■ 106 ■ 総合魔術演習 Ⅲ






 さて、アルヴィオス王国の軍備事情だけど、アルヴィオス王国は封建制に近い統治のため各領土が個別に騎士団を持っている。

 それは王家もおなじで、つまり国家騎士団というのは『王家直轄地の領属騎士団』に相当する存在と言い換えてもよいわけだ。


 そんな国家騎士団の騎士定員は8000人。従卒やら何やらを加えるとだいたい総兵員数は約5万人。

 フェリトリー男爵領の領属騎士団の定員が騎士20人、総員120だったわけだから、もう比べるのも馬鹿らしいくらいの差だよ。

 や、王家てっぺん男爵家ていへんとを比べるのがそもそもおかしいんだけど。

 国内の騎士は国家、領属合わせて7万人程なので、全体の一割が国家騎士団ということになる。いやはや凄まじいね、王家の地位は安泰だよ。


 ちなみに全国に7万も騎士がいると言うと凄く多そうだけど、それでもアルヴィオス王国の人口の1%にも満たないのだ。

 その上に立つ世襲貴族家は二百諸侯と言われる通りに220程、と貴族全体の1%にも満たないわけで……我ら門閥貴族がどれだけ狭き門かはこれでよくお分かりいただけるだろう。


 さておき、本日の総魔演である。

 此度は第二、第三師団合同演習とのことで、師団となると騎士がだいたい800人、総兵力は5~6000程度。両師団合同だと頭数が一万人を軽く超えるわけだ。


 部隊が整列する先は小高い丘になっていて、いやはや一万人を超える騎士従卒たちの隊伍が見渡せるのはいやはや壮観、ではあるのだが、


『ようこそいらっしゃいました、エミネンシア侯爵令嬢』


 二人の偉そうな服着た男から同時に声をかけられて、はたしてどうしたものかとお姉様が一瞬凍りついてしまう。


「お招き頂きありがとうございますジャムス伯爵閣下、ヴィガレス伯爵閣下」


 一応招待状の名義が第二師団指揮官ジャムス中将であったので、お姉様はそちらの名を先に出して応答する。

 しかし、こう言っちゃ何だけど醜態だよ。いや、お姉様がじゃなくて二人の伯爵が。


 お姉様を招いたのは第二師団のジャムス伯爵だろ? 二人同時に挨拶されたらどっちがどっちか分からないじゃん。

 こいつらアホなの? と思ったら、


「お初にお目にかかります。第二師団指揮官ハスラー・ジャムス中将です」

「第三師団指揮官のボワイン・ヴィガレス中将です。此度は第三師団の勇姿をお目にかけますぞ」


 二人が先を争うかのようにお姉様の手を取っていて、なるほどと納得せざるを得なかったわ。

 どちらも伯爵で中将、そして師団の指揮官と何もかもが横並び。んで今回の演習は第二、第三師団合同で開催ならそりゃあ火花バチバチにもなるわ。


 誰だこの演習計画したやつ大馬鹿かよ、現場にナンバーワンを二人用意するとか揉めてくれって言ってるようなもんじゃんか。


(先行きが不安ね……)


 シーラがボソッと私だけに聞こえる声で呟いた気持ちがよくわかるわ。


(同感)


 これ、絶対に面倒なことになるよ。

 でもまあ今更だよな。もう毒を食らわば皿までの精神で行くしかないね。




 現在、国家騎士団は第一から第十までの師団に分かれて運営されている。

 主な仕事はまぁ、やることは領属騎士団と同じね。首都及び直轄地の警備、地方巡回と野盗や魔獣の間引き。あと貴族の護衛も有料でやってるのは一年夏休みの時にちょっと触れたね。

 ただ、私たちがフェリトリーで魔獣の間引きを終えた後にボクサン卿たちを休ませたように騎士には休暇と鍛錬の時間が必要なので、その為に八師団がローテで任務に就いている感じだ。

