第二章.イケーブスの狩人
第10話 初夏に来た君は(アシアナ)
「樹木と暖炉亭」は六代続くイケーブスの宿屋兼食堂だ。
その名の通り食堂には大きな暖炉があり、暖炉の向かいの壁には巨大な木をモチーフにした壁飾りがかかっている。
まもなく冬を迎えるため冒険者ギルドに出された暖炉の清掃の仕事を受けてせっせと煙突掃除をしていた冒険者達も今日の作業を終わらせて、食堂で夕食を待っていた。
「おやっさん、今日の飯は?」
「グリグリ鳥のソテーか、シチューだな」
「グリグリ鳥?カイか?」
「昨日やったらしい」
「へぇ、さすがだな」
「カイが来てくれてから肉の供給が途絶えなくなったし、今年の秋は野菜もたっぷり収穫できたらしい」
食堂で宿のおやっさんの作る飯を待つ何人かは赤毛に金色の眼をした新しい狩人のことを思い浮かべた。
「カイはまだ小僧と言ってもいいぐらい若いのに、いい腕をしているからな」
「まったくだ」
食堂でのおやっさんと冒険者達の雑談をきいていたギルド職員のアシアナはカイがこの村にやってきたときのことを思い出していた。
その日、アシアナは冒険者ギルドの受付で誰かが来るのをため息をつきながら待っていた。
アシアナは冒険者ギルドと狩人組合の受付だったが、狩人組合は開店閉業状態で、新しい狩人が来るまで待ちの状態。
この村の冒険者達にたまに狩りの仕事を依頼してみたが、鳥や野ウサギを狩らせても内臓を潰してしまい、肉として良い状態で狩らない上に解体もうまくできなかった。
村の主婦達の方が解体はうまいぐらいで、これでは狩人の代用にはならない。そう思って冒険者への依頼は取り下げた。
今や村の周りにはうさぎなどを追って堂々ときつねが出たり、イノシシやシカも狩人がいないのを知ってから大胆にやってくるようになったり、農作物の被害は絶えない。これ以上放置するとクマやオオカミといった危険な動物たちまで村を襲撃してきそうで、一刻も早く動物たちを狩らないといけない。
春に村を訪れた何組かの隊商に狩人の斡旋を頼んでみたが、当てがあると言ってくれたのはイメルダのみ。そのイメルダも相手は東の端の方に住んでいるから、ここに寄越すのにしばらく時間がかかると言っていた。
あれから一月。これ以上誰も来ないならケーブに依頼をしないといけないかもしれない。
しかし、ケーブでの依頼には多くの報酬が必要で、それをしてしまうと、この秋の収穫の多くをその報酬に充てないといけなくなってしまう。しかも獣にやられて収穫は減っている。依頼を出すと次の冬を越えるのが厳しくなってしまうだろう。
そんなことを考えているとため息が止まらない。
そんなときに扉が開く音がした。
「アシアナいるか?」
「コウさん、どうかしたの?」
「新しい狩人だそうだ」
「え?」
ゆっくりと入ってきたのは村の門番のコウさん。
その後ろに誰かがいると思って、期待してみたが、入ってきたのは背の高い、だけど見るからにまだ若い男の子だった。
「初めまして。カイといいます。イメルダさんから紹介状もらってきました」
そう言って、背中に背負った袋を下ろして、中から何やら封筒を出してきた。
封を開けてみるとイメルダさんからの手紙。
手紙によるとカイくんは前にあてがあると言っていた狩人で、六月に成人したばかり。
成人前から注目していた子で、狩りの腕は相当なものだとのこと。
狩りに関しては一人で全く問題ない。
ただ、開拓地の出身で、とにかく常識をまだ知らない。
なので、十分に気をつけて欲しい。
気をつけるのは狩りの腕の方じゃなくて、世間知らずの方。
だまされたりしないようにお金は組合の方に預けるように言ってあるが、しばらくは十分に気をつけてあげて欲しい。
ふう。
思わずため息が出てしまう。
イメルダの隊商が出たときは状況がそれほど悪くなかった。
