第11話 魔王は自殺を許さない
真夜中のビルの屋上にて、一人の女性が茫然と地上を見下ろしていた。
地上を見下ろす彼女の瞳には破棄がない。
もはやこの世界に幸福などない。
そう言いたげな目をしていた。
「・・・・・・・・」
彼女はただ無言である。
呼吸さえも聞こえないほどに静かであるが、それでも彼女は生きていた。
「・・・・・もう・・・・・やだ・・・・」
彼女は風に消えそうなくらいの小声で呟く。
上司にセクハラされていること。
セクハラを嫌がれば仕事を押し付けられること。
そんな自分を同僚は見て見ぬ振りし誰も助けてくれないこと。
助けるどころか自分を生贄に上司と一緒になってイジメてくること。
大好きだった彼氏に六股され捨てられたこと。
唯一安らぎを与えてくれたペットのハムスターが死んでしまったこと。
両親からいい加減結婚しろと、女は結婚して子供を産むのが幸せなんだと言われ続け、無理やり好みでもない10歳も年上の男性と見合いをさせられること。
毎日毎日仕事漬けで全く自由のない日々を送っていることに、彼女は疲れていた。
故に彼女は生きることに疲れてしまい、生きていたくないと思って、働いている会社の屋上にフラフラと訪れてしまった。
人生を終わらせるために。
自宅で死のうとしなかったのは、自分を苦しめた上司や同僚達への当てつけだろう。
そして自分を助けてくれない会社への嫌がらせでもある。
もしかしたらここで私が死ねばこの会社を潰すことができるかもしれないし、潰れなくとも何かしら改善されるかもしれない。
この会社が改善するのではなく、どこかの会社が、この日本の中にあるどこかの会社の人々が、会社を経営する人達が、日本の偉い人達が少しは変わってくれるかもしれない。
だから、無駄じゃない。
無駄じゃないはず。
そう言い聞かせながら彼女は靴を脱ぎフェンスを乗り越えだした。
「矮小なる者よ。そんな簡単に命を手放すつもりか? それはあまりにも勿体なきことぞ!」
だがそんな彼女を止める者がいた。
そう、最強魔王様が彼女の隣にいた。
「だ、だれ!?」
「誰と問われれば答えてやろう! 我こそは最強にして最強の最強魔王様である! 嬉し涙し歓喜感激感無量するがよい!」
「は、はぁ」
あっ、この人絶対ヤバイ人だと女性は一歩距離をおく。
「なんだなんだ? 今まさに死のうと思っとった癖に我が怖いのか? まぁそれは仕方が無いことよな! 我こそは死よりも恐ろしき存在! 最強魔王様であるからな!!」
ドンッ! と胸を張りながら声高々に宣言する最強魔王様。
最強魔王様を知らない人から見れば変人にしか見えないのは当然と言えよう。
「まぁ、我の事は良い。それより矮小なる者よ。こんなところで無意味に命を散らすのであれば、悪魔と契約せぬか? 今なら矮小なる主の命一つで、我の髪の毛程度の野良悪魔と契約できるぞ?」
「むいみ? あくま?・・・・・・はは、なによ。私の命なんて無意味って言いたいの。アンタ、私の事バカに来たわけ? それに悪魔ですって、ほんとバカにしてる・・・バカに・・・バカにしないでっ!!」
「わざわざ矮小なる者に時間を割いてまでバカになどこぬぞ。主とてわざわざ死にかけている蟻を煽ることなどせぬであろう?」
「私は虫じゃない!」
「うむ?」
どうにも話がかみ合わぬと、最強魔王様は首を傾げる。
まぁ、それはさておきと最強魔王様はぱちんと指を鳴らし、一枚の契約書とペンが何もない空間から取り出され、女性の前にフヨフヨと浮かべてみせた。
「うきゃ!? な、なに!?」
驚きのあまり倒れ込む。
幸い倒れたのがフェンス側であったから良かったが、そうでなかったら今頃地面と熱いキスをする事になっていただろう。
「面倒であるから悪魔と契約するか、しないのか、主が決めるが良い」
「な、なにこれ! なんなのこれ! これはなになの!」
「悪魔の契約書である。この契約書にサインをすれば、矮小なる者の魂は悪魔に売り払われることとなる。だが、魂を捧げる代わりに一つだけ些細な願いを叶えてくれるであろう」
「些細な願い・・・・・・」
そんなのじゃ契約しても意味ないじゃない!
