■ 43 ■ お祖父様とのお茶会 Ⅱ
と、なるようにしかならないと言えば、そうだ。
「時にお祖父様、お祖父様周りでミスティ様はどのように噂されていますでしょうか?」
そう尋ねると、お祖父様が若干困ったように目を瞬いてチラと私から視線を外す。
「あまり良い噂は聞かんなぁ。王妃たるには不足という評判が大半だ。時流を読む目が全くない、とな」
人格がどうこうと言うより能力的に不足、というのが噂の大半だそうで――ふーむ、ウィンティも実力不足だけ訴えれば十分、性格まで貶す必要はない、と判断したか。
なんだかんだでウィンティも甘いなぁ。そこは人格も含めて徹底的に貶した噂を流すべきだろうけど……あ。
もしかしたら親殺しと疑われてるアルジェの件もあって、根も葉もない噂で人を貶めたくはないのかな。
なんだかんだでいい人なのかもしれないわねウィンティも。私との関係が修復不可能なのが辛いわー。仲良くできれば最上だったのに。
「お祖父様も同感ですか? 今気にすべきは南であって北の守りは考慮するに及ばない、と」
「北の魔族はワルトラント同様種族毎に割れて対立を繰り返しているという話だからな」
多産でもない魔族がそれをやっているなら消耗するばかりだ、とお祖父様は言うけれど――そんな馬鹿な。
魔族は力を蓄えている。やがてその力をこのアルヴィオスに向けてくるってのに。
「お祖父様、その話は北に領土を持つ貴族家が直に確認しての話なのでしょうか」
「うむ。北方の連中からすれば死活問題だからな。彼らがそう言っておるのだ、疑う意味があるまい」
そうだね。実際魔族が攻めてきたら真っ先に蹂躙されるのが北方にある四侯爵家だ。
アルヴィオスには辺境伯、という爵位はなく、だから公爵家を抜けば最上位に位置する世襲貴族四家を陸続きであるディアブロス王国との境界に当てている。
クルーシャル、ラサイミア、フローンティ、そしてグルーミー。この四侯爵家が、いざディアブロスが侵攻を始めた際に矢面に立ってこれを食い止める、名誉と歴史あるアルヴィオスの北壁だ。
だって言うのに彼らが嘘の情報を流している?
可能性としては彼らが騙しているか、彼らも部下に騙されているか、あるいは本当にゲームと違って魔族が内乱に明け暮れているか、だけど。
……三つ目を信じる楽観には身を委ねたくないわね。
「私たち入学前組にはそのような噂は回ってきておりませんが」
「ああ、うむ。我が国に直接害を及ぼしているワルトラントの方がどうしても話題になるからな。害が有るわけでも無い北の話はそう広まるまいよ」
ただ北方侯爵家がそう言っている以上、アルヴィオスの常識としては、お姉様の反論はまさに的外れの愚問でしかないということだ。愚問で終わってくれたら嬉しいわ、私としても。
「……グリシャはそうは思っておらぬのか? アーチェよ」
「お父様がどう思っているかは私には分かりません。ですが戦になれば難民は発生するもの。北の貴族が難民で困っているという話も聞いたことがございませんので」
「確かに。だが魔族は魔力強者として他の民を一段下に見ておるからな。そんなものたちの国に逃れたくはないのかもしれん」
そっかぁ。お祖父様、なんだかんだでいい人だけどちょっと甘いわよね。まあこの国は長らく大戦をやったことないみたいだから仕方ないけど。
生きるか死ぬかの状況になったら人はね、形振りなんか構わないのよ。ましてや魔族が私たちを下に見てる、ってなら問答無用でこっち来て野盗張りの振る舞いするっての。
だってディアブロス王国はこの北海道に気候が近いアルヴィオス王国より更に北にある国なんだよ?