でも、今は森の中も森までの平原も獣たちが我が物顔で闊歩している。
オオカミも森林オオカミも群れをなして危険度が上がっている。
最近は熊も森から出て平原のうさぎを狩るときもある。
危険すぎて森どころか平原の薬草取りにも行けなくなっている。
そんな状況で狩りが一人で心配ないだなんて。
「じゃあ、俺は東門に戻るよ」
「あ、はーい。コウさん、ありがとう」
「ありがとうございました」
コウさんに声をかけるとカイくんも丁寧にお礼を言っている。
うん。悪い子じゃ無いとは思う。悪い子じゃないんだけどな。
「あの、俺、イケーブラで登録したんですけど、最初のうちは毎月納品するように言われたので、早めに狩りに行きたいんですが、この辺りで禁猟区みたいなところはありますか?」
本当に悪い子じゃないんだけど。
「特に禁猟区はないのですが、このところ行き届いていないので、門を出てすぐ西の草原すらオオカミが集団でやってくるので危険です。できれば二、三人で対応する方がいいと思うのですが」
「オオカミの群れはどのぐらいでしょう?」
「だいたい、十五頭ぐらいかしら?」
「そのぐらいなら一人で行けます」
「え?」
「ただ、十五頭も一気に倒したら後処理するのが大変ですが。オオカミを倒した後は土に埋めるか、火で燃やすかだと思うんですが、草原だと火はだめですよね」
「え?」
ちょっとこの子何を言ってるの?十五頭クラスの群れに囲まれたら、さすがに厳しいと思うんだけど。
前に狩人をしていたハルとノアだって、オオカミの群れをばらすために罠を仕掛けて、三頭以上一気に相手取らないように気をつけていたはず。
なのに、始末をどうするかを気にするの?
「おう、坊主、威勢がいいな!」
「グリューさん」
冒険者ギルド側でいつもふらふらしておいしい仕事が来ないか待っているグリューさん。
二日に一回ぐらい仕事をすればいいと開き直っているけど、おいしい仕事が来たら受けられるようにいつも組合の建物の中で仲間と雑談してお茶してる。
今日はいつも一緒のドリンさんが畑作業の手伝いの仕事を請け負ったので、ジールさんと二人でずっとお茶してた。
「坊主、俺とジール雇わねえか?」
「雇う?」
「今日、俺ら暇なんだわ。荷運びとか手伝ってやるよ。あいにく、俺らは解体が下手でアシアナちゃんから解体禁止っていわれてるから運ぶだけなんだがな」
「えっと、俺、相場とかしらなくて。荷運びありがたいけど、いくら払えばいいのか」
「大体もうけの二割ぐらいでいいぜ。な、アシアナちゃん、それで適正だろ?」
「まあ、そうですね。そのぐらいが適正です」
カイさんとグリューさんが具体的にどうするか話していると、ジールさんがそっと私の方に来て耳打ちしていった。
「アシアナちゃん、心配なんだろ?俺とグリューで腕を見て、危なかったらすぐ止めるわ」
「…お願いします」
「いいってことよ。かわいい子には優しくする主義なんだ、俺」
「もう、ジールさんはいつもそうですね!」
グリューさんとジールさんとドリンさんの三人だけだとオオカミ十五頭に対抗するのは厳しいと思うけど、イメルダさんが推薦する人だし、カイさんと一緒なら何かあっても逃げてくるぐらいはできるでしょう。多分。
「そんでさ、アシアナちゃん、手助けするときに両手あけておきたいから、魔法の台車貸してくんない?」
「それじゃあ、荷運びって言っても、台車に固定するだけじゃない」
イケーブスの狩人組合には三台の魔法の台車がある。
もちろん迷宮産。
台車に獲物がいっぱい乗ると自動的にギルドまで戻ってきて、解体場所に獲物を下ろして、また狩人のところに行く魔法の台車。
二台で運用していると一台がギルドに来ている間に、もう一台に獲物を乗せられるからすごく便利。
