■ 55 ■ スラムの進捗確認 Ⅰ
夏休み前、アヤリスで事前通知をしてから再びスラムを訪れる。
この一、二年の間で家畜の飼育が解禁されたため、スラムではあっちこっちに鶏が屯していて元気にその鳴き声を響かせていた。
ま、卵を産む雌鳥以外はいずれお肉にされちゃうんだけどね。
「足の踏み場がありませんね」
うん、足の踏み場はあるけど靴を振り下ろしたくないというのが正解かな。
まあ、鶏の糞くらいなら踏んでも私は気にしないけどね。犬の糞はヤダ。この違いはどこから来るのか、なんてどうでもないことを考えていると、
「スラムの状況、私が出て行った時と随分と変わりましたね」
プレシアの侍従として同行しているルナさんが、色々と変わった状況に軽く目を丸くしている。
なにせそこかしこに竹林と笹林ができていて――ちょっと前世の同じ植物より生長早くない?
と言うよりこの世界、全体的に全ての生物が早熟の傾向があるのよね。
私たち学園一年生、年齢は十三歳だけど精神年齢は私以外も皆高めな感じだし、そういう世界的な特徴なんだろうね。早く生きて早く死ぬみたいな。
「あ、アーチェ様、本当に大丈夫なんですか。皆こっち見てますけど……」
「大丈夫よ。ここのボスの一人、つまりルナさんの兄とは話が付いてるもの」
ちなみに今回の来訪はダートからの希望でアイズ
よく分からないけど安全を絶対に保障するから護衛無しで来て欲しいという話だったんでね。
ちょっと不安はあったけどこっちにはルナさんも居るし大丈夫だろうと思ったし、実際普通にダートの家まで来れた。なんだったのかな、この要望。
「おう、来たな」
「! お兄ちゃん!」
入口で待ち受けていたダートにルナさんが飛びついて――
「おっ……と、力強い踏み込みだ。元気になってるな!」
侍従として
そういうことに文句を言う奴は私たちの中には居ないし、ってかこの中で純粋培養の貴族って私だけなのよね。まぁその私が一番貴族として問題があるんだけどさ。
「向こうでの生活はどうだ?」
「毎日が凄い楽しい! もう手紙だって書けるんだよ!」
「すごいじゃないか、よく頑張ってるな」
何にせよ抱き合って再会を喜んでいる二人を見ているとちょっとだけ羨ましくなるわね。最近そういう距離での付き合いがアイズと出来てないし。
抱擁を解いたダートがルナさんの頭から爪先までを一度見やった後、安堵の溜息を吐いてから私に向けて一礼する。
「妹の治癒、そしてこれまでの庇護に感謝する」
「こちらこそルナさんには冗談抜きで助けて貰ってるし、お礼を言いたいのはどちらかというとこっちの方ね」
ルジェ、そしてプレシアのどっちも貴族として問題しかない性格の持ち主だ。
ルナさんのおかげで助かっているのは本当に事実としか言いようが無いの、ちょっと笑えないわ。
何にせよダートの家に移動して、まずは状況の確認だ。
スラムの入口からここまで私を護衛してたのがナンスということは、
「ジョイスはまたエミネンシア領へ?」
「ああ。もうそろそろ戻そうとは思っているんだが……向こうで人員調整役としての能力を買われて引き留めが凄いらしい」
あー、まあそうなるわな。元々がダートの補佐役で現場司令官だったんだし。
幹部として新旧人員の顔つなぎに部下の指導や規律遵守の徹底とか、若く直情的な獣人たちに睨みを効かせて自在に動かせるジョイスは人間側から見ても得がたい人材だもんね。
「だがまあ、ウチのファミリー以外にも俺たちの計画への賛同者は増えていて、そっちからも人材は出させているからな。そろそろジョイスは引き上げさせる」
「貴方も一度行ってみたのよね? どうだった? 航海」
自分も体験しなきゃ分からない、と言って実際にダートまで出向いて水夫やるとか、最初聞いた時には我が耳を疑ったけど。
でもそういう奴だから信頼されて配下から慕われているって事なんだろうね。時に先頭に立つことも組織の長には必要って事なんだろう。
「どっちを向いても海しかねぇってのは怖いもんだな。嵐の時には死を覚悟したよ」
軽くダートが遠い目をしてしまうあたり、剣の勇者候補でも
前世における数千人が乗船する豪華客船とか、いやさんふらわあどころか帆船日本丸ですらこの世界ではあり得ない。三本マストの帆船が最大の船って環境だ。
嵐に巻き込まれたらそりゃあ木っ葉にも等しかろうよ。そんな中ですら、いやむしろそんな中だから水夫は船を操るために甲板やマストでの作業を強いられる。
波に呑まれて海の藻屑ってのがごく当たり前に発生しうるんだからね。コワイコワイ。
「だがお前が俺たちに何を求めていたか、それを体感できたのは僥倖だな」
船上での作業がどれだけ大変か、それを分かって貰えたのは非常に結構なことだよ。
私自身が前世を含めてもそれを全く知らない、っていうのは声を大にしては言えないけどね。
「あとは貴方がその感覚を覚えているウチに機会が訪れることを天に祈るばかりね」
「そうだな、最終的には完全に運頼みってのがこの計画最大の難点だ」
ダートが苦笑しながら背後のナンスに指示を出すと、ナンスが一度家の外に出て二本ばかりの棒きれを手に再び室内に戻ってくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます