■ EX24 ■ 閑話:魔王国民ゲイルとクリス Ⅷ






 そうしてケイルたちの日常に、本日のアイシャニュースを逐一確認する、という項目が追加されたわけであるが、


「とりあえず今のところは平穏だ。どうやらあのアイシャという娘はのびのびと暮らしているらしいな。相変らず魔眼も使われていないようだ」


 怒ればいいのか悲しめばいいのか悩んでいるダサルにそう告げられれば、ケイルたちもホッと一安心である。

 現時点でケイルらはゴウファたちも含め、第九圏アィーアッブスへと移動している。


 第十圏キムラヌート第一圏バチカルはもっとも離れた大穿孔都市セントラルシャフトであるため、反デスモダス派たちは何かあった時にすぐ動けるよう、第十圏キムラヌート近隣の第七圏ツァーカブ第八圏ケムダー第九圏アィーアッブスへと参集し始めたのだ。

 とはいえ、新参たちであるケイルに全貌を掴ませる気はないらしく、ケイルたちは未だダサル班以外の反デスモダス派が誰なのか知りもしない。


 ゴウファたちは見ていて心配になるほど純朴ではあったが、この警戒ぶりからして指揮官連中はキチンと組織として正常に機能しているようだ。

 だからこそ逆にケイルたちはゴウファたちの未来が心配にもなってくるが。


 ダサルは時々ふらりとどこかへ行き、恐らくは仲間と連絡を取っているのだろう。その間ケイルたちはゴウファと共に留守番であり、何らかの仕事を振られることもない。

 ただゴウファもダサルも一応実力より下の等級に押さえているとはいえ士民制度から完全に足を洗ってはいないため、国民の義務から完全には自由になれていないようだ。

 代わる代わるに外出しては義務労働に従事し、時に闘技場で戦いつつ休暇を取得せざるを得ないようだ。


「ガンガン闘技場で戦って休暇を溜めればいいんじゃないのか?」


 ケイルはそう首を傾げるが、士民制度について深掘り学習を続けていたアイズにはそれができない理由も既に分かっている。


「意図的な手抜き敗北は闘士法違反で処罰の対象らしいぞ。だから等級を上げたくないならあまり戦えないってことだろ」


 なお金を貯めるために魔王国入りしてからひたすら戦っていたケイルは休暇の貯金がある為、今のところ何もせずともよい状態だ。


「新しい情報が入ったぞ。次の狩猟遠征にデスモダスが監査として同行するらしい!」


 そうしてダサルが持ってきた情報に、ダサル班は静かに沸いた。

 デスモダスが国を離れる! しかもウィアリーを家に残してだ!


