■ 134 ■ 狩猟遠征 Ⅱ
「どの範囲までの人死にが悲しいか、か。其方が私を何処かしら拒みきれぬのはそれが理由か。其方にとってはアルヴィオスの死もディアブロスの死も等しく悲しいのだな」
デスモダスの納得に、返す言の葉を私は持ち得ない。
私はこの世界が好きだった。
だから呆れるほどに前世で何度も何度もゲームをプレイした。
ゲーム感覚が抜けきってないと言われればその通りだろう。現実でメイやアイズを殺されればお前もすぐさま他人を恨むようになる、と言われればその通りではあるだろう。
私が高尚な人間でないことくらい私自身がようく理解している。
ただそれでも、
「戦争を賛美する連中を、私が好きになってやる必要はないからね」
私は今でもまだこの世界が好きだ。少なくともこの世界を前世の文明で開化してやろうなんて愚考をこれっぽっちも抱かない程度には。
異世界が好きなのだ。
地球化された異世界になど興味はない。
前世は今世より優れた技術を持っていたが、決して楽園などではなかった。
マンパワーがマシンパワーに置き換えられた結果、搾取と貧困、経済格差が広がっただけの世界でしかなかった。人の命の価値は実質的に鉛玉一つと等価、ある意味この世界よりも命が安いのが前世だった。
異世界の暮らしが酷い、なんて言えちゃうのは日本人の傲慢な勘違いだよ。
単に日本が凋落著しいもののまだ勝ち組の側にいただけの話で、日本の外には貧困、搾取、暴力、飢餓、人種差別、麻薬がこれでもかと転がっていたんだから。
そんな前世が今世より上等だとも、もちろん下等だとも思いはしない。
ただこの世界はこの世界なりの発展をして欲しいし、そういう世界を見ていたい。
「ディアブロス王国、問題は色々あるんでしょうけど。私にとっては続いていって欲しい国だわ」
人を殺す技術の副産物によって発展していった結果の社会は、前世で一度堪能している。
異世界まで来てそれの続きを見せられるなんて、私なら絶対に御免だ。
だからこそ、このディアブロス魔王国を私は嫌いになれない。永久凍土の火山の下に建てられたこの国を。
初代魔王が何を考えてこの国を建国したかは分からない。だけど他人から土地を奪うのではなく、自らの力で人の住まわぬ土地を立派な国土へと変えた初代魔王、これ以上尊敬に値する人なんていやしないだろう。
初代魔王は奪わなかった。他人や魔獣を殺してその土地を奪うのではなく、自らの知恵と技術だけで新たな世界を切り開いた。私が見たいものを見せてくれた。
ただ、その国に住まう国民は、他人の人生を奪わないと生きることが出来ない種族で――
「では私もなるべくアルヴィオスの民を愛するとしよう。それで其方の寵が得られるのであれば安いものよ」
ああ、私の人類愛はやはり偽善ね。私は戦争で人が死ぬことが悲しいんじゃない。
人を効率よく殺す技術によって発展した社会を一度堪能しているから、それとは異なった発展をする世界を見たいだけ。それが他人から見れば善性や博愛に見えるだけって話ね、これは。
「そうね、できればそうして頂戴。まぁだからって滅私奉公してまで他人のために尽す必要はないわよ。私だってそんなつもりは無いし」
一瞬、私を抱くデスモダスの腕が軽く弛緩し、その後にギュッと強く抱きしめ直される。
「油を被って火の海に飛び込むのは止めろといったはずだぞ、
「別に貴方に限った話ではないわ。人殺しを厭う人の死なら誰でも、私は悲しむことができるから」
この世界が前世とは異なる方向に舵を切るために、戦争を賛美する人を減らす。殺人技術による社会の発展を拒む。これが私の根底か。
こんなとこで唐突に気付くことになるとは、人生ってのはよく分からないものね、本当。
森の中へ降下を始めた影を追ってデスモダスが地面へと降りると、既にそこにはディアブロス王国の精鋭たちが隊伍を為して私たちを待ち構えていた。
ウォブ氏が
ボイコットする部下なんて最初から居ない方が計算が狂わなくていいからね。
ここは既にアルヴィオス王国最北の城塞都市の目と鼻の先である。
そこに至るまでにあった小規模の集落は既に逃げることも、ましてや伝令すら放つことも出来ずに全員が接収されたと聞いている。
戦らしい戦にもならなかったそうで、まともな戦になるのはここからってこと。つまりデスモダスが監査する必要があるのはここからということだ。
国境付近とはいえ、ここは既に夏のアルヴィオス王国内、再び不要になった厚着を一部脱いで使用人にお返しすると、
「ご苦労、監査官」
それを見計らったかのように、先に現場に赴いていたニンファ氏とニール氏が此方に歩み寄ってきたのでデスモダス共々膝をついて二人に臣下の礼をとる。
デスモダスが監査官としてついてきた、と一般士民が知ると緊張で動きが鈍りそうということもあり、監査官が来ることは部隊に告げてあってもそれがデスモダスであることは隠しているのだ。
なお私については人間の行動パターン予測のためのアドバイザーとして連れてきた、という設定になっている。無論、大前提として監査官の食糧民としてだけどね。
黒い上着に黒いロングスカ―ト、黒のタイツと夜間仕様の服装ながらその豪奢なゆるふわ金髪はそのままという、防具を纏わぬ手抜き。あるいは自信。
そんなニンファ氏に頷かれたニール氏がパチンと指を鳴らすと、多分遮音の結界が張られたのだろう。夜風荒ぶ梢の囁きの一切がかき消える。
「どうした、リンリン。防音などして何事か生じたか?」
「襲撃予定先ですが、夜中であるにも拘わらず明らかに見回りの騎士の数が増員されています」
その一言と共にニンファ氏が私にチラリと視線を投げたのは、そうか。
「我々が夜襲を行なうことがアルヴィオスに漏れていた、と?」
「少なくとも私にはそう見えます」
誰が情報を漏らしたか、ふむ。
現時点で一番怪しいのは誰かと言えば当然、私よね。出来る出来ないはさておくとして動機としての話だけどね。
「アイシャ、どう見る?」
「……ゲイルたちを逃がしたわよね? 彼らも貴方に出会った直後の私と同程度の認識を備えているわ」
そう、ケイルたちはアルヴィオスに帰ったはずだ。そして魔王国魔法陣が死を蒐集していると予想し、そして食糧民がその為に犠牲になったことを知っている。
数多の食糧民を犠牲にしたのだから、その後にディアブロス王国の
納得したようにデスモダスは頷いた。
「逃げおおせたフローラの子がアルヴィオスに警戒を伝えたか。成程、状況とも合致する」
「……モダス様、何のお話ですの?」
「何、アイシャには弟とその連れがいたのだが
そうデスモダスが告げると、ニンファ氏が明らかに困った顔で額に手を当てた。
そういうのは先に言っておいて欲しかったという意思表示であることは明白なのだが、その表情を浮かべている当人自身がそれを諦めきっているのが多少哀れでもある。
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