 ローテは王都駐屯、鍛錬、直轄地巡回、有料護衛、鍛錬、国境警備、休暇、直轄地駐屯、有料護衛、国境警備みたいな感じだったと思う。うろ覚えだけど。


 こういう演習は王都駐屯と鍛錬に当てられている師団で実施するらしく、つまり今私たちの目の前で演習をやっている第二師団と第三師団がそれに当たるわけだ。

 なーんて今現在さほど重要ではない、どうでもいいことを私が考えているのはだ。


「如何ですかな? 騎士団の活躍ぶりは」

「その、心の中で思い描いていたものとあまりに違うもので驚いてしまいます」

「そうでしょうとも! なかなか令嬢がたが戦場を目にする機会はありませんからな!」


 そう満足そうに第三師団のヴィガレス中将がカラカラ笑ってるけど――うん、お姉様。よく上手い言葉を捻りだしたと思うよ。笑顔もまだ維持できてるし。

 ただ内心ではもうすっかりお姉様呆れかえってるだろう。私だってそうだ。だからあんな今考えなくてもいいことに思いを馳せてたわけだからね。



 あれだよ、うん、なんだ。


 この演習、すんげーぐだぐだやねん。



 まあ、多少はぐだるのは想定していた。私だって前世で学校通ってた時に避難訓練とか真面目にやったことないもん。

 今回の演習も魔術は使うけど、殺傷能力は限界までそぎ落とした魔術を放つから受けても怪我はしないし、そういう意味で緊張感が薄いのは仕方がない。


 だけど最初の演習として予習通り馬上射撃戦演習が始まってみれば、なんていうかこう、色々と駄目だ。

 東軍が第二師団、西軍が第三師団という構成でお互い距離を取りながら相手に魔術を放ってるわけだけどさぁ。


 まず東軍の方は全くやる気が無い。真面目にやってる振りしてかなり手を抜いてる。

 いや、普通の令嬢だったら騙されたんだろうけどさ、私たちフェリトリーであの三バカが全力振り絞ったところ見てるからね。

 騎士団がペーペーでもどれだけ動けるかの基礎能力ぐらいは把握できているわけだ。


 それと比較するとだね、第二師団。


 どー考えても手ぇ抜いているとしか思えないんだわ。


 真面目にやってない。シラけきってる。弾幕薄いぞ何やってんの。

 一応お姉様が見ているから表情だけは取り繕っているっぽいけど態度は隠せない、というか余裕綽々で余力を残しているのが丸わかりだ。


(アーチェ様、あの人たちサボムグ)

(ハイちょっと黙ってましょうねシア)


 思わずぶっちゃけそうになってしまったシアの口をひとまず塞いで、今度は西側に視線を走らせる。



 んで、西軍の第三師団ね。

 こっちは割と真面目にやっているっぽい。熱気がある、士気が高いっぽいんだけど練度が低い。魔術の威力、というか大きさと速度がショボい。

 弾幕は第二師団のそれより厚いんだけど、射撃魔術の放たれる間隔が第二師団より遅いし、何よりリズムがあって攻撃のタイミングが読みやすい。

 攻撃する方はリズムに乗ってる方が動きやすいんだろうけど、しかしそれじゃあ避けてくれと言ってるようなもんなんだ。カウンターに弱いデンプシーロールでしかないんだよ。


 あと回避も下手。飛んでくる魔術避けようとして隣と接触事故を起こしそうになったりと、微妙に動きが悪い。

 無論騎士として致命的なほどに弱いわけじゃないんだけどさ、多分フェリトリーの夜を越える前の、ぺーぺーだった頃のアルバート兄貴たちより弱いよこいつら。


 うーんこのウンコな状況を目の当たりにすれば、お姉様も「頑張ってる」とか「精強だ」とかは口が裂けても言えないわな。

 それ口にした瞬間にフェリトリーで私たちを守る為に命懸けで戦ってくれた三バカを虚仮にすることになるもん。


 わけ分かんねぇ。なんなんだこの茶番は。

 わざわざこんなモンを見せるためにハスラー・ジャムス伯はお姉様を招待した――



 ああ、そういうこと。


 また面倒な話を持ってきてくれたなぁおいジャムス伯爵よ。






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