そう思い文句を言いそうになった女性であるが、
「先程主が望んだこの会社の不祥事であったり、社会環境であったり、主を苦しめた者達に不幸が訪れるであろうな」
その言葉を聞いて文句を言うことはなく、ただジットプカプカと浮かぶ契約書に視線を向けていた。
「これに・・これに・・サインすれば・・・本当に・・・私を苦しめた人を懲らしめてくれるんですか?」
「うむ、それは確実である。魂を捧げるのだから、それくらいの願いを叶えなくては悪魔失格である」
「そう・・・なんだ・・」
おっかなびっくりしながらも、女性は浮かぶペンと契約書に手を伸ばした。
そして、自殺を考えた女性は震えながらもその契約書にサインをした。
女性は最強魔王様の言葉を本気にはしていなかった。
ペンや契約書が浮かんでいたのは何かの手品で、この変な人は自殺をする私を止めに来ただけの人。
そう思っていただけと、そう思っていた。
神や天使がこの世にいないように、悪魔もまた存在しないのだから。
そう思っていたのだが、
「ブフヘヘヘヘヘヘヘッ! 愚かなる人間ヨ! 我に魂を捧げるとは愚かなリ! 望み通り食ろうてやるワ! この最強悪魔! ベレベドロト様がな!」
悪魔だけは本当に存在していたようだ。
山羊のような鋭い二本角。
鼻が高く、ドラキュラのような尖った八重歯。
骸骨の様に肌は真っ白で、目がくぼんでいる。
そしてボロボロだが大きな、大きな蝙蝠のような羽を生やした悪魔がそこにいた。
鬼の手かと思うほどの手が私に迫ってくる。
私の魂を奪うために、私に迫ってくる。
そして私の魂は
「お前は今日から我の下僕だ。しっかり働け」
「げぼほぉっ!?」
隣にいる最強魔王様の手によって奪われずに済むのだった。
最強魔王様はただ言葉を発しただけ、ただそれだけで、自称最強悪魔の額には従属の契約がなされることとなった。
「そしてこの悪魔を下僕にしたのだ! 主の魂は我のモノとなった! 故に主は生涯かけて我のために働くが良い! 安心するがよい! 我はどれほど矮小で使えぬ者であっても使い潰してやるからの! クハハハハハハハハハハハッ!」
「え、い、いやで・・・いった!? いたたたたたたたっ!?」
「契約はなされた! 我に従わぬと言うのであれば、最近運動不足の癖に行き成り過激な運動を始めた愚か者の痛み(筋肉痛)を味合わせてくれるっ! クハハハハハハハハハハッ!!」
そうして私は、この最強魔王様の命令に逆らえなくなり、連れ去られることとなった。
これから死ぬよりもつらい地獄の日々を送ることになるのだろうと、最強魔王様の笑い声に私は恐れおののくのだった。
ちなみにその後の私はと言うと、
ま~お~さ~ま~! さ~い~きょ~う~!
「お仕事終わりの鐘である! 全員直ちにお仕事を終え帰宅せよ! スーパーのタイムセールに行く者は横断歩道に気を付けるのだぞ! 危険な運転! 無理な横入り! わき見運転等せぬようにな! それでは、おつまおさま!」
「「「「おつまおさま!!」」」」
最強魔王様が立ち上げた株式会社マオウマオに転職し、そこで事務作業をこなしています。
基本的に勤務時間は8時~17時で、基本給は30万ととても高く。
月額10万円支払うと、電気・水道・ガス・衣・食・住・小物類などなどが全て無料になり、他にも国内旅行や海外旅行もどこでもタダで行けるようになるのです。
勿論お土産などは自己負担ですが、生活費が全くかからないこの状態は天国としか言いようがありません。
「ねぇ~、今日飲みにいかな~い? 最近おしゃれなバ~を見つけたのよぉ~」
「またですか? 悪魔でもお酒の飲み過ぎは身体に悪いですよ?」
彼? 彼女? はベレベドロトさん。
私の魂を奪おうとした悪魔であるのだが、ここで一緒に働き始めてから次第に仲良くなり、今では仕事終わりや休日にショッピングしに出かける間柄になりました。
「そうなんだけど、そこのバーテンダーがイケメンなの。角のねじれ具合がまたいいのよ!」
「もぉ、私には悪魔さんの角の良しあしなんてわかりませんし、それじゃあ私が楽しめないじゃないですか」
「大丈夫よん! なんて言ったってそこには、元芸能人の人間も働いているらしいわ。モデルの子とかアイドルの子とかお笑い芸人とか」
「モデル・・・アイドル・・・そ、それなら行こうかな」
もしかしたら、いい出会いがあるかもしれないし、出会いがなくともイケメンを見るだけで心が安らぐから。
そんな感じで私は結構充実した毎日を送っている。
風の噂で元勤め先の会社が倒産し、魔王様がその会社を買い取ったと耳にした。
そして、その会社の社員達全員も雇用し、一から最強魔王様が考案した、脆弱生物でも真脆弱生物に早変わり! と言う地獄の教育を施されているらしい。
逃げようとしても逃げられず、変わりたくないと言っても洗脳じみた教育を施され、強制的に最強魔王様バンザイ! にさせられているのだとか。
まぁ、私には関係ないよね。
こんなにも充実した日々を送れているんだから私には関係ない。
関係ないのヨ?
最強魔王様バンザイッ!!
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