「アイシャはどうなる? デスモダスが連れていくのか? それとも留守番か?」

「食糧民一人一人の行動までは伝わってこないが……デスモダスから奪い返すチャンスではあろう」


 なおダサルがケイルたちに協力的なのは、反デスモダス派の間で「あの食糧民をデスモダスの側に置いておくのは危険だ」との判断が下された為である。

 別に絆されたわけでもお人好しなわけでもない。反デスモダス派の間ではアーチェの処分は比較的優先度の高い戦術目標となっているというだけの話だ。


「言っとくが、もしアイシャをぶち殺そうってんなら流石にダサルの旦那相手でも許せねぇぜ。恩を仇で返すような真似はしたくないがよ」

「……分かっている」

「アレは俺の女だ、俺が厳選した俺の女なんだからな」

「そういうところは本当にデスモダスにそっくりだな。分かっているから耳元でがなるな」


 一応、ケイルを手札としているダサルとしてはアーチェの殺害に消極的らしいが、他の反デスモダス派からすれば食糧民を慮る必要はない。

 故に周囲では何とかしてアーチェを殺害しようと複数の計画が動いているらしく、それはデスモダスの方でも掴んでいるらしい。


「その食糧民、今度はニンファ様のお茶会に呼ばれたらしい……クソッ、俺たちですらニンファ様にお誘いを受けることなどないというのに!」


 あ、ダサルはわりと強火のニンファのファンだったんだな、とどうでもよいことをケイルが考えている裏で、デスモダスによるアーチェの立場固めは着々と進んでいるようだ。

 アーチェを一闘士民に引き合わせたのは、アーチェの価値を一闘士民に認めさせ、その殺害は己にとって許しがたいことであると周知するためのデスモダスの画策だろう。

 何やらデスモダスから直々にアミュレットを下賜されたという話も伝わってきて、段々と反デスモダス派もアーチェに手を出すのが難しくなり始めている。


 ただ、時の経過と共に情報も明確になり始めてきて、


「どうやらあの食糧民もデスモダスと共に監査に向かうらしい。ゲイル」

「なんだ? ダサルの旦那」


 ダサルがやや不快気な視線をケイルへと向けてきて、だからどうやら出番らしいとケイルもアイズも覚った。


「上からの命令だ。監査中のデスモダスに横槍をぶつけるから、その隙にあの食糧民を攫い、そのまま共にこの国を出て行って貰う」


 なるほど、ダサルが不快になるわけだとケイルは再び覚った。

 ダサルからすればアイズとケイルは強力な手札である。こんなところで使い捨てるのは業腹なのだろう。だが、


「目的は同じだが手段は同じくしていない。つまりはそういうことか」

「ああ。我々の戦力強化を好ましく思わないものもいるということだ」


 要するにアーチェを殺したくないなら、お前たち自身の手でデスモダスの手の届かないところまで移動させろ、と要求されたに違いない。

 アーチェにそこまでしてやる義理はダサルにはないが、だからと言ってアーチェの殺害に賛成すれば結局のところケイルとアイズは離反してしまう。要するに仲間内の交渉でダサルは詰みに持っていかれたわけだ。

 どうやら純朴なのはダサル個人の特徴であり、他の反デスモダス派はちゃんと狡知に優れた活動が行なえているらしい。


「もう取らぬ狸の皮算用を始めてるってか」

「ああ、笑える話さ。勝ち筋すら未だ全く見えていないのにな」


 そしてそれは真摯にデスモダス政権を打倒しようとしているダサルにはよほど腹に据えかねたのだろう。

 要するに「お前んとこ楽して強くなるのズルいからそれ無しね」と味方に足を引っ張られているのだから。


 その一方で出撃か、とケイルとアイズは拳をギュッと握りしめていた。

 多少は強くはなっているだろうが、それでもデスモダスの前では誤差の範囲だ。故に気になるのは、


「横槍ってのは多少なりともデスモダスに刺さるのか?」


 反デスモダス派が用意する横槍の実力がどれほどのものか、だ。強ければ強いほどによいが、デスモダスは一闘士民の中でも頭一つどころか三身長分ぐらいは飛び抜けた強さを誇るという。

 生半可な横槍では刺さるどころか跳ね返されてしまうだろう。


「同じ一闘士民だ。手も足も出ない、ということはないだろうが、それでもまず勝てはしまい。だがこれ以上の横槍など用意はできん」

「へぇ、一闘士民を味方に引き込めているのか」

「いや、全く無関係だ。だがけしかけることはできるのでな」


 その一闘士民は反デスモダス派どころか親デスモダス派らしいが、なのに唆せばデスモダスには襲いかかってくれそうなのだという。

 自分は馬鹿にされているのか? とケイルは訝しんだが、戦闘狂なのだと言われて少しだけ納得した。

 ほんのちょっぴり煽って終わり。故に反デスモダス派の足は付かない、ということだ。


「ゲイルたちとはこれでお別れなのか、せっかく心強い仲間ができたと思ったのになぁ」


 ゴウファらが残念そうにそう呟く肩を、ケイルは親しみを込めて叩いてみせる。


「すまねぇゴウファ、男の友情も大事だが、俺ちゃんにはやっぱり女が一番なんだ」

「……そういうとこ、本当におまえデスモダスの子供なんだなぁ」


 そうぼやいたゴウファが伸ばしてきた手を、ケイルはガッシリと掴む。


「まぁいいや、女の子は大事にしてやれよ。泣かせちゃダメだぜ」

「ああ、俺も旦那やゴウファたちの勝利を祈ってる。見事親父殿の首級を上げて見せてくれや」


 そうして、狩猟遠征監査のためにデスモダスが第十圏キムラヌートを発つ前日となった日に――




――――――――――――――――




「ゲイル、来てくれ」

「どうした、ダサルの旦那?」


 アイズを残し、ケイル一人だけが第九圏アィーアッブスの小さな一室に呼び出される。


「幹部がお前の実力を一応確認しておきたい、とのことだ。こっちだ」


 ダサルが荷を避けた下には階段が隠されていて、


「私も同行は許されていない。お前一人で行って帰ってこい」

「……実力確認なのにクリスは要らねぇのか?」


 そう促すダサルの意図がケイルには読めない。あくまでアイズを含めて戦力と見做されていると思ったのだが――だからこそ、違う意図があるのでは? という裏の問いにも含めて、ダサルが首を横に振ってみせる。


