第19話 夢の時間①
「すみません、お待たせしました」
休日の昼下がり。ゴールデンウィークなこともあってか、普段よりも多い人混みを掻き分けた先で朝日奈さんは時計を眺めていた。
「あ、こんにちは天宮さん」
そう挨拶を返す彼女は薄手のカーディガンとロングスカートに身を包み、控えめに手を振っていた。
「ごめんなさい、支度に時間かかって……」
俺は息を吐きながら言い訳を並べる。そんな俺に、朝日奈さん微笑みながら先を歩いていく。
「大丈夫です。そんなに待ってませんから」
「そうですか? でも……」
「いいですから、早くいきましょう」
びしゃりとそう言われてしまえば、これ以上言及はできない。
俺は大人しく朝日奈さんの後ろについていくのだった。
*
電車に揺られ、しばし歩き、ついた先はテーマパークだった。
「いやー、こういうとこ久々に来ました」
俺がありきたりな社会人の感想を述べていると朝日奈さんはもじもじと俯く。
「やっぱり、子供っぽいですかね」
「いやいや、年齢は関係ないですって。せっかく来たんですから、楽しみましょう」
俺は朝日奈さんを励ましつつ、自分にもそう言い聞かせていた。
園内に入り、朝日奈さんが欲しそうにしていた例の耳を買い、ふとガラスに映った自分の姿。
我ながら、可愛い。そして緊張する。デニムジャケットに、短いスカート。キャップに収まる髪も結構こだわっていて。こんな女の子らしい格好、これだけの人の中でするのはかなりハードルが高かった。
でも、そう。正直に言おう。やってみたかったのだ。
「天宮さん、私服かわいいですね」
例の耳を着けてはしゃぎ気味? なのだろうか。朝日奈さんは僅かに口の端を綻ばせながらそんなことを言う。
褒められて、ちょっと照れてしまった。
「そんな。朝日奈さんも、可愛いと思いますよ」
今度は朝日奈さんまで照れ始めたのだろうか。耳を両手で抑えながら頭を伏せる。
27歳おっさん手前社会人。年下の元後輩とかなり気恥ずかしいことになっていた。
*
そんなむず痒いこともありつつ、俺と朝日奈さんの休日が始まった。
「天宮さん、どれか乗りたいのありますか?」
朝日奈さんは尋ねてくるが、俺は気づいてしまった。朝日奈さんの目線が目の前のアトラクションに吸い寄せられていることに。
「あれ、乗りましょうか」
「……! はい……」
朝日奈さんは悟られたくないのか、控えめに返事をするが。
盛大にぶちまけられた一件以来、朝日奈さんの見方が変わった俺はなんとなく察していた。
朝日奈さん、浮かれてるのでは?
「朝日奈さん。今日は遊び尽くしましょう」
俺も乗り気になってみると、朝日奈さんは一瞬喜びかけて、またすぐそれを納めてしまう。
「……はい」
そしていじらしい返事。
知らなかった。畜生、朝日奈さんめっちゃ可愛いじゃん。
*
なんとかはしゃいでるのを表に出さないようにする朝日奈さんと、学生の頃以来のテーマパーク。楽しいですかと聞かれれば、それはもう楽しかった。
水の上だったり、鉄骨の上だったり、はたまたティーカップの上だったり。
朝日奈さんも楽しんでいるのか、普段はほぼ死んでる顔が正気を取り戻しているように見えた。
「ああ、腰抜けそう……」
今はかなり激し目のやつから降りてきたところ。俺はよろよろになりながら奇跡的に空いていたベンチに腰掛けた。
「天宮さん、おじさんみたいですね」
横に座りながら朝日奈さんはそう口にする。
俺はおじさん呼びにちくりと胸を痛めつつ、依川の指導を思い出し姿勢を正した。
「私ももう歳ですからね。ああいうのは身体にきます」
俺は今しがた乗ったアトラクションを見上げて身体を労わる。
「歳って。天宮さんまだ二十代じゃないですか」
「いやいや、二十後半はもう駄目ですよ。朝日奈さんも覚悟しておいたほうがいいです」
俺はしみじみと告げる。歳には抗えないのだ。
「なんだか、不思議ですね」
朝日奈さんは突然問いかけとも独り言ともとれるように呟く。
「……朝日奈さん?」
「不思議なんです。私が出会ったばかりの人とこんなに楽しめてるのが」
朝日奈さんは顔をこちらに向ける。
「天宮さんって…………」
手が伸びてくる。その手は俺の頬に触れそうになって。下ろされた。
「……そろそろいきましょうか」
「……そう、ですね」
朝日奈さんは立ち上がる。言われるがまま俺も立ち上がりついていく。
さっきの朝日奈さんは。
なんだか物悲しかった。
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