第二章

第五話 封印された理由

「もう結構街から離れたね…。」

「やっぱり外は良いなぁ。」



1000年ぶりの外を満喫する龍を放っておいて来た方を見やると、街はすでにかなり小さくなっていた。ずっと坂道を登ってきたため、ここからだと街を一望できる。首都だけあってかなり大きな街だったようだ。



「ねぇ、本当に荷物全然持たなくていいの?」



今現在、私は手ぶら。暑くなって脱いだ上着だけを手に持っていた。



「ん? あぁ、俺は人間じゃねぇからな。お前らとは重さの基準が違うから問題ねぇよ。」

「そう…。ありがとう。」



笑顔で言うあたり、本当に皇憐にとっては重くないんだろう。どう見ても重そうなのだが、実は軽いんだろうか。


そういえば、まだ中身を聞いていなかった。



「そういえば、荷物って何を持って来たの?」

「食料だろ、布団だろ、料理道具だろ、あとは縄とか細けぇ物と、お前の着替えだ。」

「…え?」

「ん?」

「私の…?」

「おう。」

「………。」



私はその場に呆然と立ち尽くした。


そうだよねそうだよねそうだよね!? 私ボンヤリしてた! 着替え! 必要だよね!



「安心しろ。お前の下着肌着、服、全部入ってっから。」



振り返った皇憐は笑顔でそう言った。


私はその場に膝から崩れ落ちた。推しに…下着や肌着を…用意してもらった…? 女子高校生にはキツいわ…。



「お、俺は触ってねぇし見てねぇぞ!」

「え!?」



私は勢い良く顔を上げた。私の反応を見て、皇憐は慌てたように付け足した。



「お前の服関係は、女官が用意した物だ! 指示したのは俺だが、中身が見えないよう包まれた物を荷物に突っ込んだだけだ。」



私はそれを聞いて心底安心した。恐らく物凄い笑顔になっていることだろう。涙が出るほど嬉しい。女官さん、グッジョブ…!


私は気を取り直して皇憐の後を追いかけた。




「それにしても、変な話じゃない?」



1時間ほど黙々と坂を登った頃、私の足に限界が訪れたので休憩を挟んだ。



「何がだ?」

「どうして自分の封印を自分で直すの?」



ずっと気になっていたことを直球で訊いてみた。実は『皇憐-koren-』を読んでいたときから気になっていたのだが、本編ではまだ言及されていないのだ。


皇憐は頬杖をついて首都の方角へと顔を向けた。恐らくどう答えるべきか思案しているんだろう。そんなに回答に困るようなことなんだろうか…。



「……言いにくいならいいんだけどさ、普通封印されてる側って、解放されたいと思うんだよね。」

「まぁ…、そうだな。」

「1000年も封印されるなんて…、何をやらかしたらそんなことになるの?」



そう問うと、皇憐は「ん〜」と言葉を濁しながらこちらに顔を向けた。



「皇太子の婚約者の略奪?」



悪戯いたずらっ子のようにニヤリと笑ってそう言うものだから、私はギョッとして腰掛けていた岩から転げ落ちそうになった。

何とか体勢を立て直して皇憐に向き直るも、どうやら嘘ではないようだ。



「重罪だとは思うけど…でもさ、1000年も封印するようなこと…?」



そう言うと、皇憐は笑って肩をくすめるだけだった。これ以上は触れるな、ということか。私は封印の理由を聞き出すのを諦めた。



『皇憐-koren-』の中では、皇憐はよこしまな龍として扱われている。国民にもそのように伝わっており、行く先々で皇憐は自分の悪評を耳にすることになるのだ。

けれど…、昨日会ったばかりだが、そんな悪い人には見えない。皇帝たちの接し方も、『皇憐-koren-』のそれとは異なっているように感じる。


まぁ『皇憐-koren-』はあくまで漫画だし、多少の知識は与えてはくれても、旅の指南書とするには無理があるか。多少の知識を与えてくれるだけでも感謝せねば…。そう思い、私は心の中で手を合わせた。



「さて、もう少し先に進むぞ!」



膝に手をついて立ち上がった皇憐を、つられて見上げた。


…やっぱり、かっこいいなぁ。推しとこんな風に一緒に居られるなんて、なんて贅沢。贅沢を噛み締めながら立ち上がると、背後に何か気配を感じた。



振り返ると、木と木の間からこちらを伺う熊がいた。



「こ、皇憐…!!」



私は慌てて岩から飛び降りると、皇憐の側に寄った。熊はノソノソとこちらへ近付いて来ると、低い唸り声を発した。


待って、戦う方法考えるのすっかり忘れてた! 私戦えないし、皇憐も戦えないし、逃げる!? って、逃げ切れるもの!?


脳内パニックに陥る私を他所に、皇憐は荷物を私の足元に置いた。



「荷物頼む。」



そう言って、皇憐は熊の方へ少し近付いた。



「こ、皇憐!?」

「おーおー、こりゃ『怨念おんねん』に取り憑かれてんなぁ。」



そう言うと、皇憐は空中に手をかざした。するとどこからか大量のつるが伸びてきて、熊の四肢を縛り上げた。



「結。」

「は、はい!」

「こいつの顔、もんが出てるの分かるか?」

「紋…?」



よくよく見れば、なんだかつたったような黒い模様がある。



「怨念に取り憑かれている証拠だ。」

「え…?」



私が困惑している間に、皇憐は蔓で心臓を一突きにして熊を仕留めた。あまりの急展開にボンヤリと熊の顔を見ていると、目の光がどんどん失われ、やがて消えていったのが分かった。


そして熊が死んだと同時に、先程の模様も徐々に消えていった。

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