決心

 宿屋の一階で、ベルブを始めとして、紗枝は騎士の皆を呼んだ。

 皆は床に座ったり、長椅子に腰を下ろしたりして、テーブルの横に立つ紗枝と息を吹き返したスライムを見て、何か言いたげにしていた。


「うわ、色々言いたい事あるぅ。何だろう。隣がすっごく気になる!」


 騎士の一人がもどかしそうにしていた。


「集まってもらって、すいませんね。でも、何も言わずに行くのもなぁ、って」

「旅に出るつもり?」


 ウェイが言うと、紗枝は笑顔で首を横に振った。


「わたし、考えたんですよね。たぶん、今の魔族で国を取り返すのは、無理だなって」

「ちょっと。言ってくれるじゃない」


 少しだけムッとしていたが、事実だ。

 でも、これは嫌味ではなかった。


「この子と戦ったんですけど。一人、一人の腕っぷしが強すぎて、歯が立たないだろうな、と感じたのです」


 剣を通して、紗枝は色々な事を学んだ。

 なぜ、魔族がいいようにされているのか。

 反乱するために騎士が集まっているのに、どうして何もできないのか。


 そもそもの戦闘力が違い過ぎた。


 紛れもない事実を目の当たりにして、剣を交えて感じて、このままでは食い物にされて終わると予期した。


「それに、ベー殿の姉上が囚われていると聞きました」

「……うん」


 ベルブの表情に暗い陰が差す。


「なので――」


 やたらと抱き着いてくるスライムを肘で押し返し、紗枝は言った。


「――敵大将を


 一瞬、何を言ってるか分からなかった。

 全員が唖然として固まり、その場には紗枝の「ちょ、離れ……」と抵抗する声だけが聞こえていた。


 だが、言葉の意味に遅れて気づくと、全員が声を張り上げた。


「ええええっ!? 何言ってんの紗枝ちゃん!?」

「正気か!?」


 口々に正気を疑う声が続出。

 紗枝はもちろん本気だった。


「実は、ベー殿と結婚するには、どうしたいいか。ずっと考えてたんです」

「結婚から、殺すまでの発想が見えてこないよ! 根っこが病みすぎでしょ!」


 パテーが困惑していた。


「いえ。殺します。聞けば、女を手籠めにする悪代官だとか。ならば、わたしが斬った所で誰も悲しむ者はいないでしょう」

「そういう問題じゃない! 王都には、どれだけ手強い相手がいると思ってるんだ! 単独では無理だぞ!」

「いえいえ。単独で向かいますが、協力者がいるので。砦にレナ殿がいるではないですか。あの女に協力してもらい、罪人としてお目当ての場所に行くつもりなのです」


 見えない所で、紗枝は親玉を殺す準備をしっかり進めていた。

 レナやポピーという伝手つてができたことで、ようやく事が進められる。


「わたしは、必ず悪代官を殺します。仇名す者は一人残らず、斬り捨てます。今一度、修羅道を歩み、この身を血で汚すつもりです」


 満足げな笑みを浮かべ、紗枝はベルブに向く。


「それで、帰ってきたら、わたしの子を産んでほしい」

「……ボク、お、男なんですけど」

「ベー殿は、ここで吉報をお待ちくださいな。帰ってきたら、うんと子作りして、わたしと床を共にし、……あの、離れ、……もぅっ! わたしと床を共にして、毎日朝日を拝みましょう」


 腰にしがみ付く黒女を手で押し返し、紗枝が愛の言葉を囁く。

 紗枝は本気だ。

 気持ちを察したウェイは、戸惑っていたが、同性として『女の覚悟』にこれ以上物を言うのは野暮だと判断した。


「殿下。……励みになる言葉を掛けてあげてください」


 腹に頬を擦り付ける黒女を両手で押さえ、小刻みに震える紗枝。


「本気、なんですね」

「ええ。もち、……ああ、もう! しつこい!」


 頭をぶっ叩くが、黒女はすぐに直り、片足にしがみ付いて甘えてくる。


「帰ってきたら、わたしと結婚してくださいね。わたし、命懸けるんですよ? あなたのために。もし、裏切ったら、魔族はこの世から消える事になります。あなたの代で、魔族は全て消滅します。全ての責任を負い、紗枝の嫁入りを受け入れる道しかありません。これは脅しではなく、本気で行います。他の意見は認めません。皆殺しです」


 早口で捲し立てられ、ベルブは俯いた。

 色々言いたい事はあったが、何かと助けられてきたのは違いない。

 ベルブもまた覚悟を決め、足手まといにならないよう、待つ決心を固めた。


「わかりました。紗枝さんが帰ってきたら、ボクは紗枝さんの物になります」


 歯を見せて笑う少年の顔は、どこか日の光だけで消えそうな儚さがあった。あまりに美しい姿に紗枝は、胸が高鳴り、気持ちを落ち着けるために、深呼吸をする。


「……婿……手に入れたぁ……」


 念願の婿を手に入れられる。

 確信を得た紗枝は、喜びに拳が震えた。

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