おまけに狩人を登録するとその人が倒した獲物を自動的に台車の上にのせる優れもの。
これを貸し出すならグリューさんとジールさんの作業は台車からごくまれにこぼれかける獲物を台車の上に固定するロープかけだけでいい。
「いいじゃん、ここは安全第一でしょ?」
「…仕方ないですね」
グリューさんとジールさんは楽な仕事で儲けたいんだろうけど、腕は確かだし。群れに追われても牽制ぐらいはできるだろうし。
グリューさんと話していたカイさんを呼んで魔法の台車の使用登録をする。
登録期間は今日の日が落ちるまで。
その時間が過ぎると台車は自動的にギルドに戻ってくるはずだ。
念のために二台登録しておく。
オオカミに会わなくても平原にはうさぎや鳥が恐ろしく繁殖しているし、最近西の草原はうさぎが食べても食べても、草が生えてくる。
このまま放置すると動物たちの身体に魔核ができて、周辺の生態がゆがんで魔境化してしまうかもしれない。いや、あの草の生える速度は半ば魔境化しつつあるのかも。
とにかく早く狩ってしまわないと。
「じゃあ、行ってきます」
手を挙げて組合から草原へと向かうカイくんの後ろを魔法の台車が二台ついて行き、さらにその後ろをグリューさんとジールさんがついて行く。
狩人組合兼冒険者ギルドの中は私一人になり静かになった。
「無事に狩ってきてくれるといいけど」
それから四半時ほど経って、ジールさんが慌てて走ってきた。
「アシアナちゃん!あいつやばい!」
「どうしたんですか!怪我ですか!」
ああ、やっぱり止めるべきだった。
あんな若い子に任せるべきじゃなかったのかも。止めることだって組合の大事な仕事なのに。
そんな風におもっていたら、ジールさんは首を横に振った。
「ちげえ!あいつ殲滅速度めっちゃ早い!台車がもういっぱいになって戻ってくるけど、解体する人を緊急で招集しないとやばい!アガサ、ネリア、カリンだけじゃなくて、ノンナさんとかいないと間に合わねえ!」
「は?」
「は、じゃなくて!暇な村人全部集めて!あ、来た!」
アガサさん、ネリアさん、カリンさんは村の主婦で解体の手伝いを時々してくれる。包丁さばきはなかなかのものだ。そしてノンナさんは樹木と暖炉亭という宿屋兼食堂のおかみさんで解体速度は村で二番目に速い。一番早いのは樹木と暖炉亭のご主人のダンダさんだけど、ダンダさんは仕込みとかで忙しいからめったに手伝ってくれない。実質ノンナさんが狩人組合の最強助っ人だ。
その方々を招集って…と思っていた私は帰ってきた一台目の台車を見て驚いた。
まだたったの四半時だ。しかもそのうち半分は草原までの移動で使われているはずだ。
なのに、台車の上にはうさぎにシカに鳥がたくさん。
「これでもオオカミはその場で処理するからって置いてきてる。台車の上に乗っているのは肉が食えるやつだけだ。マジであいつオオカミの群れを瞬殺しやがった!」
「え?」
「こうしちゃいられん!」
そういうとジールさんは組合の裏にある鐘をカーン、カーンと二回叩いた。少し間をあけてまた二回。
この二回の鐘は今手の空いている人は急いで組合を手伝って欲しいという合図だ。
「ちょっとジールさん、勝手に鐘をつかないでよ!」
「いや、まじでやばいから!とにかくなんとかしないと!」
魔法の台車は獲物をギルドの横の解体場所に下ろしていく。そして急いで飛んでいった。
あの速度で飛んでいくと言うことは…
「ひょっとして、次の台車がもういっぱいになってる?」
血の気が引くのが自分でもわかった。そこからはもう壮絶な修羅場になった。
鐘の音を聞いてやってきてくれた人達に解体場所に解体しやすいように獲物を並べてもらっている間に次の台車がやってくる。