「通常の血鬼ヴァンプ族は食糧民を戦力とは見做さないし信用もしない。力のある食糧民は寝首をかこうとするものだからな」

「……ああ確かに、それが普通だろうな」


 よくよく考えればケイルと互角に戦えるのにケイルに従順なアイズという存在はかなり奇矯なのだ。用心深い血鬼族なら確かにアイズに情報などは渡したくないと考えるだろう。

 分断されての各個撃破を受ける可能性も頭を過ぎったが、結局ケイルは言われた通りに一人階段を降りてその先の通路を進む。

 灯りのない通路は血鬼族の闇を見通す目がなければ床と壁の位置すらも把握できず、だからこの先に待っているのもやはり血鬼族なのだろうが――


 そうして拵えられた扉を潜った先、夜光虫が照らす灯りしかない狭い一室でケイルを待っていたのは、


「来たか」


 ケイルを待ち受けていたのは――体格からして男、ではあろう。だが正確には読み取れない。なにせ、


「一度会ってその意思を確認しておきたかったのでな」


 そう呟く男の顔は、今のケイルと同様に仮面に覆われていたからだ。


「あんたは?」

「反デスモダス派の中核の一人、ダサルの上司の上司に当たると言えばいいか。だが、お前にはこっちの方が分かりやすいだろう」


 そう嘯いた男が仮面に掌を当ててそれを剥ぎ取れば――確かに。

 その素顔は嫌と言うほどに、その男が何者なのかを能弁に語っている。


「今回、お前には私の判断でアルヴィオスに帰って貰うことにしたが――いずれその力を借りることになるだろう。ダサルに指示を出し、お前を拾い、鍛え上げるように指示したのが私なのだから不服はあるまい?」

「……ああ、勿論だ」


 ケイルは黙って頷いた。なぜダサルがあれほどまでにケイルに親身だったのか、その全てに納得がいったからだ。

 この男の身にはデスモダスを殺さんとする意思が、理由が溢れん程に詰まっているだろう。


「お前が私と同じだと――そう信じて素顔を明かした。このことは誰にも言ってくれるなよ? お前の食糧民にも、お前の主にもだ」

「ああ。分かってる」


 ケイルは素直に同意した。アーチェにも秘密というのは本来あり得ない選択だが、そのあり得ない選択をケイルにさせるだけの理由が、この男の顔にはある。

 それにダサルの上司である、ということは要するにアーチェを殺さず攫う、という方針を立てたのもこの男なのだから、恩を仇で返すわけにもいくまい。


 もっとも、この男はケイルを一度帰国させることが目的だと言っていたから、その為にアーチェを帰すだけで、別にアーチェを助けたいわけではないだろうが。


「強くなることだ、ゲイル。デスモダスは己の子を、と欲した女を諦めることなど絶対にない。強くならねばいずれデスモダスは必ず、ここであの食糧民を運良く奪い返せても必ず取り返しに向かうぞ」

「それを阻止するまでは協力しちゃくれねぇ、か」

「当たり前だ。私の目的はデスモダスを殺す、ただそれだけだ。デスモダスが倒れれば、それ以降のことなどどうでもいい。血鬼族はニンファ様辺りが上手くやって纏めてくれるだろう。纏めてくれなくとも構わないがな」

「族益に興味はねぇ、と」

「ないな。お前がダサルに語った言葉を借りるなら、デスモダスを殺す為に必要な棺桶の数など、私にとってはどうでもいい話でしかない」


 再び嵌められた仮面の奥で、赤い瞳が爛々と燃え上がっている。だからケイルには理解できた。

 アーチェに出会わなかった場合の自分の末路が、恐らくこの男なのだろう、と。


「話はこれで終わりだ。吉報を祈っている。縁があれば、未来で共に」

「実力チェックはいいのかい?」

「元より博打だからな。デスモダスの打倒など」


 男の首に輝く士民証が示すは、この国においてこれ以上はない闘士の位。そんなこの男の実力を以てしても、やはりデスモダスには届かないのだろう。

 数多の博打で勝ちを運良く拾えたその上で初めてデスモダス討伐など成し遂げられる、それは奇跡なのだ。


 ただ分の悪い賭けと分かっていても、ケイルやこの男はそれに乗らざるを得ない。そうしなければいけない理由があるから。


 それ以上言葉を交わすこともなく、ケイルは踵を返して男の元を去る。

 いずれケイルは、この男と共に暗躍することになるだろう。そう仕向けることこそこの男がケイルを一人呼び出した目的で、それは見事に達せられた。


 要するにケイルはまんまと乗せられたわけだが――別段それは苦痛を伴うようなものではなく、むしろ心強くさえ感じられるぐらいだ。


「今はまだ届かねぇが――いずれ俺たち・・・がお前の為してきた事の報いを受けさせてやらぁ。親父殿」


 暗い通路を進みながら、ケイルは一人拳を握る。あの男に会えたという一点だけでも、ケイルがディアブロス王国に来た意味があったというものだ。



 あの男がデスモダスを殺そうとしている、その意思の強さは疑いないが――だからこそその目的の為ならケイルをダシにするぐらいのことはやりかねないが、それでも。


「一人じゃねぇ、ってのは安心できるもんだな」


 恩讐の刃は多ければ、多いほどいいのだから。









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