第41話 思っていていただけ
そして待つ事十分ほど経って、ようやっとほぼすべてのクラスメイトが教室から出て避難先へと向かいだした事を確認する。
この遅さからなんだかんだで平和ボケしている事が窺えて来る。
みんな『どうせ今回も魔術師たちがスレットを倒してこの町を守ってくれるから大丈夫だろう』とでも思っているのだろう。
急ぐこともせず、中にはメイクを治したり、SNSに現状を投稿する者がいたりしつつ、仲の良い者と談笑しながら教室から出ていき避難所へと向かうのは、ある意味でこの町を守る魔術師たちを信頼している裏返しでもあるのだろうが、実際に命を懸けて守っている当の魔術師がこの光景を見れば良い気はしないだろう。
「どうしたんだ? お前は避難しないのか?」
そして周囲を見渡せば氷室麗華が避難せずに教室の中心で突っ立っていて動こうとしないではないか。
いつもであれば氷室麗華がクラスに残るという事はなかったので何かがおかしいと思った俺は麗華に声をかける。
「……ねぇ東條様、笑わないで聞いてくれないかしら…………?」
「どうしたんだよ、麗華らしくないじゃねぇか。 笑わないから言ってみろよ。 聞いてやるから」
俺が麗華に声をかけると、麗華はまるで不安で心細くて今にも泣きだしそうな子供みたいな表情で俺に聞いて欲しい事があると言うではないか。
そんな麗華が俺に『聞いて欲しい』と言って来て『聞く必要は無い』と突っぱねるような事は、流石の俺でもできない為、普段よりも少しだけ優しい声音で聞いて欲しい事は何なのかと、麗華に近づき月上先生に聞こえない声音で問いかける。
「あ、ありがとう……。 実は、今スレットが町の近くに現れた事を告げるサイレンを聞いて初めて私はスレットが怖いと思ってしまっている自分がいる事に気付いたみたい……。 怖くて、自分の意志に反して身体が震えて、足を動かす事もできないみたい……っ。 どうやら、前回のスレットの戦いで私はあの日初めて、スレットとの戦いは勝つか負けるかではなくて勝つか死ぬかという二択である事に気付き、今まで感じた事のない恐怖心が私を襲ってくるの……っ。 今までも『負けたら死ぬ』というのは分かっていたつもりだったのだけれども、実際に死というものを感じた後では、それは分かっていたつもりであり、心のどこかで『私がスレット相手に負けるわけが無い』と思っていていただけだって事にきづいてしまったの……っ」
そして麗華もまた月上先生に聞こえない声で俺に話すのだが、これって普通にPTSDを発症してしまっているよな……。
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