26 講和は成らず
「閣下!」
ルシェの
王の御前である、それも講和の席である、ということで、列席者は全員武器を
「全員捕らえろ!」
大広間の上にせり出したバルコニーには、今ハイマがいる場所からは上がれない。周囲にいるはずの衛兵に叫びながら、無駄かもしれないなと頭のどこか冷静な部分が
バルコニーに上がることができる通路は一つだけ。それは大広間の奥、王族の居住区域にほど近い場所にある。元々は大広間で演劇などが開かれた際にそれを観覧する王族が使う場所のため、誰でも入れる場所には通路は作られていないのだ。
(わかりやすいことしやがって。)
王をはじめとする王族はとっくに姿を消している。
ハイマから見れば茶番もいいところだ。やるならせめて、どこの誰が
これではバシレイア側の責が大きすぎて、オルキデから再度宣戦布告されても申し開きができないではない。そんな現実逃避めいたことを考えながら、ハイマは走る。ルシェの姿はすでになかった。いつもの不思議な術でどこかへ逃げたらしい。少しだけ、
バルコニーへの出入り口はエクスーシア一族以外にも利用することはできるため、完全に住居空間の中にあるわけではない。ハイマでも知っている場所で助かった、とは思う。そうでなければ何もできずにみすみす取り逃がすところだった。
ハイマがバルコニーへ至る場所を知っているのは、まだ幼い頃に当主であった父に連れられてこの大広間に来た際にここで待っていろとバルコニーに
バルコニーへ
アヴレークに近寄って行くエンケパロスが視界に入った。
舌打ちして、ハイマは大広間の一番奥、エクスーシア一族専用の出入り口である扉を
だが、ハイマはそれを気にすることはなかった。エクスーシア一族の無事を確認したくてここまで来たのではない。
「待て、そこの馬鹿共!」
ハイマが階段の下に
剣を持っていれば投げつけて
どちらにせよ、ハイマには好都合だ。無駄に柔らかく踏み込みにくい
「ぐあっ……!」
壁にぶつかった男は、低い
ぴくりとも動かなくなったが、生きているだろうか。後から生死の確認はすれば良く、今は動きさえ止まればそれで構わない。そう判断してハイマは次の獲物に狙いを定めた。気絶した兵士の矢筒にまだ矢が残っているのを確認し、落ちている弓を拾って矢を
一番遠くにいる逃げようとしている兵士に狙いを定め、放った。
「うわああああ!」
派手な悲鳴を上げて、足を射抜かれた男が床に転がる。
残っていた三本の矢は、それぞれ別の兵士を床に
「チッ……一人だと全員は無理か」
ハイマに切りかかってこず逃げることに専念されたせいで、やはり大半を取り逃がしてしまった。向かって来たならば打倒して気絶さえることも簡単だが、逃げる相手を追いかけるのは難しい。
逃げる機を逃し
「実行犯はそいつらか」
「ああ。頼めるか?」
音もなく背後に近寄ってきたエンケパロスを振り向くと、彼もまた若干顔を
普段表情のわからないエンケパロスがハイマにもわかるぐらい表情筋を動かしているということは、その心境はかなり荒れているということである。
「いいだろう」
捕らえた兵士たちの
大広間にはまだアヴレークの姿がある。血の海のようになった
が、流石にそのままにしておくことはできない。何となく足音を消しながらそっと歩み寄り、首に手を当てる。瞬間ぐるんと首が回ってきて笑う。そんな
「はぁ……」
知らず、詰めていた息を吐き出した。
「遺体をエクスロスの
ようやく駆け寄ってきた衛兵から剣を奪い返し、手短かに指示を出す。王城に置いておくわけにはいかないのは、エクスーシア一族に任せて置いたらどうなるやら分かったものではないからである。
戦争についての全権をハイマに、という命令はまだ有効だ。アヴレークの遺体はハイマからオルキデに連絡を取って返還するしかないだろう。
ぐるりと大広間を見回すが、やはりこの場にルシェはいない。戻ってくる可能性は低いだろう。だが、彼女もまた
「……どこ行った?」
ハイマがもし逆の立場であれば、どこか人気のない場所で体力が回復するまで休養を取る。幸いにして、ルシェにはあの不思議な術があるのだ。怪我をしていても人目に付きにくい場所で浮上し、休むことぐらいはできるだろう。
使い方から見て、そう長い距離を移動できるものでもなさそうだ。王城を出ていることはないだろう、と判断したハイマは大広間を後にして、ルシェを探し始めた。どうしてそんなことをしているのかと聞かれれば答えに
もし明日万が一何かあったとして、ルシェルリーオを保護しておいて欲しいんだ。オルキデへすぐに帰らせないように。そのアヴレークの言葉が脳裏に
彼はこうなることをわかっていたのだろうか。わかっていたからあんなふうに条件を密かに付け加え、そしてルシェを守るよう伝えてきたのだろうか。
それならば、ルシェをオルキデへと帰してはならない理由は。
「ルシェ? おい、ルシェ!」
何かが引き寄せたかのように、ハイマはそう探し回ることもなくルシェの下へと
ルシェは壁に背中を預け、ぐったりとして力無い。
仮面の下から弱々しい、けれども強い力を秘めた瞳がハイマを
「われ、ら、を」
震える手が、ハイマの
これができるということはきっと、大丈夫だ。
「我ら、を、
ふり
幸いにしてアヴレークが最後に付け足した条項のおかげで、講和は成らずとも停戦自体はまだ継続する。
「覚えておけよ、クソババア」
ぎゅ、とルシェを抱えてハイマは低く
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