第十四話 同じになれる(性描写、残酷描写あり)
「みつきー?」
キッチンから料理を運んでくるお母さんの声が聞こえ、僕は咄嗟に番組を音楽ステーションへと変えた。テレビ画面では、眼鏡をかけた司会者が最近売れている歌手に気軽に質問をしていて、場の空気を明るくしていた。
僕はただ、テレビに顔を向けながら呆気に取られていた。
聴覚や触覚が現実から隔てられ、僕は先ほど見ていたアニメのシーンを思い返していた。剣を取って悪と対峙していた少年が敵に腕を切り落とされ、血を流し、回復呪文で傷を癒す。そんなシーンだった。バトルアニメなのだとしたら、そんな描写があったっておかしくない。だけど、僕は異常ともいえるほどの感情に、頭を支配されていた。
……何だったのだろう。あの、身体全体が火照る感覚は。これ以上尊いものはないと断言できるような興奮は。
まるで豪雨の中に光が差したときのような感覚に包まれ、淡々と見えていた世界が彩られ、血の巡りが活発になったように思えて、驚きのあまり夕食の味さえ感じることが出来なくなっていた。
夕食の後はすぐさま自室に戻り、先ほどのアニメをネットで調べた。漫画が原作となっているそうで、画像を検索していると、すぐに先ほどアニメで見たシーンの画像がヒットした。
人工的な光が僕の目に照りつけられる。僕の心拍数は上がっていた。開いた口が塞がらず、はぁはぁと薬を盛られたみたいに興奮してしまう。僕の体全体に熱がこもり、その昂りは下半身へと集中しつつあった。
これだ。この少年の絶望した顔が、僕の精神の深淵とも呼べるような場所を擽る。切断された腕から、まるで途切れた水道管のように出血する描写は、快楽物質が過剰に分泌されるみたいに、僕の思考を有頂天へと連れてゆき、安住の地を与えられたような気がした。
いや、気がしたのではない。与えられたのだ。見つけ出したのだ。
今まで気づかなかった。僕が、少年から血が出る描写に興奮する人間だったなんて。
「あっ……」
気づけば、僕のそれがズボンの生地を突き上げていた。血の流れをとくとくと纏わせながら、そいつは徐々に大きくなっていく。後ろめたさと好奇心と、こんなのおかしいという心と、やっとみんなと同じになれるという心が混在し、まるでその事を振り払おうとするみたいに脳の思考がショートする。
もう、何も考えたくない。
僕はズボンとパンツを下ろして、一度やろうとして失敗したあの行為を始めた。
***
僕は、布団の中で眠りにつけず恐怖に陥っていた。こんなのおかしい。こんなのおかしい。僕はずっと頭の中で反芻し、心境をなんとか整理しようとした。
おかしい。人が痛がっている描写に、まるで成人漫画を見て勃起する男子みたいに興奮してしまうなんて。あんなシーン、人が好き好んで見るようなものではないのに、そんなもので僕の感情が昂ってしまうなんて。
行為の後、僕の身体は冷や汗でいっぱいになった。同じになれる。僕は確かにそう思った。だけど、こんなの、全くあいつらとは違うじゃないか。少年に興奮する。それだけだったら、僕はゲイなんだとまだ納得できたのかもしれない。だけど、こんなの常軌を逸してる。人から外れてる。少年の腕から血が噴き出るところを見て興奮したことがみんなに知れたら、僕はどんな目で見られてしまうのだ?
布団に潜り込み、僕は自分のそれをパジャマ越しにぎゅっと握る。いったい、あんなのに興奮してしまう僕はなんなんだ。
目を瞑ると、また別のことを思い出した。
それは、優のことだった。
優の脚から流れる血、ぎゅっと握った拳から滴る血。
そして僕は、最悪の思考に至ってしまう。
……もし、もし僕が、優の無意識に流す血に興奮してしまったら……。
そう考えてしまった途端、僕は叫び出したい衝動に駆られ、ぐっと感情を抑えつけた。その代わりに涙が溢れ出し、シーツに大きなシミを作り始めた。息が苦しかった。
最低だ。最低だ。
僕は、優に傷ついてほしくない。優だけじゃなく、人間が目の前で傷ついているのを見るなんて嫌だ。それなのに、娯楽の世界となったら話が別だなんて、あまりにも残酷だ。
嫌いだ。こんな自分、さっさと死ねばいいのに。
自分が傷つくのも嫌なくせに、僕は馬鹿な事を思ってしまった。
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