しとかぞっとする。


「もうちょっと草刈っておけば良かったな」

「ああ」


 もう俺もジールもヘトヘトだ。だが、坊主だけは元気にしてやがる。まじで若えな。若えのは体力があるからうらやましい。俺もジールもそれなりに鍛えてるんだが。


「あの」

「なんだ?」

「ここの草って全部刈って燃やしてしまっても良かったんでしょうか?」

「ああ。元々ここは平原でな。前にいた狩人が狩りをやめてからこんなに草がぼうぼうになって荒れ果てたが、元は平原だ。この草燃やしてもいいんだが、これだけ密集しちまうとでかい火になりそうだし、森に火が移るのは困るからな」

「そうなんですね。じゃあ、明日からついでに少しずつ草刈りして燃やしておきます」


 明日から…。明日もこの坊主このペースで狩るつもりかよ。全くたいした坊主だ。いや…


「坊主」

「はい」

「なんて名前だったか?」


 そういうと、目をパチパチさせてから、にっこり笑ってこう言った。


「カイです。グリューさん、今日は助けていただきありがとうございます。今後もよろしくお願いします」

「おう、カイ。これからもよろしくな!」


 たいした坊主だ。まったくたいした坊主だよ。いや、カイだな。

 憶えたぞ。


 なお、ダンダさんにも気に入られたカイは「樹木と暖炉亭」に泊まることになり、俺の家で祝杯を挙げたのは俺とジールの二人だった。この日の俺の収入は過去最高で、さいっこうにうまい酒を飲んだ。


 その翌日、筋肉痛と二日酔いのダブルパンチで動けなかった。

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