五、本日の依頼内容:大切な子の髪飾りを直して欲しい



 布に包んだまま壊れた白い牡丹の髪飾りを平良に預け、男の子はお土産を手に帰って行った。とりあえず壊れ具合から見て、数日預かることにしたのだった。


「俺は自分の眼で見るまでは、そんな便利な能力、信じないからな、」


「でもそれが本当なら、怪異以外の仕事もまたひとつ増えるかもね、」


 興味があるのかないのか、それともただの社交辞令か、紫紋は微笑を浮かべる。梓朗は腕組みをしたまま、正面に座った平良を見据えた。


「ここにあるパーツが欠けてない事を祈るしかないっすが、」


「ぱーつ?」


 識は聞き慣れない言葉を同じように口にし、首を傾げる。そんな風にしていていも表情は相変わらず無なのだが、こてんと首を傾げた姿がなんとも可愛らしい。平良は隣に立って覗き込む識に、「無いと困る部品かな?」と簡単に説明する。


「とりあえず、ここのパーツは全部揃ってるっぽいから、なんとかなりそう」


 この所々折れていたり粉々に壊れた髪飾りは、つまみがついた細工簪さいくかんざしというもので、元々は大きな赤い牡丹の花の飾りの下につまみがあって、そのまま髪の毛に付けることができたのだそうだ。


 花飾りの下には房飾りも付いていて、赤い牡丹の花に緑色の葉が垂れているようなイメージだろうか? 本来なら花飾りにぶら下がっているはずのその緑色の房飾りも、バラバラに途切れてしまっていて、絶望的だ。


 目で見て揃っていると思われるのは、一番大事な部分。牡丹の花飾りの所だった。大きな部品が多いだけあって、他の細かな部分よりはなんとかなりそうだ。花びらが半分バラバラになっている牡丹の花飾りに、すっと両手を翳す。


「こうなったら、出し惜しみはなしっすよ」


 翳した両手と花飾りの間に淡い緑色の光が生まれる。それは花飾りを包み込むと、逆再生でもしているかのように、ゆっくりと元の形を取り戻していく。それには、三人ともそれぞれに驚き、無言で様子を見守る。十五分くらいでその光はすぅっと消え、花飾りの部分はまるで新品かのように、元の姿を取り戻していた。


「はあ。とんでもなく疲れたっすけど、ここはなんとかなったっすね」


 ふうと額の汗を拭い、平良はその修復された花飾りの部分を見て満足する。正直、細かければ細かいほど、疲れる。この細工は見た目以上に繊細で、数日預かると言ったのは正解だった。


「すごい······タイラ、すごいです」


 全く抑揚がないが、すごいと二回言った識の気持ちはよく解かる。紫紋も目の前で起こった奇跡に、珍しくいつもの胡散臭い笑顔が消えていた。


「驚いた。修復するっていうから、どんなやり方かと思えば。なにかの術なのかな? 仕組みがさっぱりわからないんだけど、」


「ええっと、俺も仕組みはよくわからないんすけど、こうやって手を翳して、元の形をイメージして、頭の中で組み立てていく感じ? だからすっごく疲れるんすよね」


 いめーじ? とさっきのパーツと同じように識が繰り返す。えーと、っと説明をしようとした平良を遮るように、梓朗が口を開く。


「その能力の欠点は?」


「んーと、無から有は生まれないってやつっすかね。俺の場合はそこにすべてが揃っていることが条件で、無い物を作り出すのは無理っす。この壊れた髪飾りみたいに、パーツがちゃんと揃っていれば元通りに直せるんすけど、例えばこの部分、」


 平良は房飾りのひとつをつまみ、握る。そして残った部分を並べて、解りやすく抜いた分の間隔を広く開ける。


「ひとつでも欠けてたりすると、歪になるか、修復自体ができないっす。ちなみに違うもので代用しても駄目だし、全く同じモノから抜いてそこに付け足したとしても、駄目だってことは実験でわかってるっす。同じ素材なのに、不思議っすよね」


 兄が面白がって色々と条件を変えて試してみたりして、この能力が完全なものではないことが解かった。兄は二十歳。家族を支えるため、なるべく安定した職業をと公務員試験を受け、高校卒業と同時に就職した。めちゃくちゃ頼りになる、背も高く格好良い自慢の兄である。


「それも家系か、」


「この髪の色に生まれると、そうなるらしいっす。弥勒さんが言ってた"因果"ってやつと関係があるんすかねー······、」


 それがなんなのかは、今のところはっきりとはわからないらしい。


「それは、完全に直せそうか?」


「成功報酬っすから、やってみないことには」


 でも、できることならば、直してあげたい。あの男の子の大切な子のためにも。


「あ、そういえば、あの男の子って、なんていう妖なんすか?」


 ああ、と紫紋は思い出したかのようにぽんと手を叩いた。自分たちは当然知っていたので、平良に説明するのを忘れていたらしい。


「あの子はね、座敷童子の片割れだよ」


「は? え? 座敷童子って? 片割れ?」


 いや、そもそも、そんなレアな妖が自分の目の前にいたことに驚きだ。運が悪い自分にも、少しは幸運が回って来るのだろうか? 見たら幸せになれるとか、家が繫栄するとか、そういう知識しかないけれども。


「そうだよ。双子ちゃんで、もうひとりは女の子だよ。その髪飾りはその子のだと思う。いつも髪に付けていたから、きっとお気に入りの髪飾りなんだろうね」


 いや、それ、すごく重要な説明な気が······。


 平良は色々と衝撃的な事実を知り、呆然としていた。そもそも、どうしてそんな大切な髪飾りが、こんな状態になってしまったのかも聞いていない。なんにせよ、直してあげたいという気持ちは変わらないのだが。


「あれ? そういえば座敷童子って、それまでいた家を離れるとどうなるんだっけ?」


 平良の素朴な疑問に、あ、と他の三人の顔が同時に引きつった。確か職人の人たちには、「店先で断られた」と座敷童子が言っていた事を思い出す。さらに、自分がそれまで何をしていたのかも。


「俺、掃除の途中だったんで、先に終わらせてくるっす!」


 店先の掃除をしていた時に、あの男の子がやって来たので、店の中に案内して、箒も塵取りも入り口に立てかけたままにしてしまっていたのだ。


 すくっと立ち上がり玄関の方へ行くと、なんの気なく扉を開けた。それを合図にするかのように、がこん! という何かが傾いたような大きな音が頭上で響く。


 途端、「華鏡堂」と書かれた達筆な彫り物の入った立派な看板が、斜めになっている屋根の瓦の上に一度ばたん! と倒れた後、そこから勢いをつけて真っ逆さまに滑り落ちてきた――――!!


「え、」


 その絶望的な状況に呆然と立ち尽くしたまま、自分に向かって落ちてくる看板を、平良はただ見ていることしかできなかった。 



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