第11話 礼哉、素晴らしきその力(?)


四故槍よこやり君……」


 西園寺さんがつぶやいた。

 すごい名字に聞き覚えがある。西園寺家ほどではないにしろ、大きな企業グループの幹部一族の名だ。

 いつか、齋藤さんとの世間話で聞いたことがある。この街には分家筋の邸宅があると。四故槍家。名は体を表すわけでもないだろうが、あまり評判は良くない。

 西園寺さんと面識があったとしても不思議ではない。だが……。


「なにか、ご用ですか?」


 西園寺さんが半身で尋ねた。警戒感を露わにしている。

 俺は怪訝に思った。入学式の彼女は、四故槍の少年に対してだった。

 明らかに態度が変わっている。


 そんな西園寺さんの様子を気にもとめず、四故槍少年は胸を張った。


「さっさと教室に戻るんだよ。俺とお前、ふたりが揃っていることに意味があるんだぜ? なんたって――」

「……!? 駄目、ダメですっ」


 西園寺さんが慌てる。四故槍少年の口は止まらない。


「俺とお前は、今日から正式な許嫁になったんだからよ!」


 許嫁……?

 西園寺さんと四故槍少年が?


 西園寺さんががたんと音を立てて立ち上がった。俺のもとに駆け寄る。


「礼哉さん。違うんです。これは、違うんです!」

「……、だぁ?」


 西園寺さんが「しまった」という表情で口を押さえる。

 不穏な空気が用務員室に漂った。


 四故槍少年がゆっくりと用務員室に入ってくる。

 俺の前まで来ると、彼はテーブルの縁をガンッと上履きで蹴った。上からのぞき込むようにして、俺を睨む。


「おいあんた。ただの用務員のクセに俺のことりに手を出しやがったのか? ああ?」


 そのまま西園寺さんに対して手を伸ばす。

 俺はその前に彼女の腕を取り、背後に隠した。

 四故槍少年と真正面からにらみ合う。


 ――俺と西園寺さんの間にはなにもない。なにより俺はこの学校の職員、そして彼女は生徒だ。


 ……と、俺の立場なら毅然と口にすべきなのだろう。

 頭では理解している。

 だが今、敵意を込めて俺を睨み上げてくる少年に対して、それを告げることができなかった。理由はわからない。


 なんか、癪に障ったからだ。


 職員としてあるまじきこと。

 だけど、そうだな。

 この少年の言うとおり、所詮、俺はだ。

 ご立派な生徒様や教師の面々と同じことをする必要はない。


「少年」


 俺は感情を殺して言った。


「悪いことは言わないから、その足を降ろすんだ。早めにこの部屋から出た方がいいぞ」

「ああ? なに言ってんだてめぇ」

「用務員室にはいろいろなモノが置いてあるだろ。この学校ができた当初の古い品もある。そういったモノたちは、


 四故槍少年の表情が怪訝に染まる。

 俺は用務員室の、ひときわ暗い場所に目をやった。


「特にこういう雨で薄暗い日にはさ、皆、気が立ってるんだ。昔を思い出すっていうかさ」

「……な、なに言ってんだよホントに」

「いやいや。ただ忠告してるだけだよ」


 少年に視線を戻す。

 少しだけ猫背になり、四故槍少年を下から見上げるように言った。


「あんまりこの部屋で粗相をしていると……かもよ?」


 落雷。

 いきなり雨脚が強くなる。

 外のトタン屋根が、強い雨に打たれて不吉な音色を奏でる。

 窓のすぐ近くで、カラスが大声で鳴いた。


「ほら。

「う、うわああああっ!?」


 四故槍少年が泡を食って逃げ出した。

 開けっぱなしになった扉から、彼が一目散に校舎に向かう様子が見えた。さすがスポーツマン。そこそこに足は速い。


 俺は頭をかいた。


「もしかしたら、本当にかもしれないなあ」


 ほとんど口から出任せのつもりだった。

 こんなバッチリのタイミングでホラー展開が重なるとは。

 俺は霊能力者じゃない。霊の姿が見えるとか、そんな特殊能力なんか持ってない。

 けれど、この用務員室にある様々な物品に、それらが持つ歴史に敬意を抱いているのは本当だ。


 俺は用務員室の奥に向かって頭を下げた。


「ありがとう。助かったよ」


 すると、心なしか部屋が明るくなった気がした。外を見ると、雨脚が弱まって雲が薄くなっている。


 ……すごい局所的な通り雨だったんだなあ……。


「西園寺さん。大丈夫か?」


 俺はずっと後ろに隠れたままの少女に声をかけた。

 西園寺さんは俺の服をつかんだまま、うつむいて震えている。

 あの四故槍少年すら恐怖で逃げ出したのだ。彼女が怖くないわけがない。

 落ち着かせようと、振り返る。


「礼哉さん……す――」

「す?」

「す、すごいですっ! 礼哉さん、英霊を呼ぶことができるのですね!?」

「落ち着け」


 違う意味で落ち着かせる羽目になった。

 西園寺さん、そっち耐性は十分だったのね。むしろ「大好き」まである。

 このへん、岸島センセイとは真逆だ。


 目を輝かせながら用務員室を見回す西園寺さん。俺はため息をついた。


「俺は霊能力者じゃないよ。ただの偶然」

「そんなことありません。きっと礼哉さんにはすごい守護霊が付いているんですよ」

「えぇ……」

「私は信じていますよ。だって、礼哉さんは十年間――いえ、それよりもっと前から、亡くなった命に敬意を払ってきたじゃないですか」


 俺は目をしばたたかせる。

 彼女は言った。


「守護霊さんたちが、礼哉さんを大好きだって私は信じています。だって、私もそんな礼哉さんが大好きですから」


 しとやかな笑みで告げる西園寺さん。

 ほのかな外光に浮かび上がる美少女。ただただ綺麗としか言えない彼女からの告白に、不覚にも俺は――胸を高鳴らせてしまった。


 俺が突っ立ったまま黙っていると、西園寺さんは可愛らしく小首を傾げた。

 その仕草ひとつひとつが気になってしまう。


 わざとらしく咳払いをして、浮ついた気持ちを払いのけた。


「それで、西園寺さん。いったい彼とは、なにがあったんだい」

「……あ」


 西園寺さんの表情が曇る。


 ――予鈴が鳴った。

 気まずい空気の中、西園寺さんは用務員室の扉に向かう。

 戸口の枠に手をやり、彼女はつぶやいた。


「四故槍君のご実家に、連絡があったそうなんです。私を、彼の婚約者として紹介したいと。その……私の義理の母から」



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