そんな国でガチに内乱やってたらもっと暖かいこっちに逃げてくるって。生き延びるにはどう考えたって暖かくて植物がある地の方がいいに決まってるんだから。
ま、そんなこと説明しても絶対に伝わらないから言わないけどね。
人は理詰めで説明すれば理解して貰える、ってのは絵空事だって私、前世でパワハラで折れた時に理解したもん。
「ただお父様自身は戦に備えている部分はあるかもしれませんので、お祖父様も一応お気を付け下さい。なにせ弟のアイズは超攻撃型の魔術師ですから」
「そう言えば養子を取ったのだったな――グリシャが無駄なことをするはずはない、か。ただの用心かもしれんが心には留めておこう」
私自身も含めて、人は自分が理解したいことしか理解しないのよ。それに性格の善し悪しは関係ないの。
私が何を言っても子供の戯れ言で終わりよ。お姉様が今そう噂されているように。
「次の機会にはお祖父様にも弟を紹介したいですわ。家族には優しい子ですので」
「うむ。今回はアーチェと一対一で話をしたかったからあえて外れて貰ったが、次は同席できるように取り計ろう」
それに私がここでお祖父様に警告して、万が一お祖父様が信じてしまったら。
魔族は内乱で忙しいって信じて貰いたい人たちが私とお祖父様を消そうと動き出すに違いない。
「来年も、また再来年も。これから先もずっとずっと、こうして家族と穏やかにお茶を囲みたいものですね」
お姉様がお目こぼしされているのは完全に『顔以外取り柄がないミスティ』っていう噂が圧倒的信頼性を以て信じられているからだし。
まあ、お姉様が賢くなりつつあることを周囲に知られたくないから、あえて抵抗させずにウィンティにボロ負けさせたんだけどね。あくどいわー、私ってば。
「世に平穏のあらんことを」
あ、思わず口にでちゃったけどこれ、これをスローガンにしている連中アレだったわね。
「そうだな、平和が一番だよ」
ただまあお祖父様が上手い具合にまとめてくれたから良しとしておこうね。
来年はアイズも招待してもらう、という約束を取り付けてエストラティ伯爵家を後にする。
御者は外、私とメイしかいない馬車の中でメイには私が疑問に思ったことを余さず伝えておく。
メイが信じるか信じないかはさておき、私が何を考えているかはメイには把握しておいて欲しいからだ。
「お嬢様を疑うわけではありませんが――不思議な話ですね。北方四侯爵家は魔族の脅威を隠して何がしたいのでしょう?」
「私にもそれはさっぱりだわ。魔族から賄賂を得ている可能性も考えたけど、それで自分の領地が滅ぼされたらお終いだし。そこまで愚かであるとは思えない。必ず何か誰かに利点があるのよ。物質的だけではなく、精神的なものかもしれないけど」
例えば、「憎いあんちくしょうをぶっ殺してやりたい」って人を包丁で刺すのも、その先に自分が縛り首になると分かっていても精神的に救われるから人はそうするわけで。
利益が物質的なものだけと考えるのは間違いなのだ。かつてパワハラ上司の顔面ぶん殴ってやろうかと考えたことがある私にはそれが嫌と言う程理解できる。
「なんにせよ、状況はあまりにもちぐはぐだわ。アイズを養子にしたお父様は戦に備えてると見るべきだし、しかし南部が主戦場になるならアンティマスク家に求められる役割は兵站でアイズの出番はない。北部は魔族同士で内乱しているって話なのに難民の話は一切聞かない。でも魔族が侵攻を企んでるなら北方貴族がそれを隠す理由が分からない」
「……北方貴族はアルヴィオス王国が滅びた後の領土をディアブロス王国に保証して貰っている、とかでしょうか」
「あり得るかもしれないわね、それが守られるとは思えないけど」
分からない。誰が誰にどういう利を説いて今の状況を作り上げているのかさっぱり分からない。お父様にも北方四侯爵家に利を示す材料があるとは思えない。
そうすると北方を監視する下っ端をお父様が買収したと考えるのが一番筋が通っているけど、これもあくまで推測の域を出ない。
ただこの現状のちぐはぐさからして、多分、いや間違いなく魔王国による侵攻は起こると思って良いだろう。
モブAでしかない私にできることはそう多くはない。だけどダートが生き延びる仕込みは順調に進んでいる。だからルイセントの参戦が叶わなくても最悪大丈夫なはずだ。
――頼んだわよ、主人公。
後は推しを生き延びさせ、かつお父様を失脚させても問題ない体制を構築するか、第一、第二両国防騎士団の壊滅を防ぐかのどちらかが叶えば私の役目は終わる。
はー、金も権力も才能も自由もないタイムリミットありの異世界転生って辛いわ。
でも推しが生き延びられる可能性がかかってるんだ。弱音を吐いてる時間なんかない。
ただあれよね、転生して十一年も経つんだし。
もうそろそろ一回くらいは推しの顔を見られたらなぁ。
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