アガサさん、ネリアさん、カリンさん、ノンナさんはやってきた人に、とにかく手伝って!と言われて急いでやってきてくれた。だけど、とにかく解体よりも獲物が来る方が早い。私も解体の手伝いに入り、ジールさんも解体を始めた。ジールさんの解体の腕は良くないけど、そんなこと言ってる場合じゃない。
「誰か、うちの人を呼んできて!」
ノンナさんが叫ぶ。獲物を並べていた一人が慌ててダンダさんを連れてくる。
ダンダさんがやってきて、七人で解体を始めてようやく獲物を捌く速度と台車が置いていく速度が合い始めた。
それでもうさぎにシカに鳥に、イノシシまで。
イノシシやシカみたいな大物をノンナさんとダンダさんに任せて、ひたすらうさぎと鳥を捌き続ける。
「ジール!そろそろ狩人とめてこい!日が落ちても解体が間に合わん!」
「わかった!」
ついにダンダさんまでお手上げになった。
この日、カイくんが来た日、樹木と暖炉亭はメニューを変更して肉祭りになった。
途中で止められて一刻しかなかったけど、この日カイくんが倒したのは、野うさぎ90匹、きつねうさぎ31匹、鳥64羽、シカ28頭、イノシシ3頭、そして、オオカミが65頭、きつねが33頭、熊1頭。
そう小型だったけど、熊まで一頭仕留めてしまった。
小さな村に一年分はあるんじゃないかと思うぐらいの肉が積み上げられ、それからしばらく、燻製を作る煙が絶えなかった。ギルドの管理している氷窟がなかったら、あっという間に肉がだめになってしまったかもしれない。
「いや、マジですごかった。草原に入るかどうかのところからいきなり弓を乱射し始めて、なんだ?って思ったら、魔法の台車に獲物がどんどん飛んでくるんだ。その飛んでくるうさぎとか鳥めがけてやってきたオオカミの群れを気配だけで大量の矢で打ち抜いたと思ったら、その矢の雨を抜けてきた奴を剣でばさばさばさって斬っちまって、あっという間にオオカミの死体の山だ。
俺の仕事はひたすら周りの草を刈って、草の刈られた場所にオオカミ連れてきて燃やすだけ。もうへとへとだよ」
グリューさんは65頭のオオカミをひたすら積んで燃やす準備をしていたらしい。一刻ほどで狩りを止められたカイくんと、カイくんを止めに行ったジールさんと三人でひたすら夕方までオオカミを積み上げて燃やしていたらしい。
周りの人たちの要望でカイくんが狩りに行くのはそれからしばらくの間は一日狩りに行ったら二日はお休みに。狩りの日も狩る時間は昼前に一刻、昼後に一刻の二刻だけ。その日はダンダさん、ノンナさんも万端の準備をして、アガサさん、ネリアさん、カリンさんも用事を片付けて手伝えるようにしてくれていたし、車椅子に乗っているとはいえ、元狩人で腰を痛めているハルさんも作業机の上でうさぎや鳥を解体してくれた。
カイくんには今後三台の魔法の台車を貸し出すことにした。二台が獲物の往復用、一台はオオカミの処理用。きつねは毛皮が使えるし、熊は肉も食用に出来る。オオカミだけは焼かないといけないけど、それも魔法の台車に乗るようにした。
これはグリューさんとジールさんから泣きが入った結果で、カイくんの狩りの日はドリンさんもオオカミの処分を手伝うようになった。魔法の台車で村の入り口までオオカミを運んでもらって、そこでひたすらドリンさんが焼く。台車が戻ってくるまではグリューさんとジールさんがオオカミに印をつけて、台車が帰ってきたら印の位置のオオカミを自動で回収するように。
おかげで夏の終わりには平原に普通に入れるようになり、秋の木の実の時期には森にも入れるようになった。
イケーブスでは大量の干し肉や燻製肉が作られ、商隊に売ることも出来るようになって、ようやく村の生活は正常に戻り始めた。
初夏に来た君は若いのに、まだ成人したばかりなのに、イケーブスの村にあっというまに受け入れられたんだ。
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