第35話 平和だとという証明でもある


「誰ですか? セールス、新聞勧誘ならお断りなんだが?」


 そして俺は軍関係であった場合は直ぐに逃げられるように警戒しながら扉を開ける。


「来ちゃった……っ」


 すると、そこには頬を染めてモジモジとする麗華が立っていたので俺は無言で玄関の扉を閉める。


 軍関係ならばこれから面倒くさい事になっていただろうから、どうやら俺の予想はある意味良い意味で裏切られたようで、今日も平穏が心地よい。


 一応斎藤博士は実際に会ってみた感じは『軍上部に伝えてしまったせいで自分のやりたい研究の材料(俺)を奪われたくない』と、割と本気で思っているだろうことは伝わって来たので、少しばかり信用しても良さそうだ。


 それにもし俺を売ったのならば、さっき玄関の扉の前に立っていたのは制服を着た麗華ではなくてスーツを着た軍関係者であっただろう。


 まぁ、それでもいつまでも安全であるという事ではないのは俺でも理解しているし、いつかは俺の正体がバレる事などこの世界に戻って来た時から覚悟をしていたので斎藤博士は俺の秘密を守ってくれているかもしれないと思えたとしても警戒心を解いて生活するような事はしない。


 幸い今の日本、いや世界の軍事レベルであれば余裕で逃げ切れるので、変に思い詰める事も無いだろう。 今日も、ただ冴えない青年を演じるだけである。


「ちょっとっ!! 私の顔を見るなり扉を閉めるのは失礼ではないかしらっ!? って、何で鍵までかけているのかしらっ!! 開けなさいよっ!!」

「いや、普通扉を閉めたら防犯上鍵を閉めるだろう?」

「それはそうだけれども、何で今なのかしらっ!? 私まだ家の中にすら入れてないのよっ!! それに私が玄関にいるのだから防犯も糞もないでしょうっ!! 屁理屈はいいから入れなさいっ!!」

「いや、普通に嫌なんだが……? だからお前が勝手に家の中に入って来られないように防犯対策として鍵を閉めたんだろうが。 てか俺今朝食を取っている所だから、じゃぁなっ」

「あっ!? こらっ!! 開けないと叫ぶわよっ!! 開けなさいよっ!! 開けてって言っているでしょうっ!! 何でこの私がここまで言っているのに開けてくれないのようぅ……。 うぅっ……。 開けなさいよぉ……っ」


 そして俺は外から聞こえてくる声を無視して朝食を食べようとリビングへ戻ろうとする。


 異世界で聞いていた住民たちの悲鳴と比べればなんと平和な声であろうか。


 叫んでも魔物や魔人に見つかって襲われる心配がないほど平和だという証明でもあるのだから。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る