第88話 謎の風習

 愛車は修理に出され、代車が車庫に納まったその日。

「神娘…」

 子どもたちが寝静まった深夜、愛しい妻の肩に手を置き僕は言った。

「流石に無理がある。」

 苦しそうに嘗て通ったお嬢様学校、その学生時代の制服のスカートをファスナーと格闘する妻にそう言った。

「はぁ!!無理じゃねぇし!!あの頃と変わってねぇから!!」

 そう赤い顔で僕に言った妻は、力任せにファスナーを引っ張る。


 無惨に避けたスカートに、一瞬の沈黙が支配した。

「太ってない!!太ってないからな!!」

 目に涙を浮かべ顔を赤くして言う妻。

「大人になったんだよ…」

 パツパツになった制服の上着、制服には不釣り合いの透け透けの勝負下着、それで充分だ。

「乱鶯…」

「神娘…」

 少し太くなった妻を僕は愛おしい思った。

 

 そんな夫婦の時間を、見つめる瞳に気付かずに…



−−−−−−−−−−−−−−−−−



「おはよう…」

 そう欠伸混じりに食卓に座る僕。

「おはよう、岩穿…」

 ゲッソリとした父さんに、昨晩夫婦の営みがあったのだと悟る。

「さっさと食べて学校に行け、ガキ共!!」

 そうツヤツヤとした肌でウキウキと言う母さんは鼻歌混じりで上機嫌。

 とりあえず今朝は平穏かな…

 と、安堵の息を漏らした。


「ママ夜制服着てた。ママも学校来てくれるの?」

 氷華の無邪気な質問に、全員が味噌汁を吹き出した。

「な、何を言ってるんだ氷華?寝惚けてたんだね…」

 吹き出した味噌汁を拭いながら父さんはそう氷華に言う。

「氷華小学生のお姉さんだから寝惚けてないもん!!ちゃんと見たもん!!」

 対する氷華はそう断言する。

「制服着たママがパパに乗っかってるの見たもん!!」

 百道家を沈黙が支配した。


「氷華…あれはパジャマだ…」

 母は苦しい言い訳をした。

 それが痛々しい百道家の風習となった。


「氷華、寝る時間だ。」

「ママ、パジャマじゃない…」

「今日はそういう気分じゃなくってな…」

 氷華を寝かしつける母は毎晩そのやりとりをし、

「寝る時はパジャマ…」

「分かった…分かったから…」

 晩になると定期的に母の制服姿を見せられる他の兄弟の気不味さは尋常ではない。


「他の衣装も試したいのに…」

 そんな母の呟きは聞こえなかったことにした。



−−−−−−−−−−−−−−−−−



「俺の義姉になるっちゅうなら、俺よりも強くないとのぉ…」

 ジリっ!と構えをとり、拳を握る異母妹、阿賀舞風。

 武術界におけるトップ、東の武生院と西の阿賀院のハイブリッドである我が妹は正直武術家として評価するなら並の当主レベル。

 それこそ歴代最強と称される父、武生紅雪と純粋な技術や格闘を行えば簡単に負けるだろう。

 しかし、舞風はそんな伝統的な武術を一個技として極めることを棄て、能力と武術、それに加えなんでもありの戦闘術をごちゃ混ぜにした生粋の喧嘩闘法を扱いながら生まれ持った戦いの嗅覚で戦術と戦況、最善手を見極める、天性の喧嘩屋、阿賀舞風。

 理論も条理も無視した圧倒的強さを誇る姉とは異なり、平均よりも上をいく複数の力で勝つための戦い方に徹するのが舞風だ。

 

「婚前儀式ですか…日本には変な風習があるんですね。」

 そう言いながら同じ戦闘の構えをとる。


 そんな義妹は、変な女ことアイギス・シュバリエと一戦交えることになっていた。